(8)チーム結成
イヅミ・タカタはいつものように体育館に行き、ゼミ仲間と練習をしていた。
同級生と一緒に下級生の動きを見ていると、
「先輩。話があるんですけど……」
最近、ゼミを休んでいたリンカとキキコは久しぶりに訪ねてくると、単刀直入にそう言った。
二人の真剣な表情に目を丸くして、イヅミは小首を傾げた。
「どうしたの?」
「………〝サンクリ〟のことで」
「! 分かったわ。場所を移動しましょう」
イヅミは二人の言葉を予想しながら体育館から出て、近くのベンチに向かった。
授業中なので人けはほとんどない。
「それで話って?」
ベンチに腰を下ろし、二人にも勧めたが頑なに断わるので仕方なく見上げるように向き合った。
ゼミは基本的に三年と五年、四年と六年に分かれて指導をしている。リンカはイヅミが教え、キキコは同じゼミ内で別の同級生が教えていた。
リンカとキキコは視線を交わし、頭を下げた。
「すみません」
「えっ?」
予想外の行動にイヅミは目を丸くした。
「〝サンクリ〟には、ヒサキさんとユリナさんと一緒に行くことにしました。先輩から教わっているのに……すみませんっ」
やっぱり、と思いながら、イヅミは口を開いた。
「それは……あなたたちの自由だからいいけど。でも、どうして?」
彼女たちはヒサキやユリナと同門だ。
イヅミと出会う前からの知り合いなので、行くことは不思議ではない。
例え、別の術式を選定した者同士でも基本は同じだ。同じ術式を選定した先輩に師事を乞うのは、術式の特性を活かした使い方を教わるためだ。
「実は〝全塔巡り〟をしようと思ってます」
「なっ……!」
半年間での大陸一周。普通は二、三つの〝塔〟を巡る程度で、半数でも二割ほど。全ての〝塔〟を巡る生徒は数年に一組いるかいないかだと聞いている。
「本気なの? その意味を理解しているのね?」
「……はい」
「後悔したくないんです」
力強く頷くリンカと、珍しく自分の思いを吐露するキキコ。
少し会わない内に二人の何かが変わっていた。そして、覚悟を決めた顔で立っている。
「……それって、彼が原因?」
新たな〝特待生〟。
友人の弟であり、この前の模擬戦も観戦した。あの強さは《一族》からなのか、それとも才能からなのかは分からないが、見習いレベルではないことは分かる。
そして、リンカやキキコが親しいことも知っている。
「きっかけですが、それだけではありません」
リンカは小さく首を横にふるい、一枚の〝練紙〟を取り出した。同じようにキキコもポケットから〝練紙〟を取り出した。
「私たちは私たちの意思で巡りたいんです」
「これが、私たちの覚悟です」
二人が差し出したのは、彼女達の〝練紙〟だ。
「?……これってっ」
イヅミは目を見開いた。
「〝隠過〟っ……どうして、コレを」
見慣れた〝練紙〟には、〝隠過〟が施されていた。〝隠過〟を教わるのは五年からだ。ある程度、精成回路が鍛えられなければ難しい技術で、習わなければ施すことが出来ない。
それも授業で見本として見せられたものと同等のモノ、完璧に施されている。
「同門の先輩に教えてもらいました。……自信をつけたくて」
同門の先輩と言われただけで、誰が教えたのか分かった。ありえないと思う反面、〝神童〟と呼ばれた頃を知っているために納得してしまう部分もあった。
(全く……規格外にもほどがあるわ)
軽々と〝式陣〟を操っていた彼女。〝練気〟を練る力を失ったとはいえ、視える力までは失われていない。彼氏もいるなら〝隠過〟を教えることぐらいは可能だ。
そうでもなければ、〝神童〟とは呼ばれていなかった。
「私たちの覚悟は足りませんでした。今から精成回路をどんなに鍛えても辿り着けない……だから、〝隠過〟で少しでも〝練紙〟が使えるようにしたかったんです」
リンカは唇を噛む。
「……確かめたいことがあるんです」
イヅミはキキコに目を向けた。
「……キキコも?」
「はいっ」
一切、迷いなくキキコは頷いた。
今までにない決意に満ちた顔に、イヅミは顔を曇らせた。
自分ではこういう顔をさせられなかっただろう。
何かに向かってがむしゃらに向かう彼女たちを助け、自信をつけることは難しかったに違いない。
どこか寂しさと悔しさがこみ上げ、イヅミは目元をゆがめた。
(あの二人が………)
〝塔の儀礼〟に浮ついた他の三年生とは違い、何かを決意して成し遂げるために力を欲した二人。
それを急かしたのは彼だと思うが、それを上手くコントロールして成長させたのはあの二人だ。
こみ上げていた苦い思いを呑みこみ、イヅミは目を閉じた。
この感情は自分の弱さだ。彼女たちに向けるものではない。
呼吸を整えて目を開けると、決意を固めながらもこちらを不安そうに見る目と目が合う。
(……ごめんね)
そんな顔をさせてしまい、内心で謝った。イヅミは笑みを浮かべ、
「分かったわ。二人が本気だってことぐらい、コレを視たら分かるもの。その覚悟は本物ね」
「先輩…っ」
「キキコ。アイツには私から言っておくわ」
キキコを教えている生徒は今日は休みだ。
「はいっ。よろしくお願いします」
「ありがとうございますっ」
キキコとリンカは揃って頭を下げた。
「〝隠過〟を教えたのはあなたたち?」
後輩の背が見えなくなってからイヅミは声をかけた。
周りに人けはないが、盗み聞きをしていただろう。
「そうよ。ごめんね、余計な真似をして」
少し離れた校舎の影から、二人の同級生が姿を現す。
校内では知らない生徒はいないほど有名なカップルだ。
「私の可愛い愛弟子に……」
じろり、と睨むと少女――ユリナはクスクスと笑った。
「あら。弟子はこっちが先よ?」
「置いていったでしょ」
「……それもそうね」
引越しは彼女の意思ではないが、冗談で交わせるぐらいは親しい。
「でも、まぁ……私には教えられなかったわね」
はぁ、とイヅミはため息をついた。
〝隠過〟の知識はあるが、教えられるほどの技術――それもたった一ヶ月足らずであれだけに育てられるかが分からない。
もちろん、リンカとキキコの努力の賜物ではあるが、ユリナとヒサキの教え方が上手かったことも影響しているだろう。
「任せたわよ」
元〝神童〟と呼ばれた少女に愛弟子を託す。
「ええ。分かってるわ」
彼女は妖艶な笑みを浮かべた。
***
誰もいない図書室。
ユウトは茫洋とした瞳を虚空に向けながら、手先は丁寧に〝練紙〟を織っていた。
二月も半ばを過ぎ、チーム受付終了まで一週間しかないが、一月に〝全塔巡り〟の話をしてからというもの、リンカたちと〝塔の儀礼〟について話題に上がったことはなかった。
ユウトが道場に顔を出しても二人が来ることが少なく、話すことといえば〝練紙〟や先輩たちの授業を見ての感想ばかりで、遊びに誘っても二人は来なかった。
(どうしたんだろ? やっぱり……)
ユウトは知らずと唇を噛みしめた。重い息を吐いたところで、すぐ近くに人の気配がした。
視線を向ければ、呆れた顔でテーブルを見るリクが立っていた。
「……やりすぎだ。一体、何を考えて――って、コレか」
散らばる〝鶴〟の端、目ざとく脇に置かれたエントリーシートを見つけて、リクは片眉を上げた。
メンバーの記入欄と巡る〝塔〟をチェックする欄に何も記入されていないシート。
「まさか、考えながら全部織った?」
「……うん。ちょっと、織りすぎた」
織った〝鶴〟は二十羽ほど。すべてに〝隠過〟が施してある。
「RANKをバラバラで二十羽以上を無心って……疲れてないのか?」
「あー……さすがに、ちょっと」
コキコキ、と首を鳴らしていると、リクがじと目を向けてくる。
「これで疲れてないって言ってたら、さすがに殴ってた」
「疲れてるって。……〝隠過〟をしたからそれほど回路に負荷はないけど」
「………まぁ、いいや。話したいことがあるんだ」
小さく息を吐いて気持ちを切り替えると、リクはポケットから〝紙ヒコウキ〟を取り出した。
「〝隠過〟を見て欲しいんだ」
緊張が窺える声に頷いて、ユウトは〝練紙〟を受け取った。
「……RANK 2だね」
「ああ。……よくわかるな。〝隠過〟しているのに」
「目はいい方だから」
リクの〝練紙〟は、完璧に〝隠過〟が施されていた。
「……これなら、RANK 3もできると思うけど、試してない?」
「ああ、してない。ここ最近は編む練習とRANK 2だけだ」
「いい感じになると思うよ」
「なら、また試してみる……」
リクは〝紙ヒコウキ〟をポケットに戻し、代わりにエントリーシートを出してくる。
「じゃ、一緒に行くからな」
「じゃ、の意味が分からないよ……」
苦笑を返して、ユウトはリクの灰色の瞳を見返した。
「……いいの?」
リクの覚悟は本物だ。元々、リクの精成回路は問題がなかったので、あとは技術面だけだったが、正直なところ、たった一ヶ月そこそこで〝隠過〟を施せるようになるとは思わなかった。
「当たり前だ」
揺らぎのない声に、ユウトは目を伏せた。
「………ちょっと、リクのことをなめてたかな」
「ん? やっと気づいたか?」
「うん。ごめん……」
片眉を上げてからかうリクに淡い笑みを返すと、リクは不意に真顔になった。
「どうした?」
「……リクに脱帽中」
追求を避けるように室内に目を向けた。
リクは何かを言いたげに口を開くが、図書室のドアが開く音がしたので振り返った。
入ってきたのはリンカとキキコだ。二人は机の上にある〝鶴〟の数にぎょっと目を見開く。
「なに、その量……」
「暇つぶしらしい」
「えーと……まぁ、仕事用だよ」
言い訳は唖然とする二人に聞こえていないようだった。〝練紙〟をカバンに放り込み、
「それで、どうしたの? 今日は先輩たちと練習する、って言ってたけど……」
リンカとキキコはさっと視線を交わした。
「……ちょっと、見て欲しいものがあるの」
リンカが差し出したのは一枚の〝練紙〟――青い〝小鳥〟だ。
「これって……」
〝隠過〟が施されたRANK 2の〝練紙〟だった。
「私のも……」
キキコも長方形の短冊を差し出した。
赤いインクで幾何学的な模様が書かれた〝練紙〟――〝短冊〟は、浸透系の〝練紙〟だ。
浸透系は〝練気〟を紙に織り込む織編系とは違い、インクのように染み込ませて〝練紙〟を作るので、より繊細な技術が必要となる。織編系の〝練紙〟と比べると効力は低いが、一つの紙に対して〝練気〟を染みこませる量は少ないため、多くの〝練紙〟を作れることができることがメリットだ。
浸透系の〝練紙〟を使う者は学年に数人程度で、ヒサキも浸透系の〝練紙〟を使っていた。
リンカと同じく、キキコの〝練紙〟も完璧に〝隠過〟が施されていた。
ユウトは、ぽかん、と口を開けて二人の〝練紙〟を見つめ、
「〝隠過〟、練習したんだ?」
「うん。……どうかな?」
リンカの隣で、唇を噛みしめてキキコが見つめてくる。
「どうかなって………完璧に出来ていると思うよ」
緩みがなく〝練気〟の精錬度も申し分ない。ほっとした様子の二人に、ユウトは目を瞬いた。
「でも、〝隠過〟は誰に教わったの? ……まさか、自力で?」
ちらっ、とリクを盗み見ると肩をすくめられた。リクが話したわけではないようだ。
二人には、ユウトは自分の〝練紙〟に〝隠過〟を施しているとは言っていない。
あの状態が施したものだと知らなければ、無駄のない〝練紙〟だと思うだけだろう。
(………先輩たちとはまだ交換してないし……教えられる人って……)
嫌な予感がした。
「まさか。先輩に教わったの……」
リンカは肩をすくめ、真っ直ぐにこちらの瞳を見返した。
「ユウ。私も一緒に行くわ」
「私も一緒に行きます。〝全塔巡り〟」
予想していた言葉にも関わらず、ユウトは視線を手元に落とした。
実際のところ、リク、リンカ、キキコと一緒に行くことは迷っていた。だが――。
―――「実行可能だ」
と。結果を告げたジュリの言葉がさらに決心を揺るがした。
三年間、ずっと願っていたことが可能だと言われてしまい、誘った。どうしても一緒に行きたくなった。
だが、〝全塔巡り〟をするか否か、決めるのは彼女たちだ。
〝全塔巡り〟の危険性。それを考えると二の足を踏まれるのは分かっていた。ゼミの先輩たちとの折り合いもあるし、それで何も言ってこないのだと思っていた。
けれど、彼女たちが心配しているのはそんなことではなかった。
(……ホント、馬鹿だよなぁ)
友達を甘く見ていたことにユウトは自嘲した。
〝隠過〟を施した〝練紙〟を見せたのなら、リンカとキキコにもリクと同じ覚悟があるのだ。彼女たちも覚悟を示すために〝隠過〟を訓練したのだろう。
「………本当にいい?」
強く頷く二人をユウトはじっと見ていたが、変わらない決意に息を吐き――笑った。
「ありがとう。……よろしく」
「うん!」
リンカとキキコは顔をほころばせた。
「結局、いつものメンバーか……」
「やっぱり、リクも行くのね?」
返事の代わりに〝隠過〟を施した〝練紙〟を振るうリク。
それを視て、二人は目を見開いた。
「なに、それ!」
「りっくんも……?」
「……兄貴にな」
言葉少なに答えたリクに、ぎくり、とリンカは動きを止めた。
「えっ……まさか、帰って……?」
「……帰ってきてない」
「そ、そう……」
あからさまに、ほっ、とするリンカに、リクは呆れた目を向けた。
「二人こそ、誰に教えてもらったんだ?」
「え? 私たちは……」
二人は顔を見合わせて、後ろに振り返った。
ユウトとリクも図書室の入り口に目を向けるといつの間に入ってきたのか、ユリナとヒサキが立っていた。
「ユー姉、ヒサキさん……」
予想どおりの相手に、ユウトはため息をついた。
「にぎやかな方が楽しいでしょう?」
ユリナは悪戯を成功させた子どものように笑った。
ヒサキはリクの〝練紙〟に目を向け、
「完璧だな……」
「! ありがとうございます」
どんっ、とユリナは自分のエントリーシートを机に叩きつけ、
「このメンバーで〝全塔巡り〟よ」
はいっ、と強く頷くリンカたちは、ユリナがついてくることは了承しているようだ。
ユウトは姉にはめられたような気がしたが、楽しい旅になりそうな気がして苦笑を浮かべた。