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あやのちゃんへ

作者: 東 守
掲載日:2026/02/03

井上ギャラリー「市川美幸 絵本展」


 知り合いの作家さんに紹介された小さな個展。カフェと併設された展示スペースは中々の賑わいで、佐々木は少し時間を置いてからじっくり見ようと思いその場を離れると、


「佐々木さん!この間の試写会ぶりですね!」


爽やか好青年、大石に元気いっぱいに声をかけられた。


「大石くん、声抑えて」

「、すみません」

「ふふっ、久しぶり」 


 映画情報誌で編集をしている大石。佐々木はアニメーション会社「焔魔堂」の広報で、ここ約1年にわたり新作映画の長期取材を受けた仲だ。


「この間は妻の分まで席を用意して頂きありがとうございました」

「そだっ、結婚おめでとう。挨拶できなくてごめんね」

「いえ、とんでもないです。妻も焔魔堂ファンなんで凄い結婚祝を頂いたと大興奮でしたよ」

「ははっ、じゃぁ改めて夫婦でスタジオ遊びに来てよ。千代(ちしろ)監督もいるときにでも」

「えっ!いいんですか?!本当に行きますよ!!」 


 大石の満天の声が会場に響いた。


「…失礼しました」

「ふふっ、来月くらいには落ち着くからおいでよ。また焼き芋焼いてまってるよ」

「ヤバいっす。また千代監督の焼き芋食べれるんですか…絶対行きます」

「ぜひぜひ。あ、少し空いてきたから僕は観ていくけど大石くんは帰るとこ?」

「はい、ゆっくり観てってください」

「ん?知り合いの作家さんなの?」

「えっ?!僕の妻です!てっきりそれで来てくれたのかと」

「そうなの?!絵本作家さんと結婚したんだ」

「市川は旧姓でして」

「そっかそっか。僕は知り合いの作家さんからの紹介で来たんだ」

「そうなんですね」

「ゆっくりじっくり見させてもらうね」


 ここで2人は別れ、佐々木は個展会場へ向かった。


 展示を見終わると最終スペースに作家から来場者に向け感謝の文が綴られていた。その最後には 


『_隣のカフェの名物みかんジャムのホットケーキは絵本のモデルにさせて頂いたものなので是非食べて見てね♪コーヒーもおしいよ!』

 

と締めくくられていた。

 会場はホットケーキとコーヒーのいい香りで充満していた。


(きっとみんな食べちゃうんだろうなぁ。僕も食べてから帰ろう)


 カフェに行くと、…大石がホットケーキを食べていた。


「…食べちゃうでしょ」

「…食べちゃうね。となりいい?」


 2人は仲良くホットケーキを食べた。





焔魔堂


「佐々木さん、これサヤさんの娘さんから昨日預かったんですけど」

「あー…どうしよ。監督に渡しとくか」

「ですね。とうとう現れませんでしたね。5年前でしたっけ?」

「そんなになるか」


 河井から渡された一通の手紙。封には『あやのちゃんへ』と書かれれた手紙は本人の手に5年も届かず燻っている。







5年前

 今日は焔魔堂で長年背景を担当していた梅田紗弥の葬儀で、焔魔堂スタッフはもちろんOBや関係者が沢山参列していた。


「千代監督、帰りはどうされますか?」

「少しこの辺歩いてみたいから電車で帰るよ」

「分かりました。お気をつけて」 


 葬儀会場は山の麓で自然に囲まれていた。生前の梅田はこんな風景を描いていたと想わせてくれるその場所に皆胸をうたれていた。

 佐々木も親族へ挨拶を済まし歩いて帰ろうかと考えていると、


「すみません、千代監督はいらっしゃいませんか?」


勝部の娘の真希が声をかけてきた。


「えっと今出たばかりなんですけど、呼び戻しましょうか?」

「あー、いや少しお聞きしたいことがあったんですが…そうだ!焔魔堂の方ですよね?」

「はい」

「"あやのさん"って方ご存知ではないですか?母から手紙を預かっているんですが、参列者の中にお名前が無くって」

「んー…僕はちょっと思いあたらないですね。監督やOBの方に聞いてみましょうか」

「よろしくお願いします。…あっ」


 真希の視線の先には、葬儀会場の花壇の前で子供達と一緒に蝶々に目を奪われている監督がいた。


「ふふっ、聞いてみましょうか」

「はい」


 普段からすぐスタッフの子供達に囲まれて一緒に遊んでしまう監督はうちの名物だ。


「監督、少しいいですか?」

「んー?何?」


 蝶々に目を奪われたまま返事をし


「サヤさんの娘さんが聞きたいことがあるんですって、"あやのさん"って方知りません?」


その名でこちらを振り向いてくれた。


「この手紙なんですが、もしご存知ならお渡ししたくって」

「…これは僕が見てもいいやつ?」

「はい。監督のお名前も出ているので是非」

「じゃぁ_ 」







あやのちゃんへ


 あなたはなんてことのないように語ってくれたけど、どうしてもあの頃の10歳のあなたを救いたいと思いました。これから何年かしたら焔魔堂から新しい映画が公開されます。

 どうか生きのびて、生きる糧にして観て下さい。それから観たらこの手紙を持って千代監督に会いに行ってみてください。とても驚くと思います。

 そしていつかあの階段を手を繋いで降りてくれる人と出会って欲しいです。幸せになってください。







 読み終わると監督は笑っていた。


「監督?」

「ははっ、サヤさん僕を驚かせたかったんだと思ってね。ごめんごめん」

「いえ、それでこの方をご存知で?」

「いや、入院中にこの子の話をサヤさんから聞いていてだいたいしか…、たぶん20か30代くらいの女性で、馴染みのごはん屋で働いてて、この子も同じ病院で入院してたってくらいなんだけど」

「いや、だいぶ情報ありますよ!病院に問い合わせたらいいですよ」

「ですね、そうしてみます。ありがとうございました」


 真希と別れ、佐々木は監督と歩いて帰ろうと歩き出すと


「やっぱり車呼んでくれない?」


呼び止められた。


「あ、はい。」

「僕はスタジオに帰るけど途中まで乗る?」

「えっ、仕事するんですか?」

「"10歳のあやのさん"のために映画作らないと、それがサヤさんへの供養になる」







「で、病院に問い合わせたけどその当時に同じ名前の方はいなかったと…」

「そう。行きつけのごはん屋さんっていうのも色んな人に聞いてみたけど分からなくてね」

「なるほど。あとこっちのスケッチブックも預かったんですが」

「あぁ。入院中にサヤさんが書いてたものだね。落書きみたいなものもあるから"あやのさん"とか子供達と書いてたのかも。ほらこれとか」


 佐々木が指さすページには勝部と小さな子供が寄り添って笑っている様子が描かれていた。


「監督はたぶん彼女が描いたんじゃないかって」

「じゃぁ絵のこの子に聞けば」

「亡くなっているだ。サヤさんが亡くなる半年前に」

「…これは憶測ですけど、"あやのさん"も亡くなられているってことは?生きのびてって書かれていますし」

「それは娘さんも言ってた。余命わずかな人達も多い病棟だったから、一度退院してそれから亡くなっている可能性もあるんじゃないかって」

「ですよね…あとはあだ名とか?」

「あぁー。そういう線で聞いていたら当時なら何か分かったかもね」

「あとはこの"10歳の頃"と"あの階段"ってところが当事者しか分からないですけど、監督は分かっている感じで?」

「うん。でも聞いても教えてくれなかった」

「何か怖い事でもあったんですかね」


 河井は預かった手紙とスケッチブックを大事に机の中にしまった。





井上ギャラリー

 展示期間が終わりスタッフ達が撤収作業をしていた。


「市川さん、あっ!大石さんでしたね」

「もう、市川でもいいよ」

「へへ、この"あやのちゃん"の作品はこっちの箱でいいんですか?」

「あー、うん。よろしくお願いします」





割烹理料理 立花

 カウンター席のみのこじんまりとした店内は常連客でほとんど席が埋まっていた。河井は仕事帰りにふらっと入ってみたものの何だか皆で賑わっている空気に水を差す気がして思わず引き返そうとした。


「待ってお姉さん!ここ空いてます!」

「怖くないよ、大丈夫よ」

「あ、ありがとうございます」 


 思ったよりご新規さんに優しい雰囲気でお邪魔することにした。


「何しましょう」 


 強面な大将に少したじろいながらもビールとオススメを注文した。


「!おいしいです!」

「でしょー、これもお食べよ」

「おみかんもあるよ」

「え、ありがとうございます」


 何故かみかんを頂いた。


「ここの果物とかお菓子は勝手に食べていいからね」 


 カウンターの端のカゴには果物やお菓子が入っていた。


「えー凄いサービスですね」

「ここの看板娘の子への差し入れなんだけど、食べきれないから皆でシェアしてって置いていくのよ」

「へー大人気なんですね」

「皆の孫とか娘みたいなもんでね」

「最近結婚したんだよ」

「へー」

「それで結婚祝何にしようか皆で話してたの」

「あなたくらいの歳の子なんだけど何がいいかねぇ」

「このカゴに入ってるので充分っていうのよ」

「若いのに欲がないよなー」

「何がいいんだろう」


 皆で悩んでいると大将が一言。


「本当にいらんらしいから、あんま大袈裟にしないでやって」

「だってー」

「あんないい人連れてこられたらお祝いしたくなっちゃう」

「ほら見てこの写真。お似合いの2人でしょ?」


 写真を見ると河井は見知った顔に驚いた。


「これって大石さんですよね?」

「あら、知り合い?」

「はい、仕事で少し。最近ご結婚されたのは聞いてましたが、まさかですね。美幸さんともあったことあります」

「美幸?この子は"あやのちゃん"だけど?」

「えっ?!」


 まさかの名前にさらに驚く河井。


「おばちゃん、違うよ。本名は美幸なんよ」

「そうなの?!でもなんで?」

「昔ややこしお客さんがいてね、皆で源氏名でもつけたらって話になって」

「へーそうなの」 


 皆の会話を心臓をバクバクさせながら聞いていた河井は意を決して聞いてみた。


「あの…梅田紗弥さんをご存知ですか?」







焔魔堂

 河井はやっと見つけた"あやのさん"の存在に喜びが溢れ、直ぐに大石に連絡した。近々夫婦でスタジオに来る約束を佐々木としているからということで、その時に手紙を渡すこととなった。


「河井、よくやった!」

「ありがとうございます!」


 千代監督から賛辞が贈られていた。

 梅田の行きつけの店は移設前のスタジオ近くにあった割烹料理屋で、監督はじめベテランスタッフもよく当時は利用していた店だった。皆、家や現スタジオ近くに目星をつけていたので盲点だったようだ。


「よく見つけたよね」

「飲み歩きが趣味で良かったです」

「ってか試写会で会ってたしね」

「本当それ!めっちゃ明るくて病気のイメージとか全然なかったよね?」

「そうですね。白血病だったらしいんですけど、退院後は再発もなくてお元気みたいですよ」

「へー、若いのに苦労してんね」

「で、今は絵本作家なんだ」

「はい。入院中にサヤさんに勧められたそうで」


 河井は常連客から様々な"あやのちゃん"情報を仕入れていた。皆自分の事のの様に話していたが、肝心の幼少期の部分だけ情報を得られなかった。


「もう来週じゃん!楽しみ」

「何か用意する?」

「あーそれなら監督の焼き芋で。大石くん曰く、奥さんも監督のファンらしいから」

「もうそんな季節か。去年大石くん大興奮だったよね」


 やっとあの手紙を渡すことができる。





 



1週間後


「凄い!ホントに焼き芋だ!」


 スタジオの玄関に明るい女性の声が響いた。どうやら大石夫妻が到着したようだ。佐々木は出迎えに行くと玄関にはもう姿がなく、スタジオの中庭で火の番をする監督の横に大石夫妻がいた。


「これで灰の中にしばらく入れて置くんでしたっけ?」

「そうそう。余熱で中まで火が通るから」

「凄い、焼き芋のプロだ」


 2人は監督から焼き芋のレクチャーを受けていた。


「ふふっ、よかったら火の番代わるので監督も中で話しませんか?」


 佐々木は少し緊張していたが微笑ましい光景に自然と声がかけられた。


「佐々木さん!この度はお招き頂きありがとうございます」

「いえいえ、こちらこそ。始めまして佐々木です」

「大石美幸です。この間は個展も観に来て頂いたみたいでありがとうございました」

「凄く良かったです。大石くんと帰りにホットケーキ食べちゃうくらい」

「あのにおいはヤバかったですもん」

「ふふっ、狙い通りで何よりです」


 火の番を他のスタッフに代わり、4人は応接室に場所を移した。机の上には手紙とスケッチブックが置かれていた。


「あっこれ」


 美幸はスケッチブックを手に取る。


「サヤさんの娘さんからお預りしました。転勤で福岡に移ることになったので」

「真希さんが…先月でしたっけ?」

「ご存知なんですか?」

「はい。髪形がショートだったんで気づかなかったかもしれませんが、お葬式にも私居たんですよ」

「えっ」

「受付とかお手伝いしてました」

「えー!気づかなかった…」

「ふふっ、まさか私を探してたなんて」


 スケッチブックをめくる手が止まる。


「…これは君が描いた絵かな?」


 千代が徐ろにに聞く。


「はい」

「そっか。じゃぁ本題ね」


 千代は手紙を渡す。


「あなたが"あやのちゃん"で間違いないですか?」

「はい!」 


 美幸は満天の笑みで手紙を受け取った。


「今読んでも?」

「もちろん」




 読み終わると美幸は笑っていた。 


「美幸さん?」

「いや、サヤさん千代監督を驚かせたかったんだと思って。ごめんなさい」


 千代と同じ反応だった。


「手渡すのに5年もかかりすみませんでした」

「いえいえ、こちらこそ源氏名なんて使ったばかりにお手数おかけしました」

「僕も見ていいの?」


 大石が手紙を覗くと 


「えっ、だめ!」


美幸は手紙を隠した。


「えー…皆さんは読んでるんですね?」

「捜査するのに手がかりはないかと、読ませて貰いました」

「じゃぁ良くない?」

「普通に恥ずかしい。思春期みたいな悩みをサヤさんに話したばっかりに」


 美幸は手で顔を覆った。


「じゃぁ、恥ずかしいそうなんでこれだけ聞けせて下さい。


"10歳のあなた"はあの映画を観て面白かったですか?」 


 佐々木はこれだけは聞いておきたかった。構想から7年、特にここ5年千代は"10歳のあやのちゃん"が面白いと思ってもらえるものを作ろうと制作の糧にしていた。


「ふふっ、そうですね。焔魔堂の新作ですよ、絶対に家族で観に行ってますね。公開前からまだかな?まだかな?なんて言ってますよ」

「先月も言ってたよね」

「うそ?!…大人になっても言ってるくらい楽しみの1つになりました」


 恥ずかしそうに笑顔でそう言われ、千代と佐々木は作って良かったと思った。


_トントントンッ

「はーい」

「焼き芋できましたよー」


 河井が焼き芋を持ってきた。


「それで、これは忘れ物ですかね?」

「あっ、お菓子!すみません」

「焼けなくて良かったです」

「申し訳ないです。これよかったら」


 紙袋から箱を取り出すと一緒に新聞紙が落ちてしまった。


「わー!ごめんなさい!!」

「美幸ちゃん落ち着いて」


 大石が拾うのを手伝い手渡す。


「何で新聞紙入れてたの?」

「恥ずかし。帰りに畑に寄ろうと思って」

「へー畑やってるんですか?」

「大きいのじゃないんですけど、空き家の庭をお借りしてて少しだけ。スタジオの近くなんです」

「…芋食べたら行こう」


 芋をほうばりながら千代が言った。


「えっ、ただの家庭菜園ですよ?」

「うん」

「えー…」

「ほら君も早く食べなさい」

「はい、頂きます…!美味しい!来年はお芋植えようかな」

「いいね。またここで焼いてあげるよ」

「ふふっ、最高ですね!そうします」


 美幸は来年の約束をした。




 焼き芋を食べ終わると、約束通りスタジオ見学をし、千代と美幸だけで畑へ向かった。大石は「2人だけで話たいから、大石くんは帰りなさい」と千代に追い払われた。

 畑に着くと美幸は小松やほうれん草を千代と収穫していた。


「少し育ち過ぎちゃったかな?監督も入ります?」

「少し貰おうかな」

「ぜひぜひ」

「ここはいつからしてるの?」

「半年くらい前ですね。お店の常連さんの家なんですけど、娘さん家族と住むことになって売れるまで家の管理をする代わりに畑を貸してもらってるんです」

「へー、じゃぁ期間限定なんだ」

「ですね。だから直ぐに収穫出来るものだけにしてます」

「なるほど。芋ならどれくらい?」

「確か3・4ヶ月だったかな?実家では4月か5月くらいに植えてました」

「じゃぁ売れたら植えれないかもなんだ」

「ですね」

「その時はうちのスタジオに畑作ろうか」

「えっ!」

「毎日じゃなくてもいいから、たまに管理しに来てよ」

「そんな、いいんですか?!」

「スタッフの子供達もよく遊びに来るから、食育にもなるしいいと思うんだけどな」

「それは願ってもないことですけど」

「じゃぁ決まり!」


 千代と美幸はこうして畑仲間になった。





 美幸は帰宅し、今日の出来事を大石に話した。


「嘘でしょ?!焔魔堂で畑するの?!」

「そういうことになってしまいました」

「なんで…ってかめっちゃ仲良くなってるし」

「本当に夢みたいな時間だった」

「美幸ちゃんだけズルい!僕も畑仲間になりたい」

「圭くんも来たらいいじゃん。土とか運ぶの手伝ってよ」

「絶対に行く!」

「ふふっ、頼りにしてます」

「それとさ…手紙やっぱり見ちゃダメ?」

「あー…恥ずかしいけどまぁいいか、どうぞ」

「いいの?じゃぁ_ 」




 大石は手紙を受け取り読むと困惑した。


「…この階段は僕と降りたことある?」

「そこ?ないかな。見たことはあるか」

「ないの?!結婚したのに?」

「ははっ!ただの比喩だよ。降りたいなら行く?実家の階段なんだけど」

「えー…あとさやっぱりこの"10歳の頃"のことは聞いてもいいの?」

「いいけど。ただの思春期の頃の悩みっていうか思い出?をサヤさんにポロっと話したんだけどね_ 」

  






5年前


「なんかよく分かんないけど生き延びた!」

「ふふっ、おめでとう!」


 梅田の病室で退院を報告する美幸。


「これからどうするの?」

「前に言ってた出版社に応募してみたから結果待ち。大将がいいならいつも通りこのまま立花で働きたいな」

「そう」

「追い返されたら、井上先生のギャラリーでお世話になろうかな」

「それもいいわね、カフェもあるし」

「そう!ホットケーキがおいしいの。そしたらサヤさんも食べに来てね」

「ふふっ、もうその頃には死んでるわよ」

「もう!そんな事言わないで、不死身になって!」

「何馬鹿なことに言ってるの。あとお見舞いとか来なくていいからね」

「なんで?!」

「雄くんが亡くなった時のあなた、凄く落ち込んだじゃない。私が死んでも『自分が死ねばよかった』なんて言われたくないもの」

「…それは」

「私の知らないとこで勝手に生きてなさい」

「…大人はこういう時どうやって乗り越えるの?」

「なに子供みたいなこと言って。…時間じゃない?そのうち薄れていくのよ」

「…そっか、そうかもね」


 美幸の顔に影がかかり、梅田はたまらず頭を撫でた。


「あなたはずっと子供のままね」

「ふふっ、そうかも。実際に"10歳の頃"から変わってないと思う」

「10歳?」

「…あのね、引かないで聞いて欲しいんだけど_ 」






◆◇◆







美幸 10歳


 少女は階段を踏み外した。


 明るいオレンジ色に近い木製のL字に曲がった階段。淵には滑り止めも付いていて比較的安全な作りだっだ。落ちる瞬間、視界はスローモーションになり少女はこれが死の間際なのかと冷静に思った。そして、















【 まぁいいか 】





 


 






L字だったことによりそこまでスピードは上がらず玄関まで落ちていった。軽い打ち身程度で済み、難を逃れた。


(死ぬかと思ったー!!)


 少女は自身が無事なことに喜びを感じていた。そしてその日の夜、


(【 まぁいいか 】ってなんだ?)


布団の中で疑問に思った。





◆◇◆




「そんな歳の子が人生を一瞬でも諦めちゃったってことが、自分ながら少しゾッとしたのね」

「…何か嫌な事でもあったの?」

「いや、引かないで!本当になにもないの。虐められてもないし、家庭環境も普通だったよ」

「引いてはないけど」

「でね、卒業式のときに思った。このまま中学に上がるだけなのに泣いている友達がいてね、何でだろう?って理解できない自分がいて」

「うん」

「あぁ私はあの時つまらなかったんだって。友達と一緒にいて楽しい瞬間はあったよ?でも泣くほどの思い出はなくって。でもそれはそれとして、この先もこの程度なんだろうなって小学生ながらに達観しちゃってね」

「人生に生きる糧とか意味みたいなものがなかった?」

「そう。情熱を注げるものとか、そんな事考えなくてもいいくらい楽しいこととか」

「…それからどうしたの?」

「引かないで!それから別に思い詰めることもなく、普通に生きてたよ?…まぁ無理やり楽しいこととか探してはもがいてはいたけど」

「引いてはないって。例えば?」

「うーん、隣のクラスでも面白そうな子には話しかけたり?色んな音楽、漫画、映画とか好きなものを見つけようとしたり」

「うん」

「別に死にたかった訳じゃないけど、中学の時は高校生なれば何か代わるかも、大学生のなれば20歳になれば…そんなこと繰り返して、死ななない理由を探してた。あのアーティストの新曲が出る、好きな映画の続編が2年後に公開される、それまでは生きよう。みたいな感じで」

「…うん」

「自分の日常に何もないからそういうところに生きる意味を持つことにした。だから私はエンタメに生かされてるって思ってる」

「家族は?」

「もちろん家族も。こんな何もない私に生きてて欲しいって望まれたもの。少なくとも両親よりは先に死なないって今は思える」

「私も思ってる」

「ふふっ、ありがとう!だからね今は大丈夫だよ。心配しないで」


 全然大丈夫じゃない子供みたいな笑顔を見せる美幸を梅田は力いっぱい抱きしめた。


「ちょっと、サヤさん苦しい!」

「大丈夫な子はね、自分で大丈夫って言わないのよ!こんな細い体して!もっと食べなさい!だから暗いこと考えるのよ!」

「本当に力強いって!サヤさん元気じゃん!」

「私は不死身らしいかね!」

「ふふっ!それ最高!」


 これが2人の最後の会話になった。








 大石は泣いていた。


「はっ?!何泣いてるの?!…引いた?」

「引くわけない!」

「そう?新婚だからこれでも乙女心はまだ残っているもんで」

「なんかよく分かんないけど、サヤさんの気持ちが分かる。僕も"10歳の美幸ちゃん"を抱きしめたいもの」

「ふふっ、今は?」

「っ、今も!!」


 2人は抱きしめながら話を続ける。


「それから絵本作家になった」

「うん」

「今度は楽しいを提供する側になった」

「うん」

「そしてあなたに会った。もう何も心配することないでしょ?」

「そうなんだけど…」

「ほら、思春期の時になかった?何で生まれてきたんだろうって悩み」

「んー…」

「圭くんはないか。まぁ若い頃の恥ずかしい話なんだよ」

「…時間が解決した?」

「本当にそうだよ。薄れていった。いっぱい色んなことに刺激を受けて、自分の悩みなんて凄くちっぽけでくだらないことなんだって思えるようになったよ」

「何が1番効いた?」

「えー、何だろ?やっぱり寅さんかな?」

「えっ!まさかの?!」

「満男がね落ち込んでる時に"人間は何のために生きてんのかなぁ?"って呟くの」

「うん」

「そしたら寅さんがね"生まれてきて良かったなって思うことが何べかあるじゃない。そのために人間生きてんじゃないのか"っていうの」

「うん」

「私、その時は励まし方がずごく雑で笑っちゃったんだけど、めっちゃその通りだなって思って。私の悩みをくだらないものにしてくれた」

「寅さんすごい」

「寅さんは大切なものを教えてくれる」

「何かCMみたい」

「ふふっ、たぶん映画のCM!」

「やっぱり!」

「ほら、くだならなくなってきたでしょ?もうご飯にしよ!監督に柿もらったからデザートに食べよ!」

「柿?」

「監督は食卓に果物があると嬉しいだって」


 美幸はもらった柿を鞄から取り出す。


「ん?うん、確かに嬉しいね」

「そういう事でいいから、これから"10歳のあなた"が喜ぶことをしなさいって言われた」

「ほー…」

「凄く簡単なことでしょ?って」


 美幸は笑顔で調理を始めた。









焔魔堂 1月

「今日は土作りを始めます!」

「はい」

「取り敢えずここの土を柔らかくなるまで耕します!」

「はい」

「声が小さい!」

「はい!」


 大石夫婦は焔魔堂の庭を開拓し始めた。


「美幸さん、以外とスパルタ」

「昨日は監督と子供達と一緒に落ち拾いに公園に行ってましたよ。本当に元気」


 美幸の畑にしていた家は年明けに売却が決まり、急遽せっかくなら土を再利用して畑を作ろうと千代と相談し結果、大石の休日に春に向けて土作りをしてしまおうとなった。


「ほら、もっと腰を入れて!」

「僕も美幸ちゃんの最新シャベルがいい!見てこのいにしえの鍬!博物館級よ!折れちゃう」

「見てこの力こぶ。このマッチ棒の腕に何さすってのよ。ほら早く!午後には土運ぶんだから」

「えー…それは明日でよくない?休みだし」

「今日全部終わらしたほうが絶対いい。明日あなた死んでるから」

「僕明日死ぬの?!」

「明後日から仕事なんだから今日頑張っとこ!午後から大将もくるし大丈夫だって」

「えー…」

「ほら、監督みなよ」


 千代は黙々と芝生を剥がしていた。


「…頑張ります」


 午後から軽トラを近所から借りて来てくれてた大将と合流し、日が沈むまでになんとか土を運び終えた。


「お疲れ様!」

「…もう動けない」

「だよね。このまま銭湯行って、ラーメン食べて帰ろ!」

「行く!最高じゃん!」

「僕もいい?」

「ぜひぜひ!」

「えっ、僕監督とお風呂入るの?!」

「俺もいるぞっ」

「いいな圭くん、監督と大将とお風呂。私もお邪魔しようかな」

「絶対にやめて」


 こうして4人は銭湯に向かつかった。


 男湯では

「「「あ"ぁーーー」」」


最高に疲れを癒していた。


「生き返りますね〜」

「もう何もしたくない」

「今日はよく寝れそう。本当にありがとうございました」

「いえ、うちのが言い出したんでしょう。落ち着きがなくてすいません」

「いや、僕が提案したんで」

「監督も畑したかったんですか?」

「うーん…最初は美幸さんがイキイキしてたからずっとやれる場所があればいいのになって。今は僕も春が待ち遠しいよ、植えたいものがいっぱいある」

「なんかすいませんね」

「…」


 銭湯を出てラーメンを食べた帰り道、大将と美幸が少し前を歩く後ろで大石は千代に心のモヤモヤを問うた。


「…監督は"10歳のあの子を"喜ばせたいんですか?」

「あー…そうかもね」

「どうしてそこまで?もう過去のことですよ」

「んー…それはどうなんだろう」

「えっ」

「いやもう彼女も大人だし心配することないのは分かってるんだけどね。あぁ言う悩みって僕はサビみたいなもんだと僕は思っていてね。キレイにこさぎ取っても跡が残るんだよ。またそれを削って何かで埋めて塗装しても、あぁここに実は傷があるだなって治した本人は分かってるじゃない?」

「…平気なふりを彼女がしてるってことでしょうか?」

「んー…そうかもしれないし、無意識にそうしてるかもしれない」

「…」

「なんかごめんね。サヤさんから聞いていた彼女のイメージがあって、その頃の彼女を助けてあげたいって思いが自分の中にもあるから、そう見えるだけかもしれない。もう5年も経ってるのに」

「…僕は彼女に何をすればいいでしょう」

「君はそう見えないんでしょ?敢えて何かしなくてもいいよ。君たちは2人で生きていたらそれだけで楽しそうだし」


 先を歩く大将と笑い合って話す美幸をみて大石は泣きそうになった。


「ほら、今はそんな風に見えない。大丈夫」


 千代は大石の肩に手を置く。


「…はい」

「僕たちは楽しいを提供する側の人間だ。ずっと楽しませればいい」

「僕もですか?」

「君は映画の楽しいを紹介する人でしょ?どう考えてもこっち側でしょうに」

「そっか…ですね」




3月

「まず芋でしょ?あとは簡単だからトマトと胡瓜は?まずは子ども達に成功体験を」

「子ども達は何がいいって言ってました?」

「いちご、りんご、バナナ、メロン」

「やっぱフルーツかぁ。木植えていいなら、酢橘と山椒がいいな」

「あやのちゃん、渋いです」

「えぇーじゃぁレモン?」

「何がじゃぁですか」

「だって薬味欲しくないですか?ネギとか」

「大人たちはね」

「んー…あっ!みかんは?苗が家にあります!種から芽が出たやつ」


 河井と美幸はホームセンターで苗を選んでいた。


「種から?凄いですね」

「もう1年くらい経つからちょうどいいかも。アボカドもありますよ!」

「えっアボカド?!絶対植えたい!」

「ですよね!」


 女達はアボカドが好きだった。


「まぁ、木は監督に相談ですね」

「ですね。監督なら柿かな?」

「言いそう」


 河井はあれからよく立花に通い美幸と親交を深めており、今日は明日子供達と植える苗選びに河合が車を出していた。


「じゃぁ甘いからトウモロコシは?剪定のヤングコーンはこっそり私に回して。私も河合さんに回すから」

「凄いほっこりする闇取引」

「立花で天ぷらにしてもらおう」

「賛成!」

「じゃぁ、あとは大葉も」

「最高だけど、薬味に戻った」

「ちょっと脇に植えるだけですって、そんでさつまいもとトマトと胡瓜でどうでしょう」

「いい感じですね。彩りもいい」




4月

 子ども達と植えた野菜たちはよく根づき、順調に育っていた。元々花壇にしていたスペースは青々としていて華やかさこそまだないが、花にはないエネルギーを感じさせてくれる場所になった。そんな畑の側のベンチで千代と美幸は本を広げていた。


「あの2人何してるんですか?」

「監督から本を貸してもらってるみたい」


 美幸は美大を出ており絵をそれなりに勉強してきたが、文学は全くの素人だ。絵本を出版したがもっと児童文学を学びたいと千代に相談。それからお勧めの本を借るようになった。


「待って監督!これ洋書じゃないですかっ」

「ん?あー翻訳した紙が見あたらないんだよね。今ならスマホでなんとかなるんでしょ?」

「そうですけど凄い量…訳した本出てないかな」


 本のタイトルを調べると約50年前にイギリスで出版されたもので、翻訳どころか本自体絶版。更に調べていくと大学の図書館で貸し出し厳禁の棚に置かれている代物だった。


「凄く貴重なものじゃないですか?!」

「僕の大学時代に先輩に勧められて貰ったんだよね」

「どんな話何ですか?」

「魔法使いと精霊の話」

「ファンタジーかぁ。挿絵も可愛い」

「頑張って読んでみてよ。僕もこの中では1番お勧め」


「監督とあやのちゃん仲いいですよね」

「ね。親子というより友達だよね…

ってか監督のお勧めの本って何?!みんな知りたいでしょうに!」

「ホームページの企画に良さげですよね、『千代監督の勧める本』」

「採用!すぐ取りかかろう!」


 焔魔堂スタッフは皆千代のファンである。広報の佐々木と河井はちゃんと仕事をしていた。




5月

 気温も上がり、夏日の畑は太陽で暑かった。千代と美幸は涼しい場所を知っている猫みたいに建物の影に腰をおろし話し込んでいた。

「どうだった?」

「凄く良かったです。最後の精霊の言葉が優しい気持ちにさせてくれました」

「魔法使いが魔法を使えなくなったところ?」

「はい。『人の気持ちを少しでも動かせる君は何がなんでも魔法使いだ。僕たちにはそんなことできない』って心のないに精霊にそんなこと言わせる魔法使いって主人公だけだなって。凄い励みの言葉だなって思いました」

「もうそれが魔法だよね」

「はい!これ翻訳して出版してほしいです。沢山の子に読んで欲しい」

「君のとこの出版社に言ってみるか」

「えっ!監督が言ったら直ぐですよ!電話します!」


「待って!あやのちゃん!」


ヤングコーンを片手に河井が表れた。


「それ焔魔堂でやります!今『千代DESK』っていう展示企画が立ち上がってて、それに合わせて監督のお勧めの本を出版社とリバイバルする案も進めているので!」

「そうなの?」

「なんで監督が知らないんですか」

「それで河井さん、その手に持ってるのなに?」

「あっ」 


 闇取引により、この後3人仲良く立花に赴いた。




「河井さんは美幸さんのことあやのちゃんって呼ぶよね」

「あぁ、立花のお客さんにつられちゃうんですよね。でも私もお店の外では美幸さんのがいいですよね?って本人に聞いたことがあったんですけど」

「うん」

「どっちでもいいよって。何だか別人になれた気がしてあやのちゃんも好きなんだって言われて」

「…」

「自分じゃない何かになれるって、個人的に凄く羨ましいというか素敵だなって思って今はリスペクトを込めてあやのちゃんって呼んでます」




7月

 大石家の食卓に今日はメインの横にプチトマトが転がっていた。大石は1つ口元に運ぶ。


「あっ、それ焔魔堂トマトだよ」


 大石の手が止まる。


「早く言って!大事に食べさせて!」

「大袈裟な。ただのトマトだよ」

「いや一粒100円くらいとれる。焔魔堂だよ?!」

「ふふっ、千代監督が収穫したよ」

「…1000円だね」

「凄いプレミア価格」

「世界の千代だよ?!美幸ちゃんは友達になっちゃったからこの感動が分かんないだ」

「いじけちゃった」

「本当に仲良しだよね。佐々木さんも言ってたよ」

「畑仲間だからね」

「本もあんなにたくさん」


 美幸の書斎スペースは千代から借りた本でいっぱいになっていた。


「…今まで勉強してこなかったツケが回ってきたみたい」

「ちょっと溜め込んでる?」

「ちょっと。今書き進めてるのがあるから読めてないのもある。監督は全部読まなくてもいいし、返さなくてもいいって言ってくれてて」

「えっ、アレ全部?!」

「でも佐々木さんと河井さんには展示企画で使うから絶対返してって言われてて。博物館級のものがあるから絶対全部返すけどね」

「博物館級?!ってか何その展示企画」

「あっ!言っちゃダメなヤツか」

「…もう焔魔堂の人じゃん」

「いじけちゃった」


「今何書いてるの?」

「んー、テーマは決めたけど監督には『無謀なことに挑むね』って言われてちょっと迷走中」

「またごちゃごちゃ頭?」

「うん。やっぱ向いてないな…」

「…ビール飲む?」

「飲む!」




8月

 異常気象の日本の夏に耐えられず、美幸は体調を崩していた。ただでさえ体力がない身体に蒸し暑さがプラスされ、畑はおろか立花にさえ立つことが減ってしまっていた。


「大丈夫ですかね美幸さん」

「夏バテが長引いてるだけだとは言ってましたけど」





9月

 気温が少し落ち着いた頃、久しぶりに美幸が焔魔堂を訪れた。


「あやのちゃん!久しぶり!体調大丈夫?」

「回復しました!ごめんね。収穫も片付けもしてもらっちゃって」

「全然!美味しかったでしょ」

「凄く!…監督は?」

「今日は休みだよ」

「そっかぁ、…冬野菜なにがいいかな?」



 


10月

 美幸は物語が書けなくなっていた。千代に相談すると、


「君は"10歳の自分"に向けて書くから書けないんだよ。それはその先色んな出会いや映画や本に音楽に触れて時間が必要な作業でしょ?だから、その中の1つくらいの気持ちで書かないと苦しいよ。それか"9歳のそうなる前の自分"に向けるか…それでもそう思わせないくらいの楽しいを提供できる?僕は無謀だと思う」


 以外と現実的な回答に美幸は雷に打たれるような衝撃を受けた。


「ふふっ、ははっ!そっか、そうですね!」


 そして思わず笑けてきた。


「笑うとこあった?」

「いや、自分のぐちゃぐちゃ頭に笑っちゃったんです。うん、なんか書けそうです。ありがとうございます」





11月

 今日は去年約束したの焼き芋の日。今年も千代の焼き芋が食べられる喜びに大石は感動していた。


「もう3回目なのに」

「美幸ちゃんには分からないんだ。焔魔堂の人間だから」

「いじけちゃった。焔魔堂の人間じゃないし」

「えっ、あやのちゃん子どもたちから「焔魔堂の畑の先生」って呼ばれてるじゃないですか」

「ん?そうだけど?」

「じゃぁ焔魔堂の人間ですよ」

「えっ?」

「子どもからそう見えたら、もう確定です」

「…なにその素敵な解釈!河井さん好き!ラブ!」

「芋焼けたよー」


 焔魔堂一同、今年の焼き芋が1番美味しと大絶賛だった。









12月


『_速報です。俳優の■■■■さんの死体が自宅で発見されましました。恐らく自殺ではないかと捜査が入っているようです。_


















【 いいな 】













(えっ)



詳しい情報が入り次第、またお伝えします。続いてはこちらです_ 』




 美幸はたまらずテレビを消した。そして自身の頬を両手でバシッとおさえた。




(いや、最低か。まずは死を弔いなさいよ。何を羨ましがって…)




 たまにこうやって落とし穴の様なものがやってくる。生きるって大変だ。




(駄目だ、音楽聴こ。


お腹空いた。だから暗いこと考えるんだ。カレー食べたい。駅前のガツンとくるスパイシーなカレー。カプサイシンで目バキバキにしたい。


本屋にも行きたい。漫画の新刊買わなきゃ。


映画もみたいな。


…圭くん早く起きないかな)




 だけど彼女は沢山の魔法にかけられているので大丈夫。


 美幸は寝室を覗き、ベッドの上でダラダラとスマホをいじる大石と目が会う。


「おはよ、」

「おはよう!昼にカレー食べて映画観に行こう!くだらなくて笑えるヤツがいい!本屋にも行きたい!その帰りに畑も見に行きたい!」

「おー、元気…あと5分、」


 今日の予定を捲し立てるように伝える美幸に寝ぼけながら大石が答える。


「分かった!あと5分で準備するね!」


 美幸はクローゼットへ向かった。


「ちがっ、美幸さーーーん!…まぁいいかどうせ5分で準備できないし」




 この世界が魔法で満ち溢れている限り、彼女は大丈夫。そんなことでいいってくらいが丁度良い。難しいことはない、"10歳"のあの子を喜ぶことを繰り返すだけ。




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