2【名状し難きクルーズ事故】
『――原始ヒューマノイド暦一九六一年、初めて宇宙を飛んだヒューマノイドとされる人物は、地球の出身でした。彼は言いました。
"地球は青かった"
……宇宙連盟により遺棄宣言が出されて久しい今では想像し難いことですが、ヒューマノイドの根源たる母なる星はかつて青かったのです。
そんな地球を模して造られたプラントは長い年月をかけて、より重要な拠点へと成長していきました。以降、人類はさらに多くの星に旅をして、次々と星を開拓していったのです。
我々アンドロメダ運輸は、人類の宇宙進出に貢献をしてまいりました。
……さて、この度はアンドロメダ運輸「シリウス号」の豪華クルーズモニターにご参加頂き誠に有り難うございます。
銀河系から、アンドロメダ銀河まで、見どころ満載の快適な宇宙の旅を引き続きお楽しみください。……皆様に女神の加護のあらんことを』
放送終了のチャイムが船内ラウンジに響き渡る。毎日二回流れる、この長々としたレトロな船内放送も、最早聞き飽きた。航海八日目の今日で既に暗唱できそうな程だ。
「見どころ満載ねぇ」
そう言うとリュウは物憂げに小さな窓の外を眺めた。俺も彼の真似をして遠くで光る星々の光を眺めながら彼の次の言葉を待った。
「どこに行っても、どこに行っても、おんなじ景色だ。何が豪華クルーズだよ。もっと派手なモンが見られると思っていたのにな」
うんざりだ、とリュウは付け足した。
「試験運行だからさ、仕方ないよ。でもほら、一昨日見た彗星は良かっただろ? 滅多に見られるものじゃないぞ。それに……モニターとはいえ、俺たちが格安でこんな立派な宇宙船に乗れるなんて、普通は考えられない。清潔だし、寒くない。飯だって三食出る。天国だ。……だろ?」
俺の言葉に偽りは無い。実際、あんなに彗星に近づいたのは初めてだったし、あの時は俺も、リュウも間近で見る迫力ある光景に感動していた。船の環境だって、ルルイェ星と比べるまでもなく快適で満足している。
「天国ってもっと良いところだと思っていたよ。どうも、飽きちまった。今まで立ち寄った星もパッとしなかったし。もっと、劇的な何かが起こると思っていたんだ。……ルルイェと違ってさ」
「しっ!」
リュウの口を慌てて押さえ、黙らせる。誰かに聞き耳を立てられていなかっただろうか? こっそりと周囲を見渡す。――あちらの家族連れも、そちらのカップルも、自分たちには目もくれず各々の世界に浸っているようだ。……誰も、俺たちのことを見ていない。そのように確信ができて、ようやく彼の口を塞ぐ手をどかした。
「……星の名前を出すのはよそう」
「気にし過ぎだ、アイザック。そもそも大袈裟だったんだよ、噂が。俺たちの目を見ても、誰も何も言いやしないじゃないか」
「リュウが気にしなさすぎなんだ! たまたま気付かれていないだけかもしれない。俺たちがあそこの出身だとバレてみろよ。大顰蹙を買うぞ。最悪、クルーズ船から追い出されるかもしれない」
「……分かった分かった。……お前が心配性なのは分かってるよ。黙っとくって」
本当に分かってくれたのだろうかと半信半疑でリュウを見やる。リュウの事だから、きっと怒った俺を宥めるために仕方なく分かったフリをして見せたに違いない。――しかし、これ以上彼を追求すると周囲の乗客に今度こそ注目されるかもしれないと思って、無理やり話題を変えた。
「……目的の星まで、あと何日?」
「順調にいけば……十日かな」
十日。この宇宙船という檻の中ではあまりにも長く感じる時間だった。
このクルーズ船に乗り込んだ日を思い出す。八日前のことだ。俺とリュウは、まだ夜の薄暗さが残る中、ルルイェ星=イカロス星を繋ぐ、シャトル船に飛び乗った。その間、俺の不在に気が付いた上司や宇宙警察から追われる妄想に苛まれながら、何事もなく、イカロス星に到着した。空港のロビーでツアーのチケットをチェックされ、(この時ほど、ドキドキしたことはなかった!)数時間待った後にようやくこの宇宙船に乗船できたのだ。
そこからは一変し、部屋に荷物を下ろした瞬間、なんとも爽快な気分になった。ふかふかのベッドにダイブし、部屋の棚という棚を開けまくり、疲れ切ってソファでくたびれているリュウを叩き起こして船内の探検へと繰り出した。
それが今やどうだ。楽しみとは残しておくものだと痛感している。ジムもシアターも遊戯場も、もう通い詰めてしまった。惰眠をむさぼり、今や二人で快楽に溺れるのだって、飽きてしまいそうな程だ。
日々何をして過ごそうか困っているのが現状である。
ルルイェ星で生活をしていた頃は労働に追われて生きていた。あれ程欲していた自由な時間を、こんなにも持て余すことになろうとは、出航前には想像できなかった。(過去の自分が知ったら、きっと勿体ないと言って怒りだすだろう)十日という永遠のような時間をどう消費すべきか思いを巡らせていた時であった。
――突如、船内にけたたましく緊急警報が鳴り響く。ラウンジ内の家族連れの子供が驚いて泣き出してしまい、余計に騒々しくなった。
「なんだろう?」
警報のボリュームが小さくなり、船内放送が続いた。
「緊急事態発生。緊急事態発生。ご乗船の皆様にご案内申し上げます。落ち着いてお聞きください。現在、当船の衝突回避システムの予測によりますと、八十五%の確率で謎の飛翔物体と接触する可能性がございます。旋回による回避行動をとっておりますが、安全確保のために、宇宙服のご着用をお願い致します。また、安全な場所に移動し、固定ベルトや安全バーにしっかりおつかまり頂きますようお願い申し上げます――」
リュウと二人、顔を見合わせる。
「おいおい、大変なことになったな。ホット・ジュピターか?」
「さぁ。隕石かデブリかもしれない。ほら。最近、デブリと宇宙船が衝突する事故が頻発しているってラジオで聞いたよ。宇宙も狭くなったもんだな」
警報は繰り返し鳴っているのにどこか他人事のように感じる自分がいた。他の乗客たちも、どこか緊張感無く「怖いねぇ」などのたまっているのが散見される。
程なくしてスタッフのアンドロイドが宇宙服を配布しにやって来た。俺たちは他の乗客に交じって宇宙服を貰い、いそいそと着用した。最近の大衆向けの宇宙服は優秀だ。真空や宇宙空間の極寒、さらには高濃度の放射能にも堪えられるようになっている。内部に空気の層を作ってボディプロテクトの役目を果たすらしい。
宇宙服を着終わって、あたりをぼーっと見ていると、窓の外を見ていた若い女性が、外を指差しながら大声で何かを叫びだした。
「ねぇ、何かが飛んでくるわよ! ああ! 窓に! 窓に!」
窓の外を慌てて見ると、巨大な炎の塊が、凄まじい速さでこの船に飛来しているではないか。
「衝撃に備えて!」
リュウが叫ぶ。テーブル上のグラスが、振動でカタカタと鳴ったかと思った次の瞬間、まるで天地がひっくり返るような、凄まじい衝撃が宇宙船を襲った。悲鳴があちこちから聞こえてくる。テーブルの上の食事が飛び散り、椅子から人が転げ落ち、乗客たちは皆パニック状態になって逃げまどいはじめた。
衝撃で船体に穴が開いたのか、宇宙服を着るのが間に合わなかった人達が苦しそうに悶えている。真空に繋がった事で、船内の酸素供給システムのバランスが崩壊したのだ。
――程なくして船内がガクンと暗くなった。宇宙の漆黒の闇に飲まれた宇宙船内は、赤い非常灯だけが不気味に灯っている。
「アイザック……無事か?」
「あぁ、なんとか!」
転んだ程度で済んでよかった。リュウも外傷は無さそうに見える。ひとまずお互いの無事を確認できた。
「船から脱出しよう」
「どうやって?」
「脱出ポッドを探そう。こういう立派な宇宙船には大抵あるもんだ」
暗い廊下には、宇宙服越しでも分かるほどの、何かが焼ける不快な匂いが充満していた。壁面に掲示された館内マップを見ながら、俺達は非常口へ走った。他の乗客も同じ事を考えたようで、脱出口には何組かの乗客が集まっていた。
「順番にご案内します! 皆様、慌てず落ち着いて! 列になってお待ちください。繰り返します……」
スタッフの指示のもと、脱出ポッドに乗客が順番に乗り込んでいく。定員三十名。小型宇宙観光船程度のサイズである。早めに並んでいたおかげで、リュウと離れることもなく乗れた。俺達の後に続々と乗客が押し寄せたので、本当に乗せてもらえるのか不安に陥っていたが、席にも座れて、リュウと二人してほっと胸を撫で下ろす。
一息ついたところで、事故の重大さよりも今後の行く末の不安が次第に膨らんだ。折角、ユートピアを求めて乗り込んだクルーズ船がまさかこんなことに巻き込まれるなんて想定外だ。
二人の幸せな未来を阻むなど、神はなんと残酷なことだろう。仮に、この後救助されて、身元の確認をされたら困る。ビザが偽装したものであることがばれると、最悪監獄行きになるかもしれない。罪の重い受刑者は、償いとして、危険極まりない辺境の星の開拓に従事させられると聞いたことがある。
良くてルルイェ星への強制送還だろうか? それだけは嫌だ。なんとしても避けたい。あの地獄に戻るなんて、到底受け入れられない。
「いいですか、みなさん。落ち着いて聞いてください。この脱出ポッドは救難信号を発信します。宇宙救助隊が来るまでの辛抱ですから、協力して過ごしてください。……では、グッドラック」
スタッフの青年はそう言うと重厚な扉を閉めた。そして、床面に設置されたコンベアーが動き出し、エアロックのシャッターがゆっくりと開いていく。
待ち受けるのは底無しの宇宙の闇。シャッターが開き切ると、脱出ポッドは一気に加速し、宇宙空間に放出された。俺達を乗せた脱出ポッドは、ゆっくりと水平方向に回転しながら段々と宇宙船から遠ざかっていく。
「あぁ、私たちの船が……」
俺は目を疑った。つい先程まで乗っていた宇宙船が、巨大な黒い炎に包まれている。
「あり得ない。真空で炎が上がるなんて!」
常識を超越した現象が、目の前で起こり、理解が追いつかない。そういえば、先ほど宇宙船に衝突してきた物体も炎を纏っていた。――まるで蛇のようにうねる炎は次第に人の手の形へと変わり、宇宙船を鷲掴んで軽々と真っ二つにへし折った。折られた裂け目から、人や瓦礫が宇宙空間に放り出され、踊る黒い炎に一瞬にして焼かれるのが見えた。
「あぁ、なんてこと……!」
一緒に旅行を楽しんでいた乗客やスタッフが、まだあの船に沢山取り残されている。短い間とはいえ、寝食を共にした仲だ。そんな彼らが、炎に巻かれてほんの一瞬で灰になっていく。あまりの出来事に、脱出ポッド内は悲痛な空気に包まれていた。女性が咽び泣き、子供も訳が分からず泣いている。誰も彼らを宥めることもできず、ただ茫然としていた。
俺は、ふと、自分の後ろに五歳くらいの男の子が宇宙服を着ずに乗っていることに気が付いた。だが、近くに親らしい存在が見当たらない。一人でさぞかし不安だろう――そう思った俺は少年に話しかけた。
「君。大丈夫? 親はいないのかい?」
「ふんぐるい むぐるうなふ くとぅぐあ!」
「……知らない言語だな。リュウ、何て言っているか分かる?」
「ほまるはうと うがぁ ぐぁあ なふる たぐん! いあ! くとぅぐあ!」
「さっぱりだ。……困ったな。両親とはぐれたのかもしれないな……」
あの騒ぎの中ではぐれてしまったのだとしたら、きっと両親はまだクルーズ船の中だ。残念なことだが、あの燃える船を見るに、両親との再会は絶望的だろう。――俺とリュウは目を合わせて、一つの決心をした。
この少年を守るのだ。
言語が通じない、知らない星の民族だとしても、子供を守るのは大人の役割だ。庇護欲に掻き立てられ、俺は、できるだけ明るい声色で少年に接した。
「なぁ、君。俺達といよう。なに、大丈夫さ。じきに宇宙救助隊が駆けつけるよ」
「いあ?」
ぽかんとした表情の少年の、肩を叩いて励ます。きっと彼は、幼いがあまりに、今の状況を理解できていないのだ。何を言っているか、彼には分からないだろう。しかし、それで良いのだ。
俺たちが一種の使命感を認知する傍ら、アッと誰かが叫んだ。
「船の一部が飛んでくる! このままじゃ俺達もやられるぞ!」
こちらに向かって、クルーズ船の巨大な破片が飛来している。この船と大きさは変わらない程だ。ゆっくりと、しかし確実にこの脱出ポッドに近づいてきているようだ。――あの大きさの破片である。この小さく脆い機体に衝突すれば、無事では済むまい。
「リュウ!」
「ああ!」
少年を後ろの席から抱き上げ、リュウと二人で身体の間に男の子を挟んだ。そして彼を庇うように身をかがめて、衝撃に備える。せめて前途ある少年だけでも助かってくれないだろうか。
身構えていると、数秒後、凄まじい衝撃とともに、破片が脱出ポッドに叩き付けられた。機体にめり込む破片は、容赦なく乗客を襲う。船体と破片に押し潰された乗客の断末魔が、真空に呑まれて掻き消される。
衝突により空いた機体の破れ目から、乗客達は宇宙空間に放り出されていった。周囲には宇宙船の破片があちこちに漂っており、互いにぶつかりながら、はたまた散り散りになった無力な乗客達を切り裂きながら、飛散している。
俺はリュウ達と身体を寄せていたので、なんとか離れ離れにならずに済んでいた。しかし、そこに向かって、巨大な鉄塊がまっすぐにこちらへ飛来してくる。体勢を整えることも、身体を捩ることすらままならない。
――避けられない!
鉄塊の、あまりの質量に身体中の骨がミシミシと音を立てたのが分かった。全身を激痛が駆け抜ける。
視界が霞んでいく。
あの少年は、リュウは、どうなったのだろう。このまま、何も成せないまま死ぬのだろうか。あるいは、死んでもリュウと二人一緒ならそれもまた良いかもしれない。
……手を繋ごう。せめて、離れ離れにならないように。
俺たちは生きているのか死んでいるのか分からないまま、暗い宇宙をひたすら漂っていった。
意識が途絶える直前に、手のひらの感触を確かめる。
……リュウの手って……こんなに小さかったっけ?
そんな疑問が僅かに頭を掠める。
……寒い。宇宙空間の冷たさは、体温を容赦なく奪っていく。
俺は深い眠りに沈むように意識を手放した。




