(4)旧友との模擬戦
毎年、三年生の〝特待生〟には総称がつけられていた。
今年の三年生は〝九の高楼〟と呼ばれていたが、三学期になって一人の〝特待生〟が増えたので〝十の高楼〟と改名された。
ユキシノ学園史上初の二桁台は、瞬く間に噂となって学園内はおろか市内にまで広がった。
三年の〝特待生〟が授業免除される時間帯は、四~六年生の術式別授業と合わせられ、同じ術式を選定した上級生の術式別クラス見学やその指導を受けている生徒がほとんどだ。
一方、〝塔の儀礼〟を終えたばかりの四年生と六年生はレポート作成におわれていた。四年生は学年末試験代わりであり、六年生にとっては卒業論文になるため、ゼミは自由参加とされているが、ほとんどの生徒は出席して体験談を語っている。
ユウトは同じ〝序式〟を選定した上級生はおろか教師にもいないので、リクと一緒にヒサキが所属する数人しかいないゼミに入った。自由気ままなゼミのようで、他のゼミのように活発的な活動はしていない。今日も「特に活動はない」と言われ、ユウトはハルノの魔の手から逃れて人けのない図書室の隅で本を読んでいた。
遠くから聞こえる実技の喧騒を聞きながら、本のページをめくる。
「ココにいたのか……」
呆れた声に顔を上げると、案の定、リクが立っていた。
「けっこう探した」
「行けるところって、そんなにないのに」
「君がハルノをまくから、俺が追われる羽目になったんだ」
どさっ、と身をイスに投げ出して大きなため息をつくリク。
「まけた?」
「……どうかな」
「まいてきてよ……」
投げやりな親友に口をとがらせるが、半ば諦めていた。
ハルノが選定した術式は〝第伍式・結〟、特性は結ぶことだ。
〝天眼通〟でリクを視ると、ハルノの〝練気〟の残滓を肩につけていた。
長居は無用のようだ。
「一度でも相手をしたらハルノも納得するんじゃないか?」
「納得しなかったら?」
「……実力差をみせつけろ」
「無表情に言われても」
言葉の内容とは裏腹に、リクは感情を込めていない。腹のうちを見せないのは相変わらずだ。
「ハルノと戦うのが嫌なのか?」
「嫌というか………ハルだから」
ユウヤキ道場――ヒサキの家が開いている道場だ――で、学んでいた同門のハルノ。
ユウトは〝塔〟を守護する《護の一族》として、物心つく前から訓練を始めていたので、同年代の中でも実力は高く、いつも年上の相手と組み手をしていた。
ハルノはそれを優遇と見て勝負をしかけてきた。術式も何もない、どれだけ技術が身についているか――体格や腕力の差が少ない頃の勝負にユウトは連戦連勝した。模擬戦を重ねていくにつれて徐々に技術の差が現れてきたが、確実にハルノの技術も高まっていた。
だが、それはハルノがユウトの実力に――それを得た理由に気づき始めたことでもあった。
三年前、町を離れる直前に行ったハルノとの最後の練習は思い出したくもない記憶だ。
「ハルノは組み手となると相手の心を読むのが上手いからな」
にやり、と笑うリクにユウトは肩をすくめた。
「捕まる前にさっさと帰るよ」
「帰る? 今日は他の先輩たちのゼミは見ないのか?」
「……つけてるから、来る前にね」
リクの肩を指すと、「うっ……」と彼は眉をひそめた。
「……これはリンカとキキコのせいだ」
「あれ? 二人は先輩のところだろ?」
「先輩たちから君に会いたい、って言われたらしくて探してたんだ」
「あー……そうなんだ」
リンカとキキコが入っているゼミには姉の友人がいた。おそらくその関係だろう。
「だから、まいてきた」
「何で?」
ハルノよりあの二人をまいた方があとあと面倒になりやすいのはリクも分かっているはずだ。
「面倒だろ?」
「まぁ……それはそうだけど」
内心を見透かされ、ユウトは苦笑した。正直、女子の話にはついていけない。
「それが理由の半分で、あとの半分はコレを見てもらうためさ」
ポケットから取り出したのは、深緑色の〝紙ヒコウキ〟――リクの〝練紙〟だ。
ユウトはイスに座りなおして、〝紙ヒコウキ〟を受け取った。
「……〝隠過〟だね」
「教わったとおりに織ってみた。………どうかな?」
「…………うーん………ところどころ、緩んでるね」
織り込まれた〝練気〟は、いわば〝練紙〟の骨格部分。骨格の一本一本の糸がさらに極細の糸によって織られているが、何箇所か緩んでいるところがあった。
「そこは………どうしても引き締まらないんだ」
「……もう少し、量を減らしても大丈夫だよ」
「大丈夫か?」
「〝練気〟の質はいいよ」
「……分かった。けど、君のいう練習方法は疲れるな」
「そうかな?」
ユウトは手の平を上に向けて〝練気〟を練り上げた。
手の平に真っ白な光が生まれ、クモの糸のように細い糸が広がった。糸は白く輝く〝鶴〟を模っていく。〝練気〟を紙に織り込まずに使用する〝式陣〟だ。
さらに〝練気〟を込めて術式を物質化すれば、術式と同じ効果を持つ《傀儡師》専用の武具――〝術具〟となる。〝術具〟は術式の効果を発揮できる上に一定時間実体化するが、内包する〝練気〟がなくなれば消える代物だ。
《傀儡師》見習いは〝式陣〟を使いこなせないので、〝練紙〟を媒体として〝術具〟を扱っている。
ただ、すでにユウトは〝式陣〟を扱うことに負担を感じない程度までは精成回路を鍛えているので、〝練紙〟を使わずに〝術具〟は作ることが出来る。
「それが難しい……」
「〝練紙〟はストックが出来て術者の疲労を減らすことがメリットだけど、発動速度の点からは〝式陣〟にした方が速いし………慣れだよ」
「精成回路の形成率によるんだろ? ……俺にはまだ無理だ」
「そうかな?」
ユウトは手を振って〝式陣〟を消し、小首を傾げた。
「とりあえず、もう少し〝練気〟の量を減らして編む練習だね」
「……もう少し減らすのか」
「じゃ、僕は帰るよ」
カバンを手に立ち上がる。
「悪い。ユウ」
と。〝練紙〟を睨んでいたリクは顔を上げてそう言ってきた。
「なにが?」
だが、問う必要がなかった。リクが答える前に別の場所から返ってきたからだ。
「見つけたわよ、ユウト」
はっとして顔をめぐらせれば、本棚の向こうからにっこりと笑うハルノが現れた。
「ハルっ!」
リクが囮だったと気づき、〝鶴〟に意識を向けたが――遅かった。
彼女と目が合った瞬間、どこからともなく現れた[糸]が右腕に絡みつく。それを振りほどくよりも速く、[糸]を伝って移動したハルノに、がしり、と腕を掴まれた。
「行きましょうか?」
恋人のように腕を組んでくるハルノに、ユウトは肩を落とした。逃げる気も失せて恨めしげにリクを見ると、彼は目を逸らした。
(裏切り者め……)
ハルノに捕まったリクに売られたのだと、ユウトはようやく悟った。
引きずられるように校舎を出ると、ハルノの足は第二体育館に向かった。
「ハル。ちょ……手っ」
説得して絡められた腕を解き、とぼとぼとハルノのあとに続いた。
ユウトは上級生の好奇の視線を感じて、「はぁ……」とため息をついた。振り返れば、後ろをついてくるリクと目が合う。
にやり、と意地の悪い笑みを浮かべ、
「作戦どおりに行けばいい」
「………」
文句を言う気力もなく、ハルノに続いて第二体育館に入った。
熱気と喧騒が三人を迎え、ハルノが四つに分かれたグループの一つに向かった。
「ハルちゃん、どうしたの?」
深緑色のラインが入ったシャツを着ている女子生徒がハルノに気づいて小首を傾げた。
近くにいる生徒も上級生ばかりだ。リク、ユウトと見て、訝しげに眉をひそめた。
「ムラカワくんと……えっと……?」
「ミキ先輩。コイツが話したことがあるユウトです」
「えっ? ――あ、コカミさんの……」
「ユウト・コカミです。……突然、すみません」
名乗った瞬間に周りの視線が集まった。ユウトは、ごくり、と生唾を呑み込んだ。
「いいのよ。ハルちゃん……ハルノから噂は聞いているわ」
「………いい噂だといいんですけど」
にこり、と笑う先輩にユウトは苦笑を返した。
「ユウト。私がお世話になっているミキ・サライ先輩。………先輩。申し訳ないんですが、コイツと模擬戦をしたいので審判をお願いできますか?」
「私に?」
「はい」
目を丸くした女子生徒――ミキにハルノは頷いた。
「……わかったわ」
ハルノから何かを感じたのか、ミキは表情を固くした。
ミキのグループに場所を空けてもらい、ユウトとハルノは距離を取って向かい合った。その間に審判役のミキが立ち、周りは先輩たち――館内にいるほぼ全員が集まっている。
「それでは、今から模擬戦を行います。試合内容はどうしますか?」
「〝術具〟の使用を」
「……組み手じゃなくて?」
「女の子相手にするの?」
じろり、と睨まれ、ユウトは頬を引きつらせた。
「いや……そうじゃなくて、〝術具〟の使用は危険だよ」
「そのために先輩に審判を頼んだの。男なら、寸止めしなさい」
〝特待生〟は五・六年生が立会いの下なら〝術具〟の使用が模擬戦でも許可されている。学年によって分けされたジャージで、ミキが着る色は深緑――六年生なら何の問題もない。
「無茶苦茶だよ……」
「それでは〝術具〟の使用を認め、一撃を相手に与えた方が勝者です。よろしいですね?」
苦笑するミキにユウトは頷いた。
「自分の術式だけだよね?」
「手加減はしないで」
「しないよ」
他の術式も使え、というハルノに肩をすくめたユウト。それにハルノは目を細めた。
「……うそつき」
「それは人聞きが悪いよ………」
「本当のことよ」
「相変わらず、手厳しいね」
ハルノは昔から認めなかった。ユウトがしていること、することを。
「――……」
ユウトは笑みを消した。気配が変わったことに気づき、ぴくり、とハルノの片眉が動く。
二人の間に流れる緊張を感じてか、周囲のざわめきが消えた。
「―――はじめ」
短くも鋭い声が、沈黙を裂く。
***
「失礼しました……」
職員室から待ち人が出てきたので、ヒサキは壁から背を離した。
彼女はこちらに一瞥を送って廊下を歩いていく。その隣に並んで横顔を盗み見た。
「また、あの話か?」
「……そうよ」
ふう、と疲れたため息をつく彼女。何回も職員室に呼び出され、さすがに疲れたのだろう。
呼び出しの原因は、先日提出した〝塔の儀礼〟への参加申請だ。
六年の《傀儡師》専攻生は、実技訓練も兼ねて四年の〝塔の儀礼〟の案内役を担う。
ユリナは〝練気〟が規定量まで練ることが出来ないため、術式を選定できない。
だが、ある程度は〝練気〟を操れるので〝練紙〟を専門として扱う《術士》見習いとして、日々鍛錬を行っていた。
《術士》でも〝塔の儀礼〟の参加は可能だが、参加資格の規定は高い。ユリナの実力は申し分ないが、家の事情もあって学校側の了承が得られなかった。
「学校の懸念も分かるだろう?」
「私が行くのは反対なの?」
当たり前だと頷くと、ユリナは少し驚いたように目を瞬く。
「無駄だとわかってるのに……」
「だからといって、口に出さないことはない」
「当主の承諾は得ているわ。聞いているでしょ?」
「手回しは相変わらずか。……君がユウトの心配をしているのは分かるが、君自身のことも」
「私のことは、あなたが考えてくれるから」
嬉しそうに笑うユリナに、ヒサキは口を閉ざした。可憐よりも妖艶な笑みに目を逸らし、
「だから、止めているんだ……」
「それは分かってるわ。…………危険があることは百も承知よ。ユウトにあなたがついて行くのならそれほど心強いことはないし、私がついていっても荷物になるだけ――」
でも、とユリナは視線を窓の外に向けた。
「それが必要なのよ、今のあの子には。………わかるでしょ?」
「……ああ」
《護の一族》本家のコカミ一族を補佐する一族がヒサキの家――ユウヤキ一族だ。
本家は五家あり、十年ごとに交代で〝序の塔〟に滞在している。
現在はコカミ一族の当主が首都にいるが、ユリナたち一家はこの町に住んでいた。
幼少の頃から付き合いのある姉弟の性格や考え方――姉が弟に与えた楔と絶望の意味を知っている。
「だが、かなり危険な賭けだ」
「そうね。………でも、そうするしかないの。私が始めたことだから」
あの時の楔を確かなモノとするため――それに変わるモノを与え、見届けるためにユリナは頑として参加を止めようとはしなかった。
「君は相変わらずだな」
「……焼いてる?」
意地悪く尋ねてくる彼女にヒサキは笑った。
「《一族》に関係なく、君がユウトを思う気持ちと同じものが俺にもある。手助けはしたい」
全てが変わったあの日、ヒサキも彼女と同じように闇に魅せられた。
一瞬の邂逅――それだけで強く魅了され、二度と視ることが叶わないこと、誰にも知られずに朽ちることに愕然とした。
だからこそ、彼女を止めようと思えば力ずくで止めることができたにも関わらず、ヒサキは見逃したのだ。
三年前、彼に絶望と苦悩を与えた一人として、ヒサキも見届ける義務がある。
「ありがとう。頼りにしているわ」
「……いや。俺がしたいことをするだけだ」
彼女を守ることは彼への贖罪であり、弟のためにあっさりと力を捨てた彼女への敬意からくるヒサキの意思だった。
「………さしあたっての問題はリクたちか」
姉弟が帰郷するまで、ヒサキはリクの案内役を考えていた。リクが選定する術式を持つ教師はいるが、上級生はいないのでリクはヒサキに師事を仰いでいた。
「ええ。リクたちも〝特待生〟で、リクでハルノ、リンカの順だったわね。………ハルノは前から〝天眼通〟が使えていたけど、どれぐらいまでになったの?」
「〝天眼通〟なら、リクよりも上だ。……人体の精成回路が視える」
「精成回路を……そう。ちょっと、面白いことになりそうね」
外に向けられたままのユリナの視線を追うと、体育館に向かう下級生がいた。
「ハルノに捕まったか……」
赤い髪の女子生徒の後ろに続く二人の男子生徒の一人はユウトで、もう一人はリクだ。
そして、三人のあとに続いて見知った二人の女子生徒が体育館に入っていく。
「行ってみましょう」
振り返ったユリナは楽しそうに呟いた。
ヒサキとユリナが彼らを追って体育館に入ると、一角に授業中の生徒全員が集まり、円を描いていた。人垣を避け、二階に通じる階段を登って上から近づいていく。
四年から六年生で構成された輪の中には、三人の三年生の姿――リクと、少し外れた場所にリンカとキキコがいた。
ヒサキは手すりによりかかり、眼下で囲まれているユウトとハルノを見下ろした。
「ミキ先輩が審判?……ハルノは〝結〟なのね」
「ああ。サライ先輩たちのゼミに入っている」
六年のミキ・サライが審判役として試合の確認を行う。
緊張感のないユウトに対して、ハルノの声は厳しい。昔から、ハルノはユウトのことをライバルと決めていつも突っかかっていたが、今日は少しムキになっているようだった。
苦笑を消したユウトから張り詰めた空気が漂い始め、ハルノ、サライ、周囲へと緊張感が広がっていく。
しんっ、と辺りが静まり返り、
『――初め』
二つの白い光がユウトの周囲を舞い、一瞬でハルノとの距離を半分に詰めた。
ユウトの光は二つとも消えていない。体術の移動だ。
正面から突進するユウトにハルノが放った無数の細い[糸]が襲いかかり――一つの光が弾けてユウトの姿が掻き消えた。
標的を失った[糸]は全て外れ、白銀の一線によって霧散した。
ハルノの眼前に現れたユウトは、無防備なハルノにいつのまにか右手にある白銀の刀を振り下ろした。
昔なら決着がついたが、あれから三年が経っている。
「甘いな……」
ぽつり、とヒサキは呟いた。
ハルノは腰を落としてユウトの一撃を避けると、左手をついて足払いをかけた。
ユウトは飛び退くが、着地の瞬間を狙って追い討ちをかけられる。
―――ガギィン、
と、耳障りな音が響いた。
二人は互いに視線の先で〝術具〟を軋ませ、距離をとって向かい直った。
『――それがあなたの〝術具〟?』
バトンの形をした〝術具〟を握るハルノの視線は、ユウトの右手に注がれていた。
『そうだよ……』
眼下にいる全員の視線を集めたのは、ユウトの〝術具〟――刀だ。
〝術具〟の形状や色は〝練紙〟と同様に《傀儡師》によって様々な形をとるが、目を惹くのはその色だった。
白い――一切の汚れのない純白の白は刃や鍔はおろか、柄までも染めていた。
質の高い〝練気〟によって淡い光を放つ純白の刀――〝白刀〟。それがユウトの〝術具〟だ。
ハルノとユウトの会話を皮切りに、張り詰めていた空気が緩む。
「二人の手合いを久々に見て、どう思う?」
「さっきの一撃で決まりそうだったけど……ハルノ、よく視てるわね」
「ユウトや君の〝天眼通〟を目標にしているから、まだ納得はしていない」
「私たちを? ……私より、ユウトにでしょう?」
苦笑するユリナにヒサキは頷いた。
「ハルノはリクたちより遠慮がなかったわね」
三年前、同門で〝天眼通〟が使えた兄弟子たちのほとんどは卒業している。
そのため、現在、学園で〝天眼通〟が鍛えられている上級生の中に以前のユウトの精成回路を知る生徒は少ない。
鍛えられる前の状態を知らなければ、彼らがユウトの精成回路の形成を視てもユリナに起こった事を考えれば納得するだろう。
(………わずかでも視たことがある二人のうち、リクは知っていてハルノは知らない、か)
ハルノはわずかに残っている昔のユウトの精成回路を知る人物。
彼女が模擬戦を望んだのなら、その異常に鍛えられた精成回路に気づいたことになる。
そして、鍛えられた精成回路の真価を見極めやすいのは使用している時――模擬戦中だ。
『あんたが本気じゃないからよ』
『本気って……さっきの一撃で決めるつもりだったんだけど……』
『手加減して?』
『手加減って………余裕があるのは君もだよね?』
『私にはないわ』
その言葉に、さすがにユウトも口を閉ざした。
『その回路で、アレが最速じゃないでしょ?』
『………様子見だったのは認めるけど―――本気でしたとしても納得はしないよね?』
ヒサキはユウトの中で何かが切り替わったことに気づいたが、ハルノは気づいていない。
『それを決めるのは私よ』
『納得はしないよね?』
『私が決めるから』
『………やっぱり、こうなるのか』
ユウトから放たれた気が、体育館内の空気を震わせた。精成回路が活性化し、練り上げた〝練気〟が青い瞳の奥で揺らめく。
『何が?』
焦点の合わない瞳を見て、ハルノは緊張した声を上げた。
彼女もやっと気づいたのだ。高まり始めた――高まり続けるユウトの気を。
『平行線ってことかな。――じゃ、行くよ?』
その声に怯えたようにハルノが[糸]を放った。
二つの光が弾け、ユウトの姿が掻き消える。
体術の移動とは比較にならない、術式による高速移動――〝瞬辿〟。ユウトの得意技だ。
[糸]は目標を失い、淡い光となって散った。
「そこまで!」
ヒサキは声を張り上げた。
停滞していた空気が動き、眼下にいるほぼ全員の視線がヒサキに集まる。
「ヒサキ……?」
「ユウヤキ、先輩……」
「ユウヤキくん……」
「サライ先輩、終わりです」
呆然としていたサライはヒサキが視線で指す方向へと振り返り、絶句した。
「し、勝者、コカミ」
全員が振り向く先、ハルノの右肩に〝白刀〟の切っ先を置いたユウトがいた。
ハルノは目を見開き、ユウトを見据えている。
一方、ユウトは〝白刀〟を消してヒサキに目を向けたが、ハルノに向き直ると一礼した。
ハルノもぎこちなく向き直って礼を返す。
「ユウト……あなた……」
「文句はないよね。ハル」
絶句するハルノに苦笑を返すユウト。二人はすぐに生徒たちに囲まれた。
「見られてもよかったのに」
「発動した瞬間は見られたから、あまり意味はなかったな……」
ユウトが〝瞬辿〟で移動した瞬間、ヒサキの声で全員の視線がユウトから逸れ、その精成回路を見た者は少ない。
ハルノと、ごくわずかな生徒を除けば。
「そうでもないわ……」
ユリナの視線は体育館の入り口に向けられていた。
ヒサキはそちらを見ると、見知った二つの背中が消えるところだった。