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黒白の折り鶴  作者: 奥生由緒
第1章 帰郷
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(1)姉弟の帰郷

 一月七日。

 リンカ・ツグリツは久しぶりに制服に腕を通し、軽いカバンを片手に家を出た。頬を突き刺す冷たい風にマフラーに顔をうずめた。


「おはよう。リンちゃん」

 

 玄関先に同じ制服を着た少女が立っていた。背の低い、うす茶色の髪と瞳を持つ少女――キキコ・イテナガは振り返ると、ぱっと顔を明るくした。


「おはよ、キキ。今年もよろしく」

「こちらこそ、よろしくお願いします」


 互いに頭を下げ、顔を上げると笑みを交わした。

 向かうのは学校だ。今日から冬休みが終わり、忙しい三学期が始まる。

 その原因が来年の六月から始まる〝塔の儀礼(サンスクリット)〟だ。

 四年次に《傀儡師(パペット)》を専攻した生徒が行う特殊な訓練、いわゆる通過儀礼でのことで、選定した術式の〝塔〟に向かい、その町で修行を積んで技術向上を図る。

 リンカとキキコは《傀儡師(パペット)》専攻を申請しているので、その下準備で三学期は終わるだろう。下準備だけではなく、三年次の集大成として《傀儡師(パペット)》の基礎能力試験もあるので鍛えることもおろそかには出来ない。


「もうすぐ、〝サンクリ〟のチームわけだね」

「うん。リクはヒサキさんと行くだろうけど……どうしようかなぁ」


 いつもつるんでいる友人――悪友に近い――リクは、クラスは別だが〝塔の儀礼(サンスクリット)〟のチーム分けは同じ術式を選定した生徒やゼミ生と組んで旅をするので関係がない。

 また、術式によっては選定者がいない者もいるので一チームに複数の術式を選定した生徒がいる場合もある。


「先輩と行くか、リクたちと行って他のところも回るかだよね」

「うん……」


 リンカ、キキコ、リクの三人の術式は全員違うが、複数の〝塔〟を回ることは技術向上や見聞を広めるためにも推奨されている。

 同じ術式を選定した先輩に師事を仰いでいるので、彼女たちとも行きたい気持ちもあるが――。


「でも、一緒に行けばリクに勝てるかな」


 リンカはリクに実技で一度も勝ったことがなかった。

 《傀儡師(パペット)》には戦闘技術――体術なども必要となってくるので、幼い頃からある道場に通っているが、そこでも勝ったことはない。

 同じ時期に覚醒し、同じ道場に通って修練を重ねてきたのにも関わらず、リクの強さはリンカを上回る。それは女子と男子との違いなのかもしれないが、それだけではない気がした。

 

「絶対、道場以外でも練習してるわね」


 その強さに負けたくないわけではない。

 ただ、ある思い(・・・)が負けているようで悔しかった。


「ゼミと……あと、ライヤさんじゃないかな?」


 その名にリンカは身を震わせた。


「っ!不吉なこと言わないで。来るって、絶対に来る」


 破天荒な性格の上、トラブルメーカーと迷惑極まりないリクの兄――ライヤ。

 市外の大学に進学し、下宿してるので町にいないが「遊んでやる」と言われて何度叩きのめされたか分からない。噂を聞きつけて姿を現すような神出鬼没の人だった。

 警戒の眼差しで辺りを見渡し、後ろを振り返るリンカに「……そうかな?」と、キキコは小首を傾げた。


「……あ」

「どうしたの?」


 キキコの声に前方を見ると、少し離れた場所に二人の少年がいた。一人はくすんだ灰色の髪の少年――リク・ムラカワで、もう一人は紫色の髪の少年――二歳年上のヒサキ・ユウヤキだ。


「こんなところで、何してるんだろ……?」


 横手には長い塀が続いていた。広大な敷地を囲み、塀越しに建物の屋根がいくつか見えるが三年前からは空き家になっているはずだ。


「……おはよう」


 こちらを向いていたヒサキは、髪と同じ紫色の瞳をリンカとキキコに向けた。表情は乏しく、声にも感情は感じられないが、それがヒサキの素だ。


「おはようございます」


 先輩のヒサキに二人で会釈を返してリンカは、じろり、とリクを睨む。

 背を向けていたリクは少し遅れてリンカたちに気づくと、灰色の目を細めて笑った。


「おはよ。今年もよろしく」


「ココで何してるの? ユウはいないでしょ?」

 

 リクには挨拶もなしに言った。

 彼らがいたのは、三年前までは幼なじみが住んでいた家の前だ。家の都合で、ユキシノ学園に上がる前に首都に引っ越してしまい、それから夏休みに一度だけ帰ってきてから会っていない。


「……聞いてないのか」

「何を?」


 訝しげに眉をひそめる。答えは別のところから返ってきた。


「あれ? リンとキキも来てる」


 門の向こう――敷地内から懐かしい声が聞こえた。


「―――えっ……?」


 引っ越した幼なじみの声にリクを押しのけて門の中を覗き込むと、一人の少年がいた。


「……ユウ、ト……?」


 黒い髪に青い瞳を持つ少年は、引っ越したはずの幼なじみ――ユウト・コカミだった。記憶よりも少し背が伸びていて、口元に淡い笑みを浮かべている。


「――久しぶり。元気そうだね」


 ユウトは青い瞳をリクに向けた。


「言ったの? せっかく、驚かせようと思ったのに」

「言ってない。たまたまだ」


 「本当かな?」とユウトは片眉を上げた。


「………ユウ。その制服」


 彼が着ているのはリンカたちと同じ紺色のブレザーに、左腕のレモン色の腕章にはユキシノ学園の校章があった、


「え? ……あぁ、帰ってきたんだ。今日からユキシノ学園の三年生だよ」


「……帰って、きた?」


 リンカはおもむろに右手を振り上げ、


「えっ―――うわっ!」


 振り下ろしたカバンをユウトはあっさりと避けた。巻き込まれかけたリクが頬をひきつらせる。


「リ、リン……っ?!」

「なっ、何で、教えてくれなかったのっ?」

 

 言いたいことが喉に突っかかる。ユウトは目を泳がせ、落ち着かせようと身体の前で両手を振った。


「リン! ちょっと、落ち着い、」

「このっ―――バカ!」


 ユウトにカバンを投げつけ、リンカは術式を使ってその場から逃げ出した。






「何よっ………」


 荒い息を吐きながら、リンカはとぼとぼと道を歩いていた。

 何も変わっていなかった。見た目は背が伸び、顔立ちも大人びていたが声変わりもしていないし、その雰囲気も変わらない。少しズレた天然の性格も同じだった。


(………教えてくれてもいいじゃない)


 目じりを指先でぬぐい、コツコツと音を立てるローファーの靴先を見つめた。

 ユウトの家のこと――彼が背負うものは知っている。彼が首都に引っ越したのもそれが原因だった。

 だから、邪魔にならないように会いに行くことを我慢して、電話やメールのやり取りだけで我慢した。

 それなのに――。


「何なのよッ!」


 周囲を気にせず、大声で叫んだ。はぁっ、と大きく息を吐き、肩の力を抜く。


「――リン。ごめん」


 唐突に聞こえた声に驚いて顔を上げると、逆さまになった彼の顔が目の前に浮かんでいた。


「ひゃっ!」


 足がもつれて、後ろ向きに倒れる。振り回した手がユウトにつかまれ、転倒だけは免れた。

 ほっ、と胸をなでおろしたリンカの前に、空中で身を回したユウトが足から着地した。


「ごめん。そんなに驚くとは思わなくて」

「ユ、ユウ。なに? ……えっ……術式?」

「うん。そうだよ」


 ユウトは唖然としたリンカに苦笑いを浮かべ、「……はい」とカバンを差し出した。

 リンカは我に返ってカバンを受け取り、じとり、と目を向ける。


「………何か用?」

「えっ………あーと………元気そうだね、リン」

「………」

「えーと………あ。そうだ」


 口をへの字に曲げていると、ユウトは自分のカバンをあさりだした。


「はい。コレ……」


 差し出してきたのは青い長方形の箱だ。包装されずにリボンが巻いてあるだけの箱。


「……何?」

「リンにプレゼント。開けてみてよ」

「……も、物で機嫌をとろうたって――」


 押し付けられた箱を開けると、バレッタが入っていた。

 艶のある漆黒は黒曜石のようで、鮮やかな青色の鳥が白色の不思議な紋様と一緒に描かれている。

 鳥の絵に目を見開く。


「リンの〝練紙(れんし)〟って、青い小鳥だったよね」

「……え?」


 《傀儡師(パペット)》見習いは、二十三種の術式から自分が扱う術式を選ぶ。

 選定をしたのは去年の九月。術式が決定すれば〝練紙〟も決まる。〝練紙〟は〝練気れんき〟――精成回路で〝気〟を術式どおりに練ったもの――を織りこんだ折り紙で、発動すれば術式どおりの効果を発揮する。

 〝練紙〟の形状や色は術者によって異なり、リンカは選定の結果と〝練紙〟の形状と色をユウトにメールしていたが――。


「だから、青い小鳥を描いてみたんだけど……」

「描いたって、作ったの?」


 バレッタとユウトを見比べると、彼は照れたように笑った。


「うん。ちょっと特殊な石で、気を溜めておけるんだ」

「気を?」

「特別な製法で作ったもので――あ。じいちゃんには内緒だよ? 門外不出の技らしいから」


 からかうようにつけられた言葉は、本気か冗談かわからない。


「………それを私に?」


 気を溜められる物質があるとは聞いたことがない。特別な物なのだろう。


「……いいの? 大事なものなんじゃ……?」

「リンに作った物だから」


 あっさりと恥ずかしくなる言葉を言われて、かぁ、と顔が熱くなった。


「いらない?」

「………ううん。そんなこと、ない」


 バレッタに触れると、ひんやりとした冷たさを感じた。


「……ユウ」


 「ん?」と小首を傾げたユウトにリンカは微笑み、


「ありがとう。大切にする」


 数年ぶりの再会で感じていた気恥ずかしさは、あっさりと消えてしまった。変わっていない彼が消した。

 変わったこともあるかもしれない。

 けれど、根っこの部分――天然でズレた言葉や不意に見せる優しさは変わっていなかった。

 リンカはユウトから視線を逸らし、


「それと…………おかえり」


 ちらり、と盗み見ると、彼は大きく目を見開き――嬉しそうに笑った。


「―――ただいま」 

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