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4【宴会】


 数時間後、約束通りCBが迎えに来た。部屋につくなり、彼は俺の着ていた寝間着を脱がせはじめた。狼狽する俺を置き去りに、CBは淡々と作業を進める。体を、水をかたく絞った布で拭かれ、ようやく意図を理解した。


 身だしなみを整えられると、新しい服を貰った。元々着ていた衣類は事故のせいでボロボロになっていて棄てられたらしい。ふわりと不思議な香りが漂う、見たことの無い意匠の服だ。……他の星で流行っているものなのだろうか。袖を通すと、なめらかな質感の肌触りに驚かされた。


 そして浮遊式の車椅子に乗せられ、俺はCBと共に宴会会場とやらへ向かった。と言っても、俺は何の操作もしていない。車椅子が勝手に動いている。おそらく、この車椅子にあらかじめルートがプログラムされているのだろう。初めて体験するテクノロジーに、俺はたじろいでばかりだった。


 初めて部屋から出て船内を見ることになるが、船の内装は豪華の一言に尽きた。


 世俗に疎い自分でも分かる。この船は明らかに金持ちの船である。リュウと乗っていたクルーズ船、「シリウス号」が、比にならない。船自体が比較的新しく作られた物のようで、なおかつ最新鋭の照明や空調の設備が整っている。そこに揃えられたカーペットや調度品は鮮やかかつ、華美で見事な装飾が施されている。地球開拓時代に作られたアンティークの品々なのだろう。相当古い品物の筈だが、きれいに手入れがされているのが良く分かる。船のあちこちに飾られているが、少々船の造りと時代感がミスマッチなように思われる。誰か、個人の趣味なのだろうか? プライベートシップとしてはあまりにも大きな船だから、おそらく観光用の船なのだろう。一体誰がどのような意図で調度品を飾っているのか分からないが、古代と未来が交錯する不思議な雰囲気を醸していた。


 時折、廊下を走る小さなロボットが目に入った。丸いフォルムから伸びた二本のアームが、布切れとスプレーを掴んでいる。そして突然キュッと音を立てて止まると、床を一心不乱に磨きだす。彼らは清掃用ロボットだろう。一生懸命に清掃に取り組む姿は、見ていると可愛らしささえ覚える。

 それだけだけではない。すれ違いざまに、家政婦の格好をした女性が何人もすれ違った。俺とCBが目に入ると、彼女たちは上品なお辞儀をして、そして自分の業務へ戻っていった。彼女らは、皆、美しい外見をしているが、どこか違和感があった。あまりにも綺麗すぎるのだ。そこで、俺はピンときた。


「……彼女たちは、アンドロイドか?」


「ええ、そうです」


「凄いな。一体何体のアンドロイドを雇っているんだ?」


「さぁ。数えたことありませんね。掃いて捨てるほどいますよ」


 グレードにもよるが、アンドロイド一体の金額は数百万円すると言われている。そんなアンドロイドが、何体も。俺がアンドロイド一体を買うのに要る金を稼ぐのに、一体何年かかるだろう。一、二、三……。ルルイェ星での労働で貰っていた報酬の金額を勘定して、馬鹿らしくなってやめた。


 長い廊下をずっと進むと、開放感のある吹き抜けに出た。船の構造が良く分かる場所だ。船はどうやら三段構造になっているようだった。

 現在居るのは、最上階。俺が寝かされていた部屋は、三階にあたる。柱に掲示された船内マップが目に入る。

 マップの端に、”至福の時を貴方に――ミスティック・エリュシオン号”と書いてある。この船の名前のようだ。いかにも金持ちが好みそうな、小洒落た名前である。

 

 俺達は吹き抜けの螺旋階段を下りて、二階へとやってきた。奥の部屋から、賑やかな声が聞こえる。それに、この食欲をそそる香り。――暫く味気ない物しか食べていなかった身体が、急激に腹が減ったような感覚に陥った。

 香りの発生源は食堂だった。広い室内の一角に、不自然にテーブルが寄せられている。そこへ大勢の男たちが既に着席していた。CBに続いて俺が現れると、急に会話が途絶え一斉に好奇の視線が注がれた。値踏みをされるような、不快な視線が絡み付く。

 あぁ、やはり。と俺は不安が確信に変わるのを感じた。


 ――ここにいる奴らのガラの悪さといったら!


「やぁ来たね。アイザック」


 上座に座る、つば広帽子を被った大男が俺の名を呼んだ。椅子に座っているのに、見上げるほどの体格だ。体格もさることながら、彼だけ纏っている雰囲気が違う。一目見て、彼こそが船長(ボス)なのだと確信した。CBは車椅子を大男の左隣につけ、自分もさっさと空いた席へ座ってしまった。せめてCBには近くに座っていてほしかったものだ。名残惜しく彼を眺めていると、手錠を大男に外され、目の前のグラスに酒が注がれる。突然の事の連続に、呆気に取られていると、大男が立ち上がった。


「よし、全員揃った。諸君、日々の務めご苦労。本日はゲストをお迎えしての宴会だ。存分に飲んで食うが良い。では、ロッツォ、祈りをよろしく」


 珍妙な格好をした男が立ち上がる。頭に銀色の薄紙を巻いた彼は両手を上げ、祈りの言葉を口にした。


「へえぇ、船長。では……。……広大なる宇宙の女神よ、我らヒューマノイドに創造・生活・祝福をお与え下さり感謝します。我ら宇宙に還元されし、祈りに変えて……」


 辺りを見ると、俺を除く全員が手を合わせて祈りを捧げている。生憎、女神信仰は、俺には馴染みがない。しかし、一人だけ何もせずにいるのはばつが悪い。彼らの信仰する神に対しても失礼にあたると思い、俺は見よう見まねでそっと手を合わせた。


「それでは、乾杯」


「「乾杯!」」


 大男の号令で乱痴気騒ぎが始まった。なんとも肩身の狭い。騒がしいのは嫌いなのだ。


「おらよ」


「えっ……あ、あぁ、ありがとう……」


 縮こまっていると、上半身にタトゥーが入った筋骨隆々の男が、俺の目の前に置かれた皿へ料理を乱雑に盛り付けた。初めて見る料理だが、スパイスの利いた香ばしい香りが、堪らなく食欲をそそる。獣の肉だろうか。……ルルイェ人の身体に毒だったら、無事では済むまい。いや、しかし、部屋で出された粥は問題なく食べる事ができた。食文化や味覚は彼らとさほど変わらないのではないだろうか。ちらりと周りを見ると、他の者はがつがつとお行儀悪く豪快に食い散らかしている。――実に美味そうだ。俺もあんな風にがっつきたい。くぅ、と腹が鳴る。暫く葛藤していたが、我慢の限界だった。一口食べるくらいならと思い、小さなかけらを恐る恐る口に運んだ。


「!」


 衝撃だった。滴るような肉汁の旨味が口いっぱいに広がり、芳醇なハーブの香りが鼻腔を突き抜けた。脳天まで痺れるような、暴力的な旨さだ。今まで食べた物の中で、間違いなく一番美味い料理だった。

 当然一口で我慢できるはずはなく、アウェーだということも忘れて夢中になって料理を頬張った。あれも、これも、それも。皿に盛られた料理はどれも素材の味が見事に引き出された逸品だった。


 ふと、我に返り隣の男の事を思い出し、気まずくなりながら彼の方を振り返る。大男は、にこにこしながら俺の事を眺めていた。


「……あなたが船長?」


「ん? そうだ。この宇宙船の船長のシドだ。よろしく」


 シドは手を差し出し、握手を求めた。宝飾の輝く指輪を所狭しとはめた、浅黒い手だ。俺は恐る恐るその手に答える。巨体に見合った、彼の大きな手のひらは、まるで自分が子供になったように錯覚させた。


「シド。まず……俺を救ってくれてありがとう。心から感謝するよ」


「ふふ……女神の御心に感謝することだな」


 シドは上機嫌でグラスに入った酒を呷った。


「それから……聞きたいことがある。あなたたちは一体、何者なんだ? ――言い方が悪いかもしれないが……この船にとって俺は……いや、貴方達は招かれざる客だったのではないだろうか?」


 俺の発言が可笑しかったらしい。一瞬、あたりがしんと静かになった後、どっと笑いが起こった。


「ハハハ! そうか、そうか。ヘリオス、教えてやれ」


 先ほどのタトゥーが入った男がおうよ、と意気込み立ち上がった。


「海賊だよ! 海賊! この宇宙船はな、一年前まで金持ち達の豪華客船だったのさ。ミスティック・エリュシオン号だっけか? 今では俺らの船だがな!」


 ――あぁ、やはり。くらりと眩暈がした。船の上品さと、乗っている人間の品性が吊り合っていない事を薄々感じていたのだ。海賊といえば、星に定住せずに、宇宙船で生活をしながら非道な略奪や殺害を繰り返す、ならず者達だ。宇宙のあらゆる場所に出没し、航海者達の安全を脅かしている。宇宙警察によって指名手配に懸けられている者も多い。ここ数年の失業率の増加に伴い、海賊の数が増えたと聞いた事があるが、まさか自分が海賊に捕らえられるなんて夢にも思わなかった。


「……じゃあ、もともとこの船に乗っていたヒト達はどうなったんだ?」


「どうしたと思う?」


「……」


「ふははは! 内臓(商品)だけもらって、ガワはバイオマス燃料にリサイクルしたのさ! 俺らは宇宙に優しい海賊なのよ!」


 信じられない。彼の言うことが真実ならば、乗客を殺した挙げ句、内臓を抜き去ったというのか。臓器売買は海賊が行う高額ビジネスの代表だ。なんて船に拾われてしまったのだろうか。よりにもよって、極悪極まりない連中の船なんかに。自分がバラバラに解体される様子を想像して背筋がゾッとした。


「じゃあ……あんたらは俺をどうするつもりだ。その乗客たちと同じように、俺の事も殺して解体するのか? それとも、奴隷にでもするつもりか? ……まさか、人身売買に……」


 嫌な想像が止まらない。身元不明の異星人など、如何様にも調理できよう。殺されることより、尊厳を踏み躙られることの方が恐ろしかった。


「あぁ、確かにルルイェ人は希少だからなぁ。良い値がつきそうだ!」


「確か、生息域はルルイェ星だけ。誰もあんな星になんか行きたがらねぇし、生きたルルイェ人なんか、そうそう見られねぇ!」


 彼らがそう言って笑うと、つられて周りも一斉に笑った。その笑い声を、シドが諫める。


「あまり怯えさせるな。……アイザック、お前は観賞用だ」


「……観賞用?」


 聞き慣れない言葉に、思わず復唱した。


「私は珍しいものが好きでね。ルルイェ人がまさか宇宙空間に漂っているとは! 女神が私に与えてくださったに違いないと確信したね。ふふ、普段の行いが良い証拠だな」


 シドが俺の肩に振れようとする手を、やんわり振り払う。


「……俺は物じゃない」


「安心したまえ。君が反抗したり逃げ出したりしない限り身の安全は保障しよう。君が望むものもできる限り用意するさ。君の身が私の所有物であることが条件だがね」


 ――この大男の所有物だって? それはつまり、彼の言いなりになれということか。

 何故、俺が知らない奴の言いなりに? 俺のことを、犬や猫のような愛玩動物とでも思っているのか、この男は。人権を蔑ろにする彼の言葉は、到底理解できなかった。

 いや、しかし――待てよ?

 一方で好機なのではないか? 物扱いされるのは癪だが、どうやらシドは俺を大事に囲っておきたい思惑があるようだ。即ち、海賊達の中にいても、無駄な暴力に遭わずに済む抑止力になるだろう。いつか逃げ出せるチャンスが来るまで、従順な振りをしていた方が賢明だ。それに、俺にはどうしても知らなくてはならない重要なことが一つあった。


「わかった、条件を呑もう。……それじゃ……もう一つ聞かせてくれ」


「なんでもどうぞ?」


「宇宙空間で、俺と一緒にいたルルイェ人の男を見なかったか? 彼も助かったんだろうか?」


 ――ここから逃げ出すとしても、リュウが一緒でないと意味がない。リュウと一緒に、幸せに暮らせる場所を見つけるためにルルイェ星を捨てて逃げてきたのだ。彼の行方を知るであろうシドにはある程度良い印象を与えておかねばならない。


「どうだったかな」


 シドの的を射ない返答を聞いて、思わず頭に血が上る。


「はぐらかさないでくれ! 船長のあんたが知らないはず無いだろ」


「いちいち覚えてない。何人か救助した気もするが……この船に部下も相当な数いるし、もともとの乗客だって大勢居たのだから。一々覚えていないな。そんなこと」


「でも……」


 喉元まで出かけた言葉を、ぐっと飲み込んだ。曲がりなりにも命を救ってもらったことは事実であり、彼らの匙加減で生かされている。この船にいる限り、なるべく彼らとの関係は良好を保ちたかった。野蛮な奴らだ。機嫌を損ねて、気まぐれで殺されてしまうのは御免だった。


「じゃあ……思い出したら教えてくれ。俺の大事な人なんだ」


 悔しいが、彼らの記憶のみが頼りである。気が変わって、教えてくれるのを待つしかない。このシドという男はともかく、他のクルーならば、リュウのことを教えてくれるかもしれない。機を見て、聞いて回ることにしようと決めた。


「勿論。まぁ、今は君の回復を祝う場なのだから。そんなことは忘れて楽しみたまえ」


 シドは俺のグラスに赤黒い酒を注いだ。俺は、それを一気に飲み干してシドを睨みつける。


「良い眼をするじゃないか、アイザック。益々気に入った!」


 高らかに笑うその声に吊られたのか、1人の男が寄ってきた。


「船長、この男が例の秘宝という奴ですかい?」


 先程、祈りの言葉を口にしていたロッツォという男だ。シドが「そうだ」と言うと、彼は黄ばんだ目と歯を剥き出しにして、俺の顔を食い入るように見つめた。がちゃがちゃとしたその歯並びの隙間から、酒の匂いが漏れ出ていて思わず顔を顰めた。


「……なんだよ」


「あぁあ、上物だ……妬ましい……妬ましいです、船長……うぅう」


「ロッツォ、やめておけ。お前にはお前の仕事があるだろう?女神から賜った、お前にしか頼めない仕事だ」


「えぇ、えぇ。存じておりますぅ。でしたら、私は特別なのですよねぇ……?撫でてください。撫でてくださいな」


 シドの足元に跪き、その膝に頬擦りをしながら彼は悲壮に満ちた声でボスに媚び諂った。シドは慣れているのか、彼の頭を撫でながら軽くあしらっていた。その異様な光景が得もいわれぬ程不快で、俺は思わず酒を煽った。


 ――そして、翌朝知ることになるのだが、頭を撫でられて恍惚の声を漏らし勝ち誇ったように俺を見ていた、このロッツォという男が、船内で死体となって発見されたそうだ。


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