第1話 ブノリフ・ジスカワヤフ嬢との邂逅
「私も仲間に入れてくれない?」
リクターと同じくらいの少女が、彼の横に座った。
「仲間って、没落した貴族の仲間になって、どうしようっていうんだい? 何の得があるんだ?」
彼は少女が自分のことを、この期に及んでからかいにきたのだとばかり思っていた。
いや、実際はからかいにきたという理由に便乗し、本当は無様な自分をこれ以上見せたくないという衝動に駆られて本心を隠したいのだと自分で気づいた。
見た目は美しいが、心の内は分からないとはよく言ったものだ。
だが、よく考えてみればおかしな話だ。
彼女がもし貴族ならば、迎えの一人は来るはずだ。
ここは近所に住む者ならだれもが知る公園であり、迷子ならすぐに見つかる場所なのだ。
「ひょっとして…。」
この少女も、没落したのだろうか。
そんなことを考えると、彼女のさびしげな瞳の奥底にある真実が読み取れるような気がした。
「そう、私も没落しちゃった。」
なぜか没落したにしてはへらへらと舌べらをちらつかせる彼女を見て、彼は逆に心配になってきた。
「そうか、君も大変なんだね。」
いつの間にか泣いていた自分が彼女のことを気にかけていることに、リクターは疑問を覚えた。
「僕の家は、商売が失敗して、財産を没収されちゃったんだ。 ああ、申し遅れたけど、僕はリクター・ウィリアム・クレッグハートだ。 君はどうしてこんな目にあったんだい?」
どうせお先真っ暗な身だ。
だが、リクターと同じ年頃の割にはどこか子供っぽくて、無邪気な目線に助けられた笑みがとても印象的に残った。
名前くらいは聞いてもいいと、彼は自分のいやしい下心に自分は決してそんな人間ではないと偽るべく必死で抵抗した。
「言えないわ…。 だって、言ったらあなたは私から離れて行っちゃうから。」
きっと、今ここにいるリクターだけが頼りなのだろう。
そんな口ぶりに、彼は優しく手を差し伸べた。
「とにかく僕と同じ立場だってことは分かったから。 言いたくないなら無理にとは言わない。 僕も正直一人じゃとても不安で仕方がない。 君みたいな子でもそばにいてくれるなら、それだけで嬉しい。 で、君の名前は?」
少女はリクターの励ましが効いたのか、笑顔になって答えた。
「私は、アシェット・ドーミィ・ブノリフ・ジスカワヤフよ。」
聞いたことのない家名だった。
ユーヴェイル以外の他国にも貴族は多くいるから、そのうちの一人なのだろうと思うしかなかった。
「君はこれからどうするんだい? 僕はとりあえず、どこか働ける場所を探して城下町に行ってみるよ。 あそこなら、労働者を必要としているところがいっぱいある。 まあ、多少アブナイ仕事もあるだろうけどね。 食っていけるなら、今は仕方ないさ。」
「ふふふ。」
「どうしたの、アシェット?」
極限状況に置かれたせいで、気でもおかしくなったのかとリクターは彼女の顔を覗き込んだ。
だが、それはある意味での不幸の始まりということに、彼はまだ気づいてもいなかった。
「あなたは、それでいいの?」
「ど、どういう意味…かな?」
「奴隷のままでいいのかと言っているのよ。」
明らかにアシェットの口調は、おしとやかな女性から、野望を秘めた魔性の女へと変わりつつあった。
「無様な庶民をいたぶり、この世の贅沢を独り占めする。 ああ、なんてロマンティックなんでしょう! 私は、世界に一人だけのあなただけのお嬢様よ!」
「あ、アシェット、なにを…。」
彼女の口調はますますエスカレートしていく。
もはやそれはお嬢様というより、女王様といったほうがよりふさわしかった。
「あなた、今から私のパートナーとして、世界一の大富豪になるべく力を貸しなさい!」
「な、なんだって?」
いよいよ命令口調になったとき、彼は先ほど彼女が自分のことは話したくないという理由が気にかかった。
「一体、君はなんなんだい?」
今は自分のことで精いっぱいなのに、こんな高慢ちきな女になどかまっている暇はない。
「じょ、冗談じゃない。」
没落してもなお、人を利用しようとするアシェットの腐った部分に、リクターは嫌気がさして立ち上がった。
「どこへ行くつもり?」
「どこだっていいさ。 君みたいな女性にかかわっているとろくなことがない。 だから今すぐここを離れるんだ。」
「じゃあ、一生を人にこき使われながら生きていくのね?」
「君のような生き方をするくらいだったら、そっちのほうが何倍もましだよ。」
彼はどびきりの冷めた声で、少女を突き放そうとしたが、甘かった。
「もったないなあ。 私となら、あなたの夢がかなうと思うんだけど。」
「僕の何を知っているかは分からないけど、もう僕らはこれっきりさ。 いいね?」
「夢なんでしょう? 貿易が!」
リクターは思わず少女に背を向けた瞬間、ピクリと止まった。
「どうしてそれを?」
「言ったでしょう? 私なら、あなたの夢をかなえることができるって。」
「こ、根拠は? どこに証拠が?」
少年はそう言いかけた時、いつの間にか泣きじゃくるアシェットを見てギョッとした。
「お願い。 一緒にいなくちゃダメ…。 不安でしかたがないのよ…。」
― 「言ったらあなたは私から離れて行ってしまうから…。」 ―
今思えば、女性が一人で外に放り出されて生きていけるわけがない。
生き残れたとしても、それは見ず知らずの金持ち男に汚される未来での話だ。
そもそも過酷な労働は男でなくては無理だ。
意地の悪いばあさん連中に、都合の良いようにパシリにされる彼女の光景が浮かんだ。
「わ、わかった。 君のパートナーになるって約束するから、もう泣かないで。 僕が君を守るから!」
つい反動でそんな言葉が出てしまったとき、彼は全人生のうちでもっとも後悔した時を迎えた。
「言ったわね?」
「え?」
「聞いたわよ? この耳でちゃんとね。 逃げたらあなたが今度こそサイテーの男だってことを、下町中に言いふらしてやるからそのつもりでね。」
嘘泣きだ。
いや、涙は出ているが、感情をうまくコントロールできているから、半泣きというべきなのだろうか。
どちらにしろ、女を泣かせたなどといううわさを唯一の頼みである下町に流されたら、今度こそ死ぬか奴隷になるしかない。
「もうあなたはこの私から逃げられないわよ。 覚悟しなさい! 一緒に大富豪を目指しましょう。 世界一のギルドの帝国を作って、あなたがギルド王として、私が妃として君臨するのよ!」
「な、なんだってーーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!」
こうして、リクターの第二の人生がスタートした。
とてつもない幕開けとともに…。
なにやら思わぬ反響ぶりに正直驚いています。さらには財布の中身のさびしさにその十倍驚いています。とにかく、本編を訪れた読者の皆様、本編に興味を持ってくださりありがとうございます。