表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ギルド帝国物語  作者: カーレンベルク
ギルド結成編
12/58

第9話 小ランク級ギルド『風の剣』3


 「じゃあ、これください。」


 彼は父親の仕事をしている姿を見たことがなかった。


 そのためか、自分がいったい何を基準に商品を買っていいのかわからず、目の前にある大きなツボを指差した。


 「あいよ、じゃあ2リムノシュだな。 つまり2000ムーだ。」


 「え?」


 彼は思わず助けを求めるつもりで、ガレンの顔を覗き込んだ。


 彼はまたもやめんどくさそうな表情になった。


 「ああ! おめえってやつは! まずは値段を聞くもんだろうが。」


 ついつい貴族の、値段を見ずに物を買っていた習慣が出てしまったようだ。


 「こりゃ、手本を見せる必要があるな…。」


 ガレンはリクターを押しのけると、先ほどの商人に向かってなれた口調で買い物を始めた。


 「オヤジ、ここにある中で5リムノーで買えるものはあるか? できれば普段は入らないような珍しいものが見たい。」


 なるほど、あらかじめ上限金額を伝えておけば、何を買えるかが一目瞭然いちもくりょうぜんだ。


 ガレンはそれに加えて珍しいものがないか注意を払っていた。


 「今日入ったのは遠いガーリンの町から運んできたドマレゴス鉱石だ。 これなら4リムノーで売ってやる。」


 「だとよ、どうする?」


 「え? 僕?」


 いきなり話を振られて少年は焦った。


 「なんだ、坊主、初めての商売か?」


 それを悟ったのか、露天商のオヤジもにやにやしている。


 「ああそうだ。 あまりにも情けねえから、俺がまず手本を見せてやったんだ。」


 「そいつは微笑ましい光景だな。 じゃあ、そんな坊主に免じて、今日はこいつをやろう。 そなたの未来を明るく照らしたまえ。」


 信心深い言葉を放って商人が取り出したのは、いつも屋敷にあるものよりも、ずいぶんと粗末なろうそくだった。


 大きさも不揃ふぞろいで、ちゃんと丸くなっていないうえに、わずかに刺激臭のようなものが鼻をついた。


 「なにこれ、臭い。 あなた、不良品を売りつける気?」


 「そんなお嬢さんにもプレゼントだ。」


 「ちょ…私はいらないってば。」


 「遠慮せずにもらっとけ。 そいつは野営のとき重宝することが多いんだよ。」とガレン。


 「今回はお前さんの作戦に便乗びんじょうしてやろう。」


 「へっ、作戦じゃねえよ。 こいつらが何も知らねえからそう見えただけだよ。」


 ガレンは出来の悪い弟子を不満そうに見たが、リクターにとって今日は貴重な経験の連続だった。


 物の正しい買い方はともかく、ギルドの仕込みがどのようにして成り立っているか知ることができたのだ。


 ギルドの仲間ともすっかり打ち解けることができたし、ふだん目にしない庶民の暮らしぶりが、商品の質からぼんやりと見えてきたのだ。


 今までのような貴族感覚での見方では、絶対に取引は成功しなかっただろう。






 『風の剣』に戻ると、アウグストが帰りが遅い三人を心配そうに待っていた。


 「わりい、こいつらのせいで遅くなっちまったよ。」


 ガレンと違ってアウグストは全く逆の言葉を二人にかけた。


 「そんなことは気にしなくてもいい。 むしろ、それだけ新しいことを見たり聞いたりできたんじゃないか?」


 「あなた、少しはわかってるじゃない。」


 相も変わらず、アシェットは傲慢ごうまんな口ぶりでそう言ったが、アウグストはまったく突っかかってこなかった。


 「貴族とも物事の考えを共有できてうれしい限りだ。 所得の多い金持ちが相手の時には、ぜひお手本をみせてもらいたい。」


 本当、とアシェットは瞳を輝かせて一人で舞い上がった。


 「バカ、何うかれてんだ。 だんなはおめえに相手のほめ方を教えてやってんだ。 物を買ってほしい商人で、傲慢な姿勢のやつがいたら、びびって取引にこねえだろう。」


 「そういうなってガレン。 だんなは相手の感情を傷つけないように優しく言ってんのさ。 特に初心者には気を使ってね。」


 ムファルも二階から降りてきた。


 「その通り。 ときに取引においては遠回しに言って相手をその気にさせることも必要だ。」


 「覚えることがいっぱいね…」


 「そのうち覚えていけばいい。 アシェット。 まだ我々の取引を実際に見てはいないのだからね。 もちろん、そこで学べることも多いから、明日はさらに気を配って観察することをお勧めするよ。」


 彼はリクターにもアドバイスをした。


 「リクター。 君は商人貴族の出らしいが、だからこそ君には、物の価値は質や値段で決まるものではないことを知っておいてほしい。 たとえ品の悪いものでも、使い心地とか、特定の商品の色づかいが好きな客もいる。 だから、そのろうそくをもらった意味を、もう一度じっくり考えてみるといいかもしれない。」







 「なんなの、あのガレンとかいう男!」


 ほかに寝る場所がないアシェットは、リクターと階段の下のタルをどけてそこに毛布を敷いて横になった。


 彼女はただでさえその状況にイライラしていたのか、疲れた体を休めようと必死になっていた。


 「いいじゃないか。 いろいろギルドのことについてわかったし。 それにガレンは僕たちにいろいろ教えてくれるしね。 ギルドを始める一歩と思えば…。」


 ムファルの出荷作業を手伝ったせいで傷んだ腕をさすりながら、彼は上の階段を見上げた。


 あのロムで会った商人がくれたろうそくは、形も不揃いで変なにおいがする。


 貴族じゃなくてもイヤなにおいなのに、なぜギルドが好んで使うのか。


 野営に必要だからなのだろうか…。


 その時、はっと彼は気づいて、そうだと思わず叫んだ。


 「な、なになに? どうしたのリクター?」


 「そうだよアシェット。 なんであのろうそくを使うのか、それは、貧乏だからあれで火を起こして料理に使うんだよ。 木材を大量に買いこむよりも、ろうそくのほうがはるかに安い。 そこらの枝を集めてくるだけで十分なんだ! おまけに木材を多く運ばない分だけ荷物を運べる量も増える。 大量の取引だって可能になるんだ! それにあの臭いは…オオカミやクマを寄せ付けないための役割だったんだよ!」


 だからあのとき、商人はリクターに未来があることを願ったのだ。


 「ああ、そのこと、まだ考えてたの? 熱心ね。 でも、世界のギルドになるにはそのくらい当然よね。」


 アシェットはそれだけ言うと、またあのかわいい寝顔をさらけだして眠った。


 「父さん…僕は…立派なギルドになってみせるよ、必ず!」


 リクターの決意に満ちた声が、夜の闇に溶けていった。


 

 『風の剣』が次回いよいよ出発します。リクターは果たしてどう行動するのか、今から制作が楽しみです。では…。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ