第二・五章 【雪より静かな恋の証】
冬の朝の空気は、研ぎ澄まされた刃物のように冷たい。
「なあ……最近のアシェル卿とリヴィア嬢、距離近くないか」
「わかる、気のせいじゃないよな。いつもなら二人とも挨拶だけだったのに」
「いやさ……昨日の午後、スノウレイ家のお嬢さんが誰かに弁当渡しててな」
「シルヴァン卿じゃなかったのか?」
「それが……」
渋るように目を細めた後に続いた言葉は……。
「──アシェル卿だった」
控え室が静まる。
団員たちは半信半疑。
- アシェルが無意識にリヴィアを見る目が、普段より柔らかかった
- リヴィアが名を呼ぶ声が、やや遠慮がなかった
- ふたりの距離が“半歩近かった”
など、プロの観察眼を持つ騎士目線の“微妙な違和感”が積み重なっていく。
「アシェル卿、あんな顔で誰かを見るの初めて見たぞ」
「あれは……誰かを護る時の、あの目だ」
「恋沙汰は前線じゃ命取りだ、ってのにな……」
小さくざわつく控え室にシルヴァンが入ってくる気配で雑談が自然に途切れ……噂話を交わしていた者たちは一斉に挙動不審になった。
「(やべ……当人の弟が来た……)」
「……何をしている?」
「なあシル兄!アシェル兄とリヴィア姉がだな!!」
余計なことしか言わないレオンに、シルヴァンが溜息を吐きつつも軽い拳骨で黙らせた。
その様子に挙動不審さが増す団員たちに、シルヴァンは静かに告げた。
「……余計な詮索はするな。誰のことにせよな」
“兄への敬意”と“友への大切さ”が滲んでいる。
彼が背を向けた後、控室はほんの少しだけ空気が緩んだ。
そして空槍騎士団の朝礼は、いつも通りの粛然とした気配の中で始まる──はず、だった。
ほんの半歩。
他人にはどうでもいい些細な距離。
しかし、毎朝ずっと見続けてきた者にとっては、容易に見逃すことのできない“差異”だった。
横に立つリヴィアの肩がわずかに揺れ、耳朶にうっすら朱が差していることで、周囲の数名が、何とはなしに目を細めた。
その朝礼は、やはり粛然と終わった。
……しかし、戻っていく団員たちの背には、ほんの微かな春のざわめきが残っていた。
「はい確定した……」
「いや、なんか……柔らかい……」
「アシェル卿、微笑んでない?」
「やっぱり弁当……!」
と囁きが走る。
隊長付きの副官ゲイルが、整えられた顎髭を撫でながら、微笑ましそうに呟いた。
「……いい恋は、雪より静かに降るものだ」
第二・五章 了




