第三話~底の知れた溝~
ゴシゴシ、ゴシゴシ。今、俺と姉は一心不乱に歯磨きをしている。
もう、何回磨いたのだろう。思い出せないが、あれこれ20分歯磨き続けている。
「あんた、覚えてなさいよ」
姉が怒った目で俺を見ている。
「もとあと言えば、姉ちゃんが悪いんだろ」
お前が俺の泣いている写真を撮りさえしなければ。って言うか、それだけではない。
「中学の頃、俺の鞄の中にマムシ入れたり、弁当の中身を食って、その代わりにナメクジを大量に入たりして…」
そう言えば…
「どうせ、あのホモエロ本も姉ちゃんがやったんだろ?」
「いや、違うよ」
即答しやがった。こう言う時は大抵本当のことを言っている時だ。
「ってあれれ?それって確か一人の彼女の物じゃなかったけ?」
墓穴を掘った。
こうなったら白状するしかない。
「俺に彼女何ているわけないだろ」
「それもそうね。一人は顔は良いほうだけど、性格は最悪だもんね」
覚えがあるセリフだ。
「母さんには、内緒にしてくれ」
「別にいいけど、あんたどうするの?来月の家族旅行」
「それまで、彼女作る…」
「うふふふ、ふははははははははっ」
姉が両手の人差し指で俺を指しながら大爆笑している。足もバタバタさせている。
「無理無理無理。あんた、友達すら作ったことないじゃない。ましてや、彼女何て…。絶対無理」
四回も無理って言われた。でもこいつは知らない。俺がやれば出来る子だって事に。
「かけてみるか?」
俺は勝負にでた。
「面白い。良いよ」
姉が乗ってくれた。
「んで、何賭けるの?」
よくぞ聞いてくれた。と言いたいが、考えてない。どうしようかな。
そうだ。
「1万円。もし、約束の日、すなわち、家族旅行の当日にお金を持っていなかったら、警察に捕まるまで全裸でここの近所を走るってのはどうだろうか?」
「甘いわね。全裸で逆立ちしながら走るってんならオーケーしたげる」
決まりだな。首をたてに降って、
自然と俺達は握手した。
彼女を作って、家族旅行前日に姉の財布からあり金を全部盗む。
それさえ実行すれば良いのだ。
今のうちに逆立ちの練習でもするんだな。
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歯磨きをし終えた俺は、もう片方のシュークリームを持って、妹の部屋に向かった。妹の部屋は二階にあるため、階段を上る。部屋の前に着いてノックをする。勿論、3回叩いた。
「は~い」
妹から返事がくる。
「俺だ。開けてくれ」
妹がドアに向かう。途中舌打ちが聞こえたが、気のせいにしよう。
ドアが開けられた。そこから、いかにも不機嫌そうな妹の顔が出てきた。
「なに…?」
「これ、好きだろ?シュークリーム」
俺はシュークリームが入っているコジャレた箱を軽く上げながら、妹に見せた。
「あ、これ龍神くんん家のやつだ…」
龍神ん家のやつ?ってことは、あそこは田原さんん家でもあるのか。なるほど、あそこで働いている理由がわかった。
「ほらよ」
俺はシュークリームを妹に差し出した。
「いい…」
「えっ?」
「いらない!!」
そう言うと、妹は俺を突き飛ばした。背中が壁にぶつかる。大きな音とともに俺はシュークリームを落としてしまった。
ああっ!!俺の500円がぁ!!
許さねぇ。
「と、とにかく、放っといて!!」
そう言うと妹はドアを閉めようとする。
「ちょっと待て」
妹はドアを閉める動作を止めてくれた。
「意味がわからん。なんでお前はそこまで俺を嫌う?俺がお前に何をしたって言うんだ?」
「…………」
「答えろ!!」
やばい、つい、怒鳴ってしまった。
「本当に分からないの?」
意外な答えが返ってきた。本当に俺は何かしたようだ…
「ばか…」
今度こそ妹はドアを閉めた。
俺はドアが閉まるのを見ていることしか出来なかった。
「こらー!!一人!お前、人の娘に何しやがんだ。しまいには、ぶっ殺すぞ?」
はぁ、めんどくさい奴が出てきた。
「なあ、親父…」
「あん?」
こいつ、ムカつくわ。
「俺は友に何かしたかな?」
「怒鳴り付けたやろが!!」
「いや、今の話じゃなくってだな、もっと昔に…」
「知るか。俺はお前に興味なんてないんだ」
ダメだこいつ。話にならん。
俺は時間の浪費をしていることに気がついて、自分の部屋へと向かった。
「ただなあ、友がお前への態度を変えたのは、去年のあいつの誕生日あたりからだったはずだ」
なるほど、いい情報だ。ご褒美に、お前の歯ブラシで便器を磨くのはもうやめよう。
そのかわり、お前の育毛剤の中身を全部、水にすり替えてやる。
勿論、便器の水だ。
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ベッドの上で思い出す。誕生日、誕生日。確かに、去年の誕生日から妹は態度を変えてきた。いや、違うな。突然変わった。妹のくせに結構世話焼きで、毎朝ではないが、俺を起こしてくれていた。それが突然あれだ。何故だろう…
去年の妹の誕生日を思い出す。
そう言えば、あいつ3人組の男にナンパされていたな。しかも結構しつこく。これかな?
って言うか、これ以外心当たりがない。
試しに聞いてみるか。幸い、俺の部屋は妹の部屋の隣にある。
「おい、友。聞こえたら、壁を殴ってくれ」
瞬間、俺の部屋の壁は地面が揺れるほどの打撃を受けた。
よし、聞こえている見たいだ。
「もしかして、去年のナンパ事件か?」
「な、なんで、あんたが知ってるの?」
兄貴をあんた呼ばわりか…
「何でって。俺がお前を助けたんだろうが」
「はぁ!?」
妹は猛ダッシュで自分の部屋から出て、俺の部屋に入ってきた。そして、徐々に俺に近づいて来たと思えば、いきなり俺の胸ぐらを掴かんできた。
「嘘こいてんじゃねぇぞ、コラッ」
何これ、超怖い。油断すれば、間違いなく、失禁する。
「う、嘘じゃない…」
更に強く胸ぐらを掴む。息が苦しい。
「あの時あんた、私を見捨た…」
何言ってんだこいつ。
見捨てた?あの時こいつ失神してたんじゃ…
なるほど。分かった。
「お、お前、気がついたら、家に居ただろ?数人の警察と一緒に」
「そうね、その時もあんたはいなかったけど、何で知ってるの?」
「その警察を呼んだのは俺だ」
と言った瞬間、妹は更に強く胸ぐらを掴む。
「だから、嘘つくんじゃねえ!!」
やばい、死ぬかも。
しかし、ここまで怒り狂っている妹を見るのは初めてだ。俺は、無自覚にここまでこいつを傷付けてしまっていたのか。
「と、とにかく、俺の話を聞いてくれ…」
妹は胸ぐらを離してくれた。聞く気があるらしい。
良かった。
「当日、俺は用事があってとにかく急いで百貨店に向かっていた。すると、いきなり通った道で、でかい音がしたから、そこへ戻った。俺は驚いた。なんせ、失神しているお前と柄が悪そうな男3人がそこに居たから。俺はすぐにお前のもとへ走った。男どもを蹴散らして、お前を家へ連れていきたかったが、俺にそんな事が出来るはずもなく、携帯で警察を呼んだ。男どもはすぐに逃げてくれた。そのあとはまあ、お前を警察に渡して、俺は百貨店に向かった」
我ながら、なかなか残念な会話術だ。それにしても、人生でここまで話したのは初めてかもしれない。
「でも、何で自分の名前をあの時、警察に言わなかったの?私、通りすがりの人が通報してくれたと聞かされた…」
「俺はどうしても、閉まる前に百貨店に行きたかったからその場から逃げた」
何故か妹は突然泣き出した。
「私、何度も叫んだよ。お兄ちゃん、助けてって。それでも、お兄ちゃん振り向いてくれなくて、これでもかって叫んだけど、ナンパ男にうるさいって言われて、突き飛ばれて、頭を壁にぶつけて、気絶して…」
なるほど、あのでかい音は頭が壁にぶつかった音だったのか。
「ごめん、急いでたから、気が付かなかった…」
本当、申し訳ない。
「何をそんなに急いでたのよ…?」
俺は、机の引き出しから、誇りかぶった小さな小包を取り出した。
「これ、お小遣いためて買った、安物のネックレス。お前に似合うかと思って…」
「えっ?」
「誕生日だったんだろ?絶対その日の内に買いたかったんだ。まあ、色々あって渡しそびれたけど…」
俺は、その小包を妹の前に差し出した。
「誕生日おめでとう、友」
やっと言えた。これを言うのに一年ぐらいかかったけど、やっとで言うことができた。
俺のベッドに座っていた妹は、急に立ち上がって部屋から出て行った。
前に差し出した小包を、また机の引き出しに戻す。
やっぱり、深まった溝はそう簡単には埋まらないようだ。だが、溝の深さを知れただけで良しとしよう。今はそれでいい。徐々に埋めればいい。どうやったら埋まるのか、まったく見当がつかないが、努力しよう。なんたって、家族なんだ。絶対埋まるはずだ。
俺は電気を消して、確かな幸福感を感じながら、ベッドで眠りについた。
だが、いくら家族でも、親父との溝は一生埋まらない。
絶対、埋まらせない。
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「朝です、朝で…」
ん?急に俺の目覚ましが止まった。
しょうがないか、結構昔から使ってるんだ。故障でもしたんだろう。まあ、これで学校に遅刻する口実が出来た。神様からのプレゼントとしてありがたく頂こう。俺は再び眠りにつく。
お…ん!
何だろう?何か聞こえる。
おき…にい…
うるさいな。俺は今から水着の美女にか囲まれて、親父の残りの髪の毛を引き抜くという重要な作業が…
「起きて、お兄ちゃん!!」
「うおっ」
ビックリした。
って、あれ?何で妹が俺の部屋にいる?
「やっと起きた」
しかも…
「お前、ネックレス…」
「うん、着けてみたの」
そうか。しかし、以外も以外
「似合ってねえな…」
「それは、お兄ちゃんが選んだからね…」
ごもっとも。やっぱり俺には、ファッションセンスは皆無だ。
「んじゃ、私もう行くから」
妹はそう言い残すと、俺の部屋から出ていこうとする。
あっそうだ。
「ネックレスは校則違反だぞ」
妹は一回ため息をついてから、俺の方へ振り向いた。
「べー」
口から、きれいな桜色の舌べらが出されている。
「この野郎…」
妹は笑いながら部屋から出て行った。
「ふぅ…」
これで、少しは溝、埋まったかな。
わからないけど、きっと半分ぐらいまで埋まったはずだ。
そう願いたい。




