ある一族の会議
数ヶ月前。
重苦しい空気が室内を満たしていた。
畳敷きの広い部屋、その両端には十数人ほどの老若男女が並び、全員、同じ装束を身に纏っている。
彼らの視線を集めるのは、部屋の中央に座る一人の少年だ。歳は十代半ばほど、黒髪に青い瞳を持つ少年で、真っ直ぐに向けられた瞳の先には白髪の老人が座っていた。
老人も装束を身に纏っているが、唯一、濃紺色の羽織りを着ている。
「当主として、《調整者》へ命を下す」
老人、《護の一族》本家当主であり、祖父の言葉に少年は小さく頷いた。
「汝の報告と〝塔〟の現況を精査して協議した結果、その危惧に対しての処置は早急に行うべきだと決まった」
少年は顔色一つ変えず、当主の決定を聞いていた。
「従って、来年度の〝塔の儀礼〟にて行うものとする」
一瞬、室内の空気が変わった。
「はい」
それに対して、少年の気配が緩む。
それに気づいた当主は目を細め、続けた。
「――ただし、条件が二つ」
少年に生まれた気の緩みは、すぐに消えた。
「一つ、汝の調整を行うため〝無の塔〟へ帰還させ、そこからの出発とする。一つ、汝の後見人として、姉のユリナをつける」
その名を告げた途端、少年の表情が一変した。眉をひそめ、怪訝そうに当主を見る。
「なんだって?」
静謐とした空間に、少年から険悪な気配が漂い始めた。
「これは会議によって決定したことである。何より、その実力はお前がよく知るだろう」
当主は上座、近くにいる少女に目を向けた。少年よりも少し年上の少女は、セミロングの黒髪を一つにまとめ、口元には微笑を浮かべて青い瞳を少年――弟に向けていた。
「それはわかっているけど、何でユー姉なわけ!? あそこにはヒサキさんがいるんだよっ」
怒りが《一族》としての顔を消し、少年は素で叫んだ。
「それに戻る必要はないじゃないか!」
「お前の調整を行うためだ。こちらの準備もすぐに整う」
「っ! けど」
「あと、ユウヤキの倅もつける。ユリナも《術士》とはいえ実力は高い。それに姉弟のうち、弟だけが戻ってどうする。怪しまれる行動は避けるべきだ」
儀式のためには一度、生まれ故郷に戻る必要はあるのは分かっていた。〝無の塔〟からの出発は、しぶしぶだが納得できる。だが――
「……ダメだ。絶対にダメだって!僕は絶対、連れて行かないからっ」
頑として聞かない少年に、当主は畳に拳を叩きつけた。
「っ!――おめぇ、当主の命令が聞けねぇって言うのかっ!」
「ユー姉は連れて行かない!」
「このっ……バカ孫がぁっ!」
勢いよく立ち上がった当主から感じる気配に、ぞわり、と少年は背筋が震えた。けれど、こればかりは引き下がることが出来ない。
「頑固じじぃっ!」
吐き捨て、少年も立ち上がった。
睨みあう二人を止める者はいない。誰もが「またか……」と呆れ顔だ。いつもなら少年の母親で当主の義娘が制止に入るが、生憎とこの場は欠席していた。
「その性根、叩き直す」
当主が袖口から右手を出すと、一本のキセルが握られていた。
「撤回させる……」
少年からは白い光が二つ、放たれる。白い紙で折られた〝鶴〟だ。白い〝鶴〟は重力に逆らい、翼を動かすことなく少年の周囲を舞う。
二人が臨戦態勢に入ったのを見ると、周囲の者は重い腰を上げ、距離を置くようにさらに壁際に下がった。
「二人とも止めて」
ただ一人、少女だけはその間に割って入った。
はっ、として、少年は後ろに下がる。
「おめぇは下がっていろ!」
「………おめぇ?」
微笑を濃くして、少女は小首を傾げる。
「お――いや……」
その笑みに何かを感じて、当主は口ごもった。
少女は少年に視線を向けた。びくり、と少年の肩が震える。
「止めなさい。二人とも……」
再び諭され、当主はキセルを袖の中に戻し、少年は〝鶴〟を手の中に収める。
「ユウト。これは《一族》としての決定事項よ」
「ユー姉っ……でも、」
「いいわね?」
「………」
有無を言わせない姉に不安げな視線を向けていたが、少年はしぶしぶ頷いた。
「………わかったよ」
学園&冒険です。
第1章は100%学園ですが、それからは半々になるかと思います。
第1章の1~3を投稿します。
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