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他人の判断が破滅する未来だけ分かるので、忠告したら追放された ――記録係官吏の異世界黙示録  作者: Y.K


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正しさは証明された

学術都市国家アーカディアは、無駄がなかった。


道は直線的で、建物の配置には規則性がある。

市場の喧騒も、軍の緊張感も薄い。

すべてが、管理されていた。


この都市を統治しているのは、王でも神官でも英雄でもない。

学者と分析官だ。


彼らは、判断を感情に委ねない。

理念にも、信仰にも頼らない。


頼るのは――

証明された正しさだけだ。


俺の役割は、予測モデルの外部検証だった。

過去の判断と結果を照合し、

誤差と再現性を記録する。


会議室に並ぶのは、人ではなく数式だ。


壁一面に描かれた図表。

脅威発生確率、資源消費率、防衛効率。


「現行モデルの精度は、九十八・三%」


主任研究官が、淡々と報告する。


「過去二十年、重大な誤差はなし」


別の分析官が続ける。


「現状、防衛規模は過剰です。

 縮小することで、資源効率は最適化されます」


誰も反論しない。

反論する理由が、存在しないからだ。


この都市は、賢い。

そして、その賢さは結果で裏付けられている。


俺は、端末に表示された数値を見つめる。


モデルは、正しい。

前提条件も、妥当だ。


だが――

それでも、分かってしまう。


この判断が選ばれた瞬間、

その先にある「戻れない地点」が、

はっきりと輪郭を持った。


「防衛縮小案を採用します」


主任研究官の声が、会議室に響く。


「脅威発生確率は一・七%。

 無視できる値です」


俺は、一度だけ口を開いた。


「その判断は、この都市を滅ぼします」


室内が、静まり返った。


誰も怒らない。

誰も嘲笑しない。


代わりに、困惑が広がる。


「理由は?」


「説明はできません」


俺は、そう答えた。


この都市では、

説明できないことは存在しない。


だからこそ、

俺の言葉は――

最初から受け入れられない。


主任研究官は、穏やかに言った。


「我々は、正しい判断をします。

 そして、正しさは証明されています」


それで、議論は終わった。


ここには、信仰も覚悟もない。

あるのは、

疑う必要のない正しさだけだ。


俺は、記録帳を閉じる。


この都市は、

正しい判断を選んだ。


だからこそ――

修正されることはない。


防衛縮小は、段階的に実施された。


第一段階。

外周警戒の人員削減。

巡回頻度の低下。


「想定通りです」


分析官が、数値を示す。


「治安指標に変化なし。

 市民満足度は、むしろ上昇しています」


第二段階。

常設部隊の縮小。

非常時動員計画の簡略化。


「脅威発生確率、変動なし」


「予測モデル、誤差範囲内」


判断は、常にモデルに従って修正される。

修正の結果が、再びモデルを裏付ける。


正しさが、正しさを証明していく。


俺は、記録官としてそれを追う。


過去の事例。

他都市のデータ。

すべてが、現在の判断を支持している。


主任研究官が言った。


「あなたの忠告は、検討しました」


検討、という言葉は正確だった。

会議記録には、俺の発言が残っている。


「しかし、再現性がありません」


別の研究官が続ける。


「前提条件が不明です。

 検証不能な警告は、判断材料にならない」


それも、正しい。


俺の忠告は、

説明できず、証明できず、再現できない。


だから、切り捨てられる。


「感情的な判断を排除するために、

 我々はここにいる」


主任研究官は、そう締めくくった。


感情ではない。

信仰でもない。

勇気でもない。


ただ、

正しいと示された数値だけが残る。


第三段階。

防衛予算の再配分。


余剰分は、研究と都市機能の向上に回された。

生活は、さらに便利になる。


市民は不安を感じない。

不安を感じる理由が、存在しないからだ。


「安全だと証明されています」


それが、この都市の合言葉になった。


俺は、異物だった。


説明できない警告。

数値を持たない忠告。


「もし、確率が一・七%ではなく

 十%だったとしても、

 我々は同じ判断をします」


分析官が、何気なくそう言った。


「最適化の結果ですから」


その言葉を、俺は記録する。


この都市は、

危険を選んでいるわけではない。


ただ、

危険を「切り捨てられるもの」と

定義しただけだ。


そして定義は、

モデルによって保証されている。


だから――

ここから先、

何が起きても修正は行われない。


正しさは、完成してしまった。


事象は、予測通りに始まった。


外部脅威の兆候はない。

治安指標は安定。

交易量も、想定値の範囲内。


モデルは、静かに正しさを示し続けていた。


その日、起きたのは事故だった。


研究棟の一つで、実験用炉が停止した。

原因は、冷却材の供給遅延。


「想定外ですか?」


分析官が確認する。


「いいえ」


主任研究官は首を振った。


「単独事象です。

 影響範囲は限定的」


記録上も、その通りだった。


だが、

冷却材の供給が遅れた理由は、

すでに最適化で削減された

非常用輸送路にあった。


翌日、別の研究区画で停電が起きた。


原因は、電力融通の遅延。

防衛縮小と同時に廃止された

冗長回線が使えなかった。


「連動は?」


「確率的に無関係です」


分析官は即答した。


事象は独立している。

モデル上は、そうだ。


三日目、

都市外縁で小規模な暴動が起きた。


原因は、研究施設の停止に伴う

一時的な物流遅延。


「治安部隊を増員しますか?」


「不要です」


判断は即座に下る。


「暴動拡大確率、〇・八%。

 通常対応で十分」


通常対応は、実行された。


だが、

通常対応に割り当てられる人員も、

最適化によって削減されていた。


事象は、

一つ一つは些細だった。


どれも、モデルの想定内。

どれも、致命的ではない。


問題は――

それらが同時に起きたことだ。


冷却停止。

停電。

物流遅延。

治安悪化。


モデルは、それらを

同時発生させない前提で組まれている。


「前提条件が崩れています」


若い分析官が、初めてそう言った。


主任研究官は、数式を見つめる。


「だが、各事象は

 依然として低確率だ」


「モデルは……」


「モデルは、正しい」


その言葉で、会議は終わった。


修正は行われなかった。


その夜、

研究棟の停止が連鎖した。


自動制御が追いつかない。

人員も足りない。


都市機能が、

段階的に落ちていく。


それでも、

誰も“誤り”とは言わなかった。


「想定外の事象が重なっただけだ」


それは、事実だった。


だが――

想定外を切り捨てたのは、

 この都市自身だ。


俺は、記録帳に一行を書き加える。


低確率事象は、

起きた瞬間に、確率ではなくなる。


証明された破滅


都市機能の停止は、段階的だった。


完全な崩壊ではない。

復旧不能でもない。


だが、

同時に動かせる余力が、なくなった。


研究棟の半数が停止し、

電力供給は優先区域に限定され、

物流は間引き運行に切り替わる。


どれも、適切な判断だ。


「優先順位を付けましょう」


主任研究官が言う。


「全体を守るのではなく、

 維持可能な部分を残す」


異論は出ない。


その判断は、

都市を“生かす”最善策だった。


だが同時に、

都市を“元に戻せない状態”へ導く。


研究官たちは、最後まで冷静だった。


「モデルの誤差ではありません」


「前提条件が崩れただけです」


「理論は、依然として成立しています」


彼らは、嘘をついていない。


理論は正しい。

計算も合っている。


ただ――

現実が、その正しさを待ってくれなかった。


都市外縁で、火災が起きた。


自動消火システムは作動したが、

同時に別区画で停電が発生する。


対応部隊は、すでに別の優先区域に回されていた。


「切り捨てますか?」


若い分析官が、静かに尋ねる。


主任研究官は、数秒だけ黙った後、頷いた。


「切り捨てよう。

 全体最適のためだ」


それが、最後の判断だった。


火災は広がり、

研究区画を焼いた。


そこにあったデータと設備は、

二度と戻らない。


数日後、

学術都市国家アーカディアは

機能国家ではなくなった。


占領されたわけでもない。

滅ぼされたわけでもない。


ただ、

維持できなくなった。


研究官たちは、別の都市へ移った。

理論も、資料も、持って。


彼らは敗者ではない。

間違ってもいない。


ただ、

自分たちの正しさを

最後まで疑わなかっただけだ。


俺は、記録帳を閉じる。


この都市の最終行を書く。


正しさは証明された。

だから、修正されなかった。


それで、この記録は終わる。


俺は都市を離れる。


また、どこかで

正しい判断が下されるだろう。


そして――

正しさは、また世界を壊す。


俺は、それを記録する。


判断を誤ったのは、俺じゃない。

誤りは、

正しさが十分だと信じたことだった。


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