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5【インサージェント】


 翌朝、食堂に集められた総勢九名。昨晩の宴会に呼ばれた時と比べて、ぐっと人数が減った。その中に、何故だか部外者である自分も混ざっていた。全員が集まるや否や、シドから聞かされたのは何とも物騒な報告だった。


「ロッツォ? なんてこった! これからどうすんだよ?」


「新しい受信者を立てれば良いんじゃないか? いや、そのためには財団に……これは大変なことになったな」


 逃げ場のない船の中で仲間が死んだと報告があったのだから、動揺するのも当然だ。しかし、あれだけ乗客を殺したと豪語しておいて、身内が殺されたことに関しては大騒ぎとは、都合の良い連中だ。


「馬鹿。問題はそこじゃねぇ! どうしてロッツォが殺されなきゃいけなかったんだよ!」


 皆の反応を見る限り、ロッツォは女神信仰の受信役だったらしい。宴会の際にも彼らは宇宙創造の女神に祈りを捧げていたし、彼らにとって信仰は心の拠り所だったのかもしれない。その役持ちが殺されたというのだから、これはただの内輪揉めではなく、誰かの純然たる悪意が見え隠れしているような気がしてならなかった。


「念の為確認するが……この中にロッツォを殺した奴は居るか?」


 ――沈黙。皆、お互いの顔色を疑り深く観察しているが、誰も声を上げない。シドはじっくりと皆の表情を一人一人確認すると、続けた。


「死体の状況を見るに……インサージェントの仕業だろう」


 ”インサージェント”。シドの言葉に、ぎくりとした。そんな俺を置いてけぼりに、議論は進む。


「インサージェントって何だ?」


「知らないのかよ。突発的に凶暴になる……病気? じゃないのか?」


 船員たちはその言葉に馴染みがないらしい。シドは、はぁと呆れたように溜め息をついた。


「……ジャックス、説明を」


 ジャックスと呼ばれたジャンプスーツ姿の男ははい、と短く答えて説明を始めた。


「緊急マニュアルを叩き込んだだけなので、付け焼き刃の知識ではありますが……インサージェントとは、ある精神汚染体に侵された感染者の呼び名です。航海者の間では、汚染体とともにコズミックエラーと呼ばれることもありますが……。インサージェントは破滅的で暴力的な思考に発作的に支配されてしまうようになり、自我を保てなくなるそうです。過去にはインサージェント化した権力者がトリガーとなり惑星間戦争が起こったこともあるといいます」


「おっかねぇな」


「……なぜロッツォ殺害の犯人はインサージェントによるものだと分かったんだ?」


 目つきの悪い銀髪の男がジャックスに問いかけた。


「インサージェントは対象を乗っ取るためには人の神経に潜り込む必要があります。頸椎に鍵穴のような穴を空け、神経回路を辿り脳へアクセスする。宿主が発する、恐怖心などの刺激が強い電気信号を貪って支配する――それが、奴らのやり方です。今回インサージェントの仕業だと疑っているのは、ロッツォの首の後ろに、その特徴的な痕があったからです」


「趣味が悪りぃぜ」


「ねぇねぇ、インサージェントは増えるの? ゾンビみたいにさ」


 今度は、紫星雲色の髪の男が質問した。


「いや、増えません。さっきは便宜上感染という言葉を使いましたが……。例えば俺がインサージェントだとして、ハイペリオンへ移した瞬間に、俺はインサージェントではなくなります。その代わり、既に死んでいる精神が肉体から切り離されて、俺は事実上死ぬことになるでしょうね」


「なるほど。総数は変わらないってことだね?」


「そうです。……で、問題があって……。緊急マニュアルに従って、船の感知システムを使って生体反応を調べたんです。そしたら……アノマリー反応が二体もありました」


 ジャックスは溜め息を吐き出した。


「なんだと? それはつまり、インサージェントが二体も宇宙船に乗っているということか?」


「正確に言うと、インサージェントだと断定はできません。侵略的外宇宙生物の可能性もありますが……状況証拠から見て、インサージェントの可能性は高いかと思われます」


 インサージェントについての説明が行われる中、俺はできるだけ気配を消す事に専念していた。彼らの議論に加わる立場では無いし、それにこの話題は確実に俺の立場を悪くすることが目に見えていた。


「だが……どちらにせよ、人ならざる者が我々の中に紛れているのは明らかです。この船に乗っていた乗員どもに感染者が紛れていたのかもしれない。まったく。だから、あれほど乗員処理の際は相互監視をと言ったのに」


「……まぁつまり、クルーの誰か一人がインサージェントだろうな。もう一人はそう、そこのルルイェ人だろう」


 居合わせた皆の強烈な視線を感じ、思わず目を逸らす。アウェーな空気の中、気配を消して議論を見守っていたというのに、突然注目されて目立ってしまったのは非常にまずかった。殺人犯の疑いを向けられてしまう恐れがより強まった。


「知っての通り、ルルイェ人の潜在的インサージェント率は八十%と言われている。好戦的で、血を好む性質故だ。おまけに興奮状態時に肉体変異まで起こすときた。その危険度のお陰で、ルルイェ星への渡航難易度はトップクラスだ。……過去の歴史が証明しているようにな。まぁ、そんな訳で、だ。アイザック()がインサージェントだと仮置きしても良いと思うんだが、皆どうかね?」


 シドにここまで事細かく言われてしまうと、弁明せざるを得ない。


「ちょっと待ってくれ! 確かにルルイェ人はインサージェントと混同される事も多いけど……俺は人なんて殺したことない! そんな悪趣味な殺し方も、インサージェントを真似たふざけた奴しかしない。……ルルイェ人の多くは暴力的な発作に苦しんでいる、平和主義者だ。インサージェントなんかと一緒にしないでくれ」


「でもよ、ルルイェ人は確か女神信仰じゃなかったよな。こいつが、異教の受信者を疎ましく思って殺したんじゃないのか?」


「心外だ。君たちが異教徒だからって、そんな野蛮なことしない」


「口では何とでも言えますからね。彼はやっぱり部屋に監禁しておくべきでは?」


 ジャックスの言葉は刺々しく、俺のことをよく思っていないということがありありと伝わった。


「そういうジャックスも、やたら詳しいよな? お前がインサージェントなんじゃねぇの?」


 ヘリオスがジャックスを揶揄う。両者の間に僅かながら緊張が走った。


「俺は違いますよ」


「口では何とでも言える。……だろ?」


「馬鹿言うのはよしなさい、ヘリオス」


 一触即発な雰囲気に、シドが仲裁に入った。


「落ち着け。……無暗に疑っても仕方がない。まずは昨晩の行動を聞こう。CB、検死の結果、死亡推定時刻は二十五時と言っていたな?」


「えぇ、そうです。発見は翌朝の七時頃……。死後硬直も進んでいましたし、ほぼ間違いないですね」


「昨晩二十五時、皆何をしていた? ……どうかな? エンブラント」


 シドはこのままアリバイを聞いて回るようだ。彼は褐色肌の中年の男に質問をした。


「俺? 俺はバーを締めて自室に帰ってきたくらいの時間だな。昨晩はアハルテケとヘリオスが最後の客だったよ。……長居されたから、店を締めたのが遅かったんだよな」


「そうだ、そうだ。俺、ヘリオスとずっと飲んでたんだ。……でも、酔ってて全然記憶が無ぇよ」


 目つきの悪い銀髪の男――アハルテケは頭を掻きながら証言した。


「俺はちゃんと覚えてる。締めるからってバーを追い出されて、酔っぱらったアハルテケ(こいつ)を部屋まで送ったんだよ。部屋に着くなり、すぐにこいつは寝ちまったけどよ。俺はその後すぐに部屋に戻ったんだ」


「ふん……他の奴はどうだ? ……ハイペリオン?」


 鮮やかな髪色の男の名はハイペリオンというらしい。名指しされて、彼は昨晩の行動を話し始めた。


「僕、夜はずっとガーデンに居たよ。調子の悪い子がいたから、ずっと経過観察していた。二十一時には寝てたかな? 朝起きてお散歩してたらびっくり! ロッツォが倒れていたんだもの! あ、僕が第一発見者ね」


 ジャックスが証言を続ける。


「俺は……夜は二十三時頃から寝てました。朝、七時頃でしょうか。ハイペリオンに叩き起こされて見に行ったらロッツォが……。それで、船長に報告しに行った次第です」


 他のクルーも、順番に証言を続けたが、ロッツォ殺害に関する決定的な証言は出てこなかった。


「うーむ……。わからん」


 シドがお手上げだとでも言うように天を仰いだ。結局、ここにいる者の無実を証明できる証言は得られなかったらしい。アリバイがあるようで皆、証明ができない。

 

 そのような中、自分がアリバイの証言を求められなかったのは、この手錠と、軟禁されているお陰だろう。インサージェントの疑いは掛けられているものの、殺害ができる訳が無いという確信と、ロッツォという人物との関わりの薄さも相まって、容疑者とは疑われていないらしい。


「ここに居ない奴らの仕業かもしれん。皆、周辺の人物の行動に気を配るようにしてくれ」


「でも、船長よぅ。……どうやって炙り出す? そもそも、当事者はインサージェントになったという自覚はあるのかねえ?」


「そこんとこ、どうなんだ? アイザック」


 突然話を振られ椅子から飛び上がりそうになった。


「俺はインサージェントなんかじゃない! ……生まれたときからルルイェ人だ。自覚もクソもあるか」


 事実、十歳になるまで他の一般的なヒューマノイドとルルイェ人が異なるものだと知らなかったのだ。周囲に居るのもネイティブばかりだったし、学校でその事実を教えられたときは、衝撃を受けたものだ。


「役立たず」


 アハルテケが舌打ちする。態度も悪ければ素行も悪く、実に気が悪い男だ。


「判別方法を昔聞いたことがあるぜ。インサージェントに精神を喰われた分、肉体が軽くなって身体が水に浮くとか」


「んなもん、誰だって浮くだろ……」


 大昔に行われた、宗教派閥による「人類浄化」の際、多くの同胞が犠牲になったと聞く。そのとき行われた尋問や拷問は聞くに堪えない惨いものばかりで、ルルイェ人にとっては黒歴史となっている。その人類浄化以降、ルルイェ人は母星(ルルイェ)に引き籠もるようになり、外界との接触を嫌うようになった経緯がある。


「現時点で判別方法は確立されていない。どうやら自覚症状も出にくいらしいから、周りの連中がよく観察し合うくらいしかないんじゃないか?」


「……そういうわけだ。各自、部下の様子に目を配っておいてくれ。少しでも怪しい動きをしたやつは追放したって良い。では、解散」


 ――俺は、CBに付き添われながら自室へと戻っていた道中、あることを考えていた。

 

 アノマリー反応は二つ。その反応がルルイェ人に反応しているのだとしたら、俺と、もう一人の反応は、間違いなくリュウだ。

 船員のロッツォという人物が殺害されたのも、きっとリュウが、俺だけに分かるように示したサインに間違いない。恐らくリュウは、俺を探しながらクルーを一人ずつ片付けていって俺の事を守ろうとしているのだ。辻褄が合う。そうだ、間違いない。

 やはりリュウもこの船に助けられて、船のどこかに潜伏している。船員たちが頑なにそれを隠すのは、俺とリュウに合流されて、宇宙船を制圧されるのを恐れているからに違いない。ルルイェ人たる二人が本気を出せば、この船に乗っているヒューマノイドを皆殺しにするくらい、造作も無い。


「……そんな難しい顔しても、いいことありませんよ」


 突然かけられた言葉に、ハッとする。CBは俺の顔をじっと見ていた。


「え?  …………あぁ。いや……」


「考えるだけ無駄でしょ」


「……そうかもね」


 考えすぎるのは、確かに良くない。昔からの悪い癖だ。

 リュウを見つけ出してユートピアを探しに行く。目標はシンプルでいいだろう。

 

 その晩、眠りについて、夢を見た。

 真っ暗な宇宙空間で漂う、誰か。

 俺は相変わらず、彼を眺めている。あれはリュウに違いない。曇ったヘルメットのせいで、顔を見ることはできないが、あの人物がリュウな気がしてならない。間違いない。リュウが俺を呼んでいる。この夢はリュウが俺に向けて助けを求めているメッセージだ。

 時折、苦しそうに悶えている。

 あぁ。可哀そうなリュウ。

 俺に助けを求めている。なのに、ここでは俺は何もできない。

 早く見つけてあげないと。なんて、もどかしい。

 早く、早く、早く――――。


「……」


 心臓の音がうるさくて飛び起きた。焦燥に駆られて、あのような夢を見たのだろう。最悪な気分だ。


「ごめん、すぐ見つけるから……。待っててくれよ……」


 静まれ。静まれ。――……。

 眠れそうに無くて、俺はそっと寝台から起き上がる。宇宙の冷気が染み出す窓に近寄り、外を眺めた。

 少しでも頭を冷やしたかったのだ。暫く眺めて、思い出した。ここは外宇宙だ。星一つ流れない、どこか遠くの宇宙。

 窓には不安げな自分の顔が映っているが、時折その口元が弧を描いたり、眼が細まったり、夢か現実か分からない時間が流れた。やがて眠気を覚える頃、白んでくる室内灯を見てまた、絶望的な気分になるのだった。

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