1 プロローグ
温かなまどろみの中、ガシャガシャと金属が擦れ合う耳障りな音が遠くで聞こえて目が覚めた。
――俺は、ベッドに横たわったまま、耳を澄ます。あの音には聞き覚えがあった。
記憶が確かならば、産業廃棄の業者が旧型アンドロイドの亡骸を不法投棄しているに違いない。
アンドロイドの目覚ましい進化は残酷だ。新型のアンドロイドが次々と開発されている一方で、それまでに販売された、多くのアンドロイドがあっという間に型落ち品に転落していく。アンドロイドの販売競争は激しく、二年前に造られた品番が、競争に敗れて今日にはスクラップの山に並べられる始末である。
俺はそっと布団を抜け出した。フローリングの冷気が素足を這い上がる。足音を立てないようにそっと窓に近寄って、カーテンをひらりとめくる。
北の荒野によくよく目を凝らすと、やはり宇宙貨物船と思しき船が滞空していた。まるで大きな獣の口のように空いた船の搬入口から、ボトボトと人影たちが投下されており、砂埃を舞い上げながらガラクタの山を築いている。裸のアンドロイド達が、投下された衝撃で四肢を散らしていく光景は、思わず目を覆ってしまいたくなる無常さを滲ませる。
実際、五歳の時に、初めてその光景を目にして、見てはいけないものを見てしまったとショックを受けたのを鮮明に覚えている。幼い俺はその場から逃げ出して、母に泣きついた程だ。しかし、今となっては冷静にその光景を無感情で眺め続けられるような大人になってしまった。
これは、成長とも鈍化とも断定できない。彼らアンドロイドに対して「痛みの共感」をすることはお門違いなのだと大人になるにつれて学んだことは要因として大きいだろう。
ただの鉄の塊たる彼らも、かつてはヒューマノイドに寄り添い、ともに生活を営む友人のような存在だった。にも関わらず、そんな彼らが、裸でゴミ山に投げ捨てられていく光景を、俺は彼ら同様何も感じることなく見慣れてしまっていた。
視線を宇宙貨物船に移すと、機体には原始ヒューマノイドの未来を照らしたとされる偉大な女神をモチーフとしたロゴマークがあしらわれている。
――やはり、あれはアルテミス社の機体だ。西の鉱物採掘場に立派な幟が掲げられているのを見た事があるから間違いない。有名大企業様は最早、不法投棄という悪行を隠すつもりはないらしく、悠然と滞空している。
……憎らしい。この星が荒廃の一途を辿っているのは、彼ら他所の星の企業が助長しているに違いなかった。ルルイェ星の自然環境や未来など、お構いなしだ。最早、この星に住む我々ですら、宇宙法から遠ざけられた亡き星とされるこの状況にただ落胆するだけである。誰しもが、嘆くばかりで星の未来を明るくすることを諦めてしまっている現状すら、憎かった。
俺は、鉄屑の山が大きくなるのを眺めながら明日の労働の事を考えた。
カンパニーのボスは新しく出来たあのジャンク山に行くよう、朝一に命令を下すだろう。そして利用価値が残っているパーツや、レアメタルなどの貴金属が使われたガラクタを回収させるのだ。あのジャンク山の大きさだ。回収所と北の荒野の間を何往復させられることだろう。考えると、途方もない。
他の星では、そのような肉体労働はアンドロイドが請け負うタスクに分類される。快適な場所でアンドロイドを使役するのが現代のヒューマノイドの基本的労働スタイルだというのに、時代に取り残されたこの星ではアンドロイドを利用する発想に至らない。もっとも、アンドロイドを使役できるだけの経済力や技術力など無いのであるが、それでも俺の代わりに、従順な彼らが辛い労働を請け負ってくれたらどれだけ良いか……等と夢を見てしまう。あぁ。ボスはいつか従順なアンドロイドを導入してくれないものだろうか。
明日はまた疲労困憊になるまで働くことになるだろう。明日の天候は、「吹き荒れる砂嵐ときどき電磁波」。
――あぁ、憂鬱だ。
ふと、思い出したかのように壁掛けのカレンダーを見る。三日後の日付に赤い丸印。クルーズ船の出発日である。
クルーズに行くことは、会社の誰にも言っていない。ボスが俺の休暇を許す筈が無いし、同僚にだって妬まれるからだ。職場以外にも勿論秘密だ。俺が持つチケットを誰かが盗みに来る可能性がある。
唯一全てを離したのは母親で、彼女は幸せになっておいでと言って、この親不孝な計画を快く許してくれた。
このクルーズは人生を変えるための大事な手段だ。
――恋人と共に、すべてを捨ててクルーズ船に乗り、ユートピアを探しに行くのだ。そして、平和で豊かな星にひっそりと降り立ち、その星で恋人とふたり暮らすつもりでいる。無論、宇宙法でいう密航にあたるため、他人に知られてはいけない、秘密の計画だ。手に入れた渡航ビザも、裏ルートで入手した違法な代物だった。
そこまでするか、と誰かに思われるかもしれないが、見放されたこの星で俺達は幸せになる希望は見えないのである。ならば、他所の世界で幸福を追求するしか無いではないか。
「――アイザック?」
ベッドの中で眠っていたリュウが俺の不在に気がついたようだ。温もりを求めて、空になったシーツをまさぐっている。
これからのことは、また明日考えれば良い。そう思い、カーテンをサッと閉じた。
こういうときは祈るに限る。
ベッドに戻る前に、壁際に据え置いた小さな祭壇に祈りを捧げようと思い立った。この星に伝わる、信仰だ。指先を専用の針でぷつりと突くと赤い血が丸く滲んだ。それを、祭壇に置いた小さな石像に擦り付ける。
――明日も無事に過ごせますように。
石像に、血が染み込んで、跡形も無くなった。これでよい。
俺は静かにベッドに潜り込んだ。存在に気が付いたのか、リュウは身体に腕を回して抱きしめた。冷えた身体が彼の体温で温められて心地よい。薄く開いた、俺と同じ緑色の瞳が、ふわりと俺を捉える。ルルイェ人の特徴であるこの深い緑色の瞳は、愛しいのに憎らしい。
この緑色の目が、宇宙世間で疎まれているなんておかしな話だ。加虐的になる発作を起こす体質のルルイェ人特有のものだからといって、虐められる謂れはない。
ヒトの形をした生物はすべて、原始ヒューマノイドから分岐した兄弟のはずなのに、何故俺達は虐げられるのだろうか。見た目はおおよそ同じで、喋る言語も同じだというのに。
そんな無粋なことを思いながらリュウの寝顔を眺める。穏やかに眠る彼は、まるでいたいけな子供のようだ。そっと瞼に唇を重ね、俺も再び微睡の中へ意識を沈めることにした。
いくら宇宙で嫌われていても構わない。
リュウと布団で二人微睡むこの瞬間だけが、この上ない幸福で、全てだった。
夜明けは近い。もう少しだけ、眠るとしよう。




