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序章 【白銀の国に生まれ落ちて】

 猛々しい山々と厳しく吹きすさぶ雪に閉ざされた王国・アルシエル。

 この国では、咆哮も断末魔も……もう区別がつかない。

 その主が竜、人か──その境界は、とうに失われていた。


 そんな声に満ちた白銀の国に、私は生まれ落ちた。

 リヴィア・スノウレイ。空槍騎士(スカイスピア)を父に持つ貴族の娘だ。


 父は王国最強の武力である空槍騎士団の精鋭であり、弟であるルシアンもその見習いとして入団している。


 母は治癒院(ヒリュオン)の誇りであり、私の誇りでもあった。

 だからこそ……彼女の最期は、誰より私の未来を変えた。

 誰も責められない──そう扱われる死だった。

 治癒とはすなわち、自分の生命の欠片を手渡す行為だ。

 母はそれを、静かに使い切ってしまったのだ。


 本当は父の背に強い憧れを抱いていて、槍を握りたかった。

 けれど母の最後の願いで、私は彼女と同じ治癒士の魔杖を手にした。


 ……いずれ、蒼天戦域と呼ばれる北の空に立つ氷冠(フロストクラウン)砦へ送られる。

 私の未来は、そこで大きな転換を迎えることになる。


 ここ数ヶ月はドラゴンとの戦いが沈静している。

 その間にと、治癒士としての暇を数日ばかりいただいた私は、実家であるスノウレイ邸の自室で魔杖を磨いていた。

 手入れが終わったら、霧灯(フォグランタン)区の無料診療所に行こう。

 今日は一層冷えるから、体調を崩したり古傷が痛んでいる人が多いかもしれない。

 それに炊き出しも手伝いたい。


 アルシエルの下層に広がる貧民区では、常時霧が立って街を覆い、魔力灯の青白く弱々しい光が揺らぎ続けている。

 あの日初めて霧灯区を歩いた時、私は“貴族として育った自分”がどれほど狭い世界で生きてきたかを思い知らされた。

 霧の向こうに立つ人々の影は、同じ国の民だとは思えないほど遠く思えたのだ。


 コンコン、と控えめ……というよりは、割らないように加減しているような印象の窓を叩く音。

 この音は、いや、二階にある私の部屋の窓を叩く人物は一人しか思い当たらない。

 魔杖を置いて歩み寄った窓を開け放つと、肌を刺すように滑る冷気と同時に、雪原に反射する太陽の光粒のような笑みを浮かべる友──シルヴァン・ヴァルモンドがいた。

 家族ぐるみの付き合いである彼は、木を登って枝を伝い、私を訪ねてくる。

「木を使うのはやめなさい」と言い続けて何年経つだろうか、彼は今日も聞く気がないらしい。


「どうしたの?」

「ルシアンが怪我をしてしまってな」

「あの子ったら……今行くわ」

「すまない。いつもの訓練場だ」


 紡ぎ終わるなり、木の枝から飛び降りていくシルヴァン。

 さすが空槍騎士……見惚れるほど身のこなしが軽い。

 外套を纏い、魔杖を手に自室を出る。

 家令に行き先を告げ、私は訓練場へと急いだ。


「──すみません、姉上」

「いいのよ。さ、診せて」


 痛むという足首を診てみると、なるほど。

 着地に失敗して捻ったと。


「張り切りすぎたのね?」

「シル兄様の訓練が嬉しくて……つい」

「レオンもルシアンほど励んでくれれば良いのだがな」

「いざという時はやる男ですよ、あいつは」

「その“いざ”がいつ来ることやらだな」


 レオンはシルヴァンの二歳下で、ルシアンとは同い年だ。

 案の定、また兄の訓練から逃げたらしい。

 真珠色を帯びた魔力で弟の足首を包み治癒を施すと、腫れが引いていく。


「──はい、治ったわよ」

「ありがとうございます」

「張り切るのはいいけど、お父様に呆れられないようにね」


 苦笑いするルシアンに小さく笑みを返すと、シルヴァンが思い出したように手を打った。


「ああ、そうだリヴィア。前に話していた古書が手に入ったのだ、このまま我が家へ寄って行ってくれないか」

「本当?助かるわ」

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