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両隣を繁華街に挟まれたこの土地は目立った建物もなく、小さな畑で細々と農業を営む家や緑多き土地に古い都営の住宅が立ち並び、駅前のわずかな商店と一軒家が軒を連ねる静かな町だ。
僕はここまでの道程をまるでそれまでの亜希子とバトンタッチでもするように、長年過ごしたこの町並みに変化はないかと思い思いの場所へと顔を向けたりしていた。
最寄り駅から徒歩十五分。僕は風雨にさらされた古びた木製の表札を眺めて言った。長い年月の間にすっかり色褪せ黒ずんでしまった表札には、薄らと「斎藤」の文字が伺える。
「ここ?」
門の前へと立ち止まった僕に亜希子が訊ねた。僕は頷いてにらめっこしていた表札から視線を上げて門戸に手を掛けた。
インターホンを押してしばらくすると、応答があったようで、亜希子がインターホン越しに軽い挨拶を交わしている。僕はと言えば懐かしい我が家の香りを愉しむでもなく、亜希子の隣でソワソワと庭先の方へと視線を向けてみたり、様変わりした近所の様子や隣家を伺ったりしていた。
「お父様もお母様もいらっしゃるみたい」
インターホンでの会話を終えて亜希子が僕に告げる。僕は曖昧な返事を返して新調した眼鏡を外し、シャツの裾で拭った。亜希子が隣で呆れたような視線を投げているのが感じられる。僕はなるたけその視線に気付かない振りをした。
「今日は」
扉が開く音がして亜希子が玄関口へと声を掛ける。二言三言、言葉を交わして僕に手招きをした。