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第3章


 ジャクリーヌは子供の頃から、溺愛されていた兄や姉と違って両親から虐待に近いような扱いをされて育った。

 そして結婚してからも頼れる人などいなかった。

 それ故にこれまで他人に甘えことなどなかった。

 それなのに王城で倒れ、救ってくれたこの年下の令嬢に縋りたい、頼りたいと思ってしまった。

 それだけ心身ともに彼女は限界の状態だったのだろう。

 そしてその判断は正解だった。


 ジャクリーヌが倒れた原因は熱中症だったが、元々彼女は膀胱炎に罹っていた。だから頻繁に尿意をもよおしていたのだ。

 つまり膀胱が細菌によって炎症を起こしていたというのに、水分を摂らず細菌を排出できない状態だったので、さらに症状が悪化していた。

 冗談抜きに命が危なかったのだと知り、彼女はゾッとした。

 たしかに微熱が続き、腹痛もあったのだが、多少の風邪くらいで病人の真似をするなとガーレンに怒鳴られた。

 そのため、無理をして社交を続けてきたせいで症状が悪化したのだろう。


「絶対安静です。王立医学研究所付属の病院で入院してもらいます。そして少し安定したら、領地に戻って静養されるのが良いでしょう。

 カルダーナ侯爵領は気候温暖で空気や水が綺麗、そして温泉もありますから、病人には最高な療養地ですからね。

 貴方は無意識だったのかもしれませんが、夫人は貴方に殺されかけたようなものなのですよ。

 それを理解して、今後しばらくは仕事などさせずに、のんびりと自由にさせてあげてくださいね」

 

 王家と懇意にしているグレンデール=ロプリンド医師にそう言われて、さすがにガーレンも青ざめて、素直にその指示を受け入れた。

 そしてジャクリーヌは入院中に医師のロプリンドと助手のミモザリから細かな治療計画と生活指導を受け、その後二人の息子と共に領地へ戻った。


 しかし帰る直前に彼女は、ミモザリから絶対に漏らしてはいけないという国家機密レベルの打ち明け話をされた。

 そのことを今では殿下もひどく反省されていて、二度と同じ過ちは犯さないと信じていると前置きをされて。


「実は私、王太子と結婚していたとき、信じられないほど大量の書類仕事を命じられて、長時間に渡って椅子の上に縛り付けられていたのですよ。

 トイレに行く時間も惜しいからと、水分を取ることも制限され、そのせいで死にかけたのです。

 私の場合は熱中症とか膀胱炎とかではなく、エコノミー症候群というものでした。もしかしたら、心臓や脳の血管が詰まって死ぬ可能性もあったのです」


 ミモザリの話は医療専門の言葉が所々散りばめられていたので、難しくて彼女にはよくわからないことも多かった。

 それでも、水分を摂らないと色々な病気に罹ってしまう恐れがあるということだけは理解した。

 言い換えれば水というものはとても大切なのだと。

 そして、カルダーナ侯爵領の水がとても体に良いのだということを。


 治療はまず、細菌を殺す薬の服用することと、体内の細菌を体外に排出するために多めに水を飲むことだった。

 そしてそれ以外は、食生活の改善と運動と療養。

 植物繊維の多い、キャベツ、ほうれん草、そしてきのこや発酵食品を多めに食べ、適度な運動、森の中を散歩して優しい日光を浴び、美味しい空気を吸う。

 そして毎日温泉に入り、たっぷり睡眠を取る。


 ジャクリーヌは、二人の偉大な主治医の指導をきちんと守って生活を送った。

 その結果、半年後にはすっかり回復して、領地経営の仕事も少しずつ再開できるようになった。

 一年経った頃には、病気に罹る前よりもむしろ元気になっていた上に、若返ってとても美しくなっていた。


 それから数年後、赤ん坊と共に休暇を取って静養にやってきたロプリンド医師夫妻は、すっかり見違えたカルダーナ侯爵夫人と再会して歓喜の声を上げた。

 夫妻はジャクリーヌにとって命の恩人ともいえる存在だった。彼女は感謝の気持ちで精一杯もてなした。

 そして一週間の滞在し、いよいよ明日王都に戻るという日に、彼女はロプリンド子爵夫妻から、こんな依頼を受けた。


「私達の患者の中には、夫人と同様に夫に虐げられて心身を病んでいるにも関わらず、夫からなかなか逃げ出せずにいる方が何人もいらっしゃるのです。

 そんな方々をこちらの領地で療養させては頂けないでしょうか?」


「私の友人でメンタルヘルスを専門にしている医師が一緒にこちらに同伴し、その方々を診てくれると思うので、極力ご迷惑をおかけしないように致しますので」


 ジャクリーヌはもちろん一も二もなく、それを受け入れた。いや、むしろ積極的に関わることにした。

 もし自分と似た環境にいる女性がいるのなら、少しでも役に立ちたいと。

 やがて、カルダーナ侯爵領は療養地、保養地として有名になっていった。

 そしてそれと並行して、カルダーナ侯爵夫人を慕って同年代のご婦人が集まるようになり、現在の「S・W・L(女性の第二の人生)」と呼ばれるサロンが出来上がったのだった。




 王宮の大広間のざわめきの中、ブラウン元子爵の未亡人メラニーは、カルダーナ侯爵夫人の慈愛のこもった目に気付いた。

 それは、これまで絶えず彼女に向けられていたものとは違うと、本能的に悟った。

 彼女は真に自分ためにそう言ってくれているのだと。

 彼女は夫人に頭を下げると、静かにその場を離れて行った。



 しかし、その後、すぐさま別の人間がご婦人方を追い払うようにして、カルダーナ侯爵夫人の前に進み出た。

 そして彼は少し苛立ちながらこう懇願した。


「侯爵夫人、そろそろ我が妻を返して頂けないか。もう五年もそちらの領地に滞在して、自分の領地に戻らないのです。伯爵夫人として問題だと思うのですが」


 すると、侯爵夫人の隣に立って先ほどまで微笑んでいたハルトナン伯爵夫人が、不機嫌さを隠さずに眉を少し吊り上げた。

 結婚以来いつもおどおどしていた妻の、そんな顔を初めて見た夫は瞠目した。


この話は6章で完結します。残りの3章は明日以降順次投稿予定です。

読んで頂けると嬉しいです。

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