6【掃除屋】
身体の傷も癒えてきたある日のことだ。
シドから直々に手錠をつけたままなら船内を自由に散策しても良い許可が下りた。このようなタイミングで殺人事件の容疑者を野放しにして良いのかと思ったが、何か考えがあるのだろう。どうせなら手錠も外してほしいと思ったが、そう頼むと外出の許可を取り消されそうで、やめておいた。
シドはどこか俺に甘いようでいて、厳しい。
ヒューマノイドに愛玩動物として飼われるペットの気持ちだ。まさに今の状況を分かりやすく表現すると、俺はシドに飼われているのだ。彼の加護を受けながらも完全な自由は許されない――変な感覚だ。自由を与えられたのも、俺の体調管理をしているつもりなのだろうか。部屋にいても読書か寝るくらいしかすることがないので、見かねて不健康だと思ったのだろう。
確かに、飼っている犬が不健康でぶくぶく太ったら嫌だもんな、などと人事のように思った。それならば、彼の思惑とは適度に運動させて体型維持に努めさせるといったところだろうか。
晴れてほぼ自由の身となった俺は、さっそく館内を散策した。今のところ、CBに付き添われて自室と食堂の間を往復するしか、外を見る機会が無かったので、館内をあちこち見て回れるのには探検のようで胸が躍った。身体はまだ痛むが、怪我のリハビリを兼ねた良い暇つぶしになる。しかし、この散策の本当の目的は別にあった。
一つは船内に居るであろうリュウの居場所を突き止めることだ。
二つ目は、この船から脱出する手段を探るのである。もしリュウが見つかったとしても、ここから逃げられないのであれば本末転倒だ。乗員全員を片付けることもできるだろうが、できるだけ穏便に済ませたかった。リュウと二人でこの船から脱出できる手段を見つける。これが目下の目標であった。
まず、俺は自室のある三階を見て回ることにした。三階には、客室がずらりと並ぶほかに小さな土産屋とコワーキングスペース、それから広々としたラウンジが備え付けられていた。乗客の居住空間がメインの階らしい。綺麗に保たれていたが、気まぐれで覗いた、いくつかの部屋は、無茶苦茶に荒らされていた。
ずっと長く伸びた廊下の両側に客室が並ぶ。一等室、二等室、三等室からなる三段階のランクがあるようだ。それぞれの空き部屋を覗いてみたが、一番ランクの低い三等室でもかなりいい部屋だった。独りで住むには十分の広さと清潔さが保たれている。俺の部屋は二等室だ。三等室よりやや広く、家具がより上質だ。一等室は言わずもがな豪華な部屋で、アメニティや家具もいいものが置かれていた。時折、元々乗っていた乗客の荷物と思しきものが放置されている部屋もあったが、誰かに漁られた後らしく、乱雑に散らかっていた。部屋の数は膨大だが、船の大きさから考えられる収容人数と、現在の海賊クルーの人数を鑑みるに、ほとんどの部屋は使われていないようだ。
そのような勝手な憶測を立てながらあちこちを見て回る。そんな最中、時折見かけるクルーは、俺の存在に気がつくとそそくさとどこかへ姿を消してしまう。
理由はすぐに分かった。襲うようなことはしないのに、と複雑な思いを抱きつつ、彼らの仕事の邪魔にならぬよう、なるべく人が少ない通路を通るよう選んだ。
働く彼らを見ていると、彼らは実に良い労働者だということが分かる。海賊というから、もっと怠惰で享楽的な生活をしていると思っていたのだが、彼らは規則正しく、自分の仕事をこなしている。それに引き換え、俺はシドの所有物という、よくわからない立ち位置にいる。軟禁されている身とはいえ何の役割も果たせず、多少の申し訳なさを感じた。
ふらふらと散策を続けていると、銀髪の男が廊下に突っ立っているところに出くわした。食堂での会議で、舌打ちをしてきた、目つきと素行の悪い男だ。確か、彼はアハルテケと呼ばれていた。彼の周りにはクリーナーロボットがちょろちょろと忙しなく走り回っている。俺はできるだけ友好的な笑みを浮かべ、彼に話しかけた。
「やあ。……君は何をしているんだ?」
「……お前、あまりウロウロするなよ」
アハルテケは俺を睨みつけながら、またも舌打ちした。こうもあからさまに敵意を向けられると、反応に困る。
「何故?」
悪意に気が付かないふりをしながら、俺はすっとぼけた返事をした。無害だということのアピールに努める。
「なぜって? お前、インサージェントってやつだろ。どうせ、ロッツォを殺したのはお前なんだ、次に殺す獲物でも物色してんのか?」
「俺は違うと昨日言ったはずだ。今は、ちょっと散歩しているだけだよ。……ところで君の事を知りたいんだけど」
「俺は知られたくない」
「…………」
俺のコミュニケーションが間違っているのだろうか? 胸に、不快感が渦巻いた。この男はどこまでも人を蔑ろにする。
「こちとら掃除で忙しいんだ。クリーナーロボットじゃあ、全然取れねぇ。クソ。イライラする」
丸っこいロボットが、床に敷かれたカーペットの赤黒いシミを一生懸命に拭いている。しかし、汚れはすでに繊維にこびりついてしまっているようで、こすってもこすっても消える気配がない。
「……その汚れ、まさか、血かい?」
「……あぁそうさ。半年前、乗客共をぶっ殺した時の。あれ程プールで纏めてやっちまおうって言ったのに。あいつら好き勝手にやりやがって。……誰が掃除すると思ってやがんだ! ……クソっ! 血の痕は残りやすいんだ!腹が立つぜ」
アハルテケはロボットを蹴り飛ばした。丸っこいロボットは天井にぶつかった後、暫く床をころころ転がった。そしてきゅいきゅいと音を立てながら、先ほどまで一生懸命拭いていたシミのもとに戻ってきて、再び一生懸命汚れをこすり始めた。
「……ものに当たるのはよくないぞ。……やっぱり、君たちは酷い奴らだな。残虐極まりない海賊そのものだ」
俺がそういうと、アハルテケは目をかっぴらいて詰め寄った。
「残虐? インサージェントがよく言うぜ! 笑っちまうよ。お前も暴れたくて仕方のない化け物のくせに」
「野蛮なインサージェントと一緒にするなよ。俺を引き合いに出すのなら、君達海賊はインサージェント以下だ」
「――ハッ。生意気な奴だ。何でボスはこんな奴を拾ったんだか。ルルイェ人なんてな」
「…………。俺が知りたいよ」
「まぁ俺には関係無ぇ。船長が物好きなのは昔からだ。とりあえず船が汚れるからうろつくな。お前、風呂に入っていないだろ。臭う。……そうだ、今日から毎日風呂に入って着替えろ。それが良い。アンドロイドに用意させるから、今すぐ行け」
アハルテケはまくし立てた。
「……無茶苦茶だな、君は」
急に激昂したり、正論を言ったり。神経質でなんとも絡みづらい男だ。まともな話ができそうにない。
「お前が気にしなさ過ぎなんだよ。まるで野良犬だ。……おい、そこのアンドロイド」
アハルテケに呼ばれて、女性の姿をした一体のアンドロイドが近寄ってきた。家政婦の服を着ているから、きっと家事専門のアンドロイドなのだろう。見た目はヒューマノイドとまるで遜色がない。柔らかそうなスキンに、滑らかな動き。艶のある瞳。言われなければ、アンドロイドだと気が付かないほどの精巧さである。
「ハイ」
「コイツを風呂に入れろ。手が使えないから手伝ってやれ」
アンドロイドはぺこりと上品に礼をすると、俺の方へ向き直り、案内を始めた。
「承知しました。――[無登録]――様、こちらへどうぞ」
「有り難う」
アンドロイドは、どこかへ案内しようとしてくれていた。アハルテケの刺すような目線を感じながら、俺は彼女に付いていくことにした。
◇
◇
◇
幸いなことに、シャワールームには誰もいなかった。アンドロイドとはいえ、女性と二人でこんなところにいるのを見られたら良からぬ噂を立てられるに違いない。女を連れ込んだとか、世話させているだとか。これ以上肩身が狭くなるような噂が立つのは避けたい。
言われるがままに服を脱ぎ、俺はバスチェアにちょこんと座っていた。鏡越しに、アンドロイドがスポンジに泡を立てているのが見える。なんとも居た堪れない気分で、情けない。この手錠さえなければこんな情けない思いもしなくて済んだのに、と忌ま忌ましく手錠を眺めた。
「……」
「…………」
流れる沈黙が気まずい。アンドロイドが寡黙だとは聞いたことがあったが、ここまで会話が無いと、より自分の惨めさが際立つ気がしてしまって、堪らず会話を切り出した。
「アンドロイドと分かっていても……女性に裸を見られるのは少し恥ずかしいな」
冗談交じりにそう言うと、彼女は俺の表情をちらりと確認して、俺の背中を洗い始めた。
「そのように気にする方はあまりいらっしゃいません。むしろ喜ばれる方が多いです。私に性別など無いのですけれどね」
「……そうなんだね、ハハ……」
ジョークなのか本気なのか、彼女の乏しい表情からは読み取れない。気まずさを愛想笑いでごまかした。彼女はあまり気にしていないようだが、どうやら女性の見た目をしているというだけで、アンドロイドも、対人相手に苦労するらしい。
「……君、名前とかあるのかい?」
「Artemisホームキーパーelk-hk12aです」
型番を言え、という意味では無かったのだが、彼女が口にした名の中に、口に馴染みそうなワードをかろうじて聞き取れた。
「じゃあ……エルクだ。エルクと呼んでいいかな?」
これならば、彼女のことを呼ぶ際に長ったらしい呼び名で呼ばずに済むだろう。
「私はエルクなのですか?」
「ニックネームだよ」
彼女は僅かに目を丸くした。今まで個別の名前で呼ばれたことが無かったようだ。
「……そう呼ばれるのは嫌かな?」
「いいえ。何なりとお呼びください」
「そうさせてもらうよ。俺はアイザック。よろしく」
きっと、今後も世話になることだろうから、味方は一人でも多い方が良い。彼女とは仲良くなっておくべきだ。そんな打算もありながら、背中を流してもらう心地よさに目を細める。
ルルイェ星では、水は貴重なものだ。さらさらの砂で身体を清める”砂浴び”という習慣があり、そちらの方が大衆の文化として根付いている。体を流すのに水を使うだなんて、金持ちでないと到底できない。温かい水のなんと心地よいことだろう。制限なくこのシャワーを使わせてもらえるのなら、案外この生活も悪くないかもしれない。
結局、エルクに体を洗うのを手伝って貰った挙げ句、古い服は洗濯用に回収されて新しい着替えを貰ってしまった。
「そういえば……。エルク、君は俺以外のルルイェ人がこの船にいるか分かるかな?捜しているんだ」
お世話係に過ぎないアンドロイドが知っているとは思えなかったが、念のためにリュウの事を彼女に聞いてみることにした。しかし、帰ってきたのは案の定の返答だった。
「申し訳ございません。乗員の皆様の人種はプライバシー保護の観点から、お話しすることはできかねます」
まぁ、そうだよな、と思いつつ、アハルテケに聞きそびれたことを思い出した。彼はどうも俺に対して敵対心を抱いているようだから、次に会うときにはうまく立ち回らなくてはならない。言葉と、立ち回りを俺は選別する必要があるようだ。




