第五・五章(裏) 【舞踏会の余韻】
舞踏会を後にして城館の外へ出ると、雪が深い群青の空に輝く星々から静かに落ちてきた。
指先に触れる冷たさが――彼女の手のぬくもりを、鮮明に思い出させる。
……震えを、見られていたかもしれない。
リヴィアの腰に添えた掌。
触れ合う呼吸。
揺れる真珠色の髪。
どれもが、騎士としての自制心をわずかに崩した。
貴族として、人前であれほど露骨に感情を滲ませるべきではない。
頭では理解している。
それでも――
あの令息が彼女の手へ伸ばした瞬間、思考より先に身体が反応していた。
「……彼女は、私のパートナーだ」
予定された言葉ではない。
胸の奥で噛みつくように疼いた焦りが、理性を瞬時に追い越した。
驚かせただろうか。
困らせたかもしれない。
だが、それでも彼女が私の手を取ってくれた瞬間、その迷いのすべてが報われたように感じた。
――誰にも触れさせたくない。
――誰の視線にも奪わせたくない。
そんな想いを、この夜ようやく自覚した。
銀青色のドレスは、動くたびに月光の白と氷海の蒼のあいだを揺れた。
裾を走る淡い光が、雪の精の薄衣のように見えた。
初めて彼女を見つけた瞬間――ほんの一拍、呼吸が止まった。
気を抜けば、触れてしまいそうなくらい美しい。
その衝動を押し込めるだけで精一杯だった。
ふと視線を巡らせると、会場の隅でルシアンがこちらを見つめていたことを思い出す。
――まだ、踏み込めてはいない。
姉を守ろうとする感情。
自分より強い男への本能的な警戒。
憧れとも悔しさともつかぬ眼差し。
私とリヴィアが踊る姿を、彼はどんな思いで見ていたのか。
言葉を交わしたとはいえ、“弟”としてではなく“男”として向き合うべき距離は、まだ遠い。
その時が来たとき、胸を張れる自分でなければならない。
夜風が熱を奪うように吹き抜けた。
それでもリヴィアの笑顔だけは、確かに胸の内側で灯り続けていた。
第五・五章(裏) 了




