第1章
巷で絶世の美魔女と評判のカルダーナ侯爵夫人ジャクリーヌ。
彼女が、王太后妃殿下主催のパーティーに、超絶美形の若い男性のエスコートで登場し、一斉に注目を浴びた。
「絶世の美魔女」
その噂を信じていない者も多かった。なにせ彼女は隣国に接する辺境の地に何年も引きこもっていたのだから。
ところが十年ぶりに公の場に現れた彼女は、以前よりもむしろ若く、そして美しくなっていた。
そのために皆が瞠目し、思わず声を上げる者もいた。
その中には夫であるガーレン=カルダーナ侯爵もいた。
彼は久し振りに見た妻の姿にあ然とした。
華やかで美しく、結婚当初よりむしろ若々しいじゃないか!
それに誰なんだ、あの若い男は!
怒りとともになぜか焦燥感のようなものが湧いてきて、彼は慌てて妻の側へ行こうとした。
しかし、エスコートしていた若い愛人に腕を掴まれて引き留められてしまった。
カルダーナ侯爵夫人の周りにはすぐに人の輪ができて、皆にこやかに会話を始めた。
その集団の人々は老若男女問わず皆美しく上品で、大広間の中でも一際輝いていた。
女性陣はカルダーナ侯爵夫人が主催する「S・W・L」と呼ばれるサロンのメンバーで、様々な分野で活躍しているご婦人達ばかりだった。
多くの参加者達がそんな彼女達を羨望の眼差しで、ただ遠巻きに眺めていた。
ところがその輪の中へ、一人のご婦人が入ってきて声を掛けた。
「お久しぶりですね、カルダーナ侯爵夫人。お元気になられたようで良かったわ」
「ごきげんよう、シュモンド侯爵夫人。夫人もお変わりないようで何よりですわ」
「いえ、そうでもないのよ。近頃は体のあちこちに……。
ですから、夫人のサロンに入れて頂けないかしら。健康になれると評判ですもの」
「でも、貴女様は田舎がお嫌いでしょう?
私のサロンはド辺境と王都の皆様に侮蔑されている、そんな土地にありますのよ。
しかも効果が出るまでには最低でも三か月はそこで過ごさないといけませんの。
むしろストレスになってしまうのではないかしら?
それに、そんなに長く王都を不在にするのは無理ではありませんか?」
カルダーナ侯爵夫人はニコリと微笑んでそう訊ねた。
するとシュモンド侯爵夫人も無理に笑顔を作ってこう答えた。
「それは問題ありませんわ。
私ももう年かしら。近頃王都の喧騒に疲れを感じることも多くなって、たまには地方でのんびり過ごすのもよいかもと思っておりますの」
「まあ!」
それを聞いたカルダーナ侯爵夫人は、両手を胸の前で組み、とても嬉しそうにこう言った。
「そうだったのですか。それはシュモンド侯爵や領民の方々はさぞかしお喜びでしょう。
夫人が田舎を嫌って滅多に領地にお顔を出されないと、皆様悲しんでいらっしゃるそうですから」
「えっ?」
驚いて目を見張ったシュモンド侯爵夫人の後ろから、夫である侯爵が嬉しそうに声をかけた。
「ようやく君も田舎の良さをわかってくれたのだね。嬉しいよ。屋敷に戻ったら、すぐに領地に向かう準備をしよう」
そのやり取りを見ていた数人のご婦人方が、カルダーナ侯爵夫人に声をかけるのを止めた。
するとそこへ元ブラウン子爵の未亡人がやって来てこう懇願した。
「カルダーナ侯爵夫人、是非私をサロンに入れてくださいませんか? 肌荒れやシミが酷くて悩んでいるのです」
それを聞いた者達は皆眉を顰めた。そして一様に扇子で口元を覆い
「なんて図々しいの。どんな神経をしているのかしら?」
と呟いていた。
しかし、カルダーナ侯爵夫人だけは相変わらず笑顔を浮かべたままこう言った。
「残念ですけれど、我がサロンの規約では若い方は無理なの。孫がいる方を対象にしておりますからね」
「わ、私にも孫はおりますわ。六人も」
「でも、それは亡くなったご主人の先妻様がお産みになったお子様のお孫様達でしょう?
貴女様はお会いしたこともないとお聞きしておりますが。
血の繋がりがなくても孫として愛され、触れ合っていらっしゃるのでしたら問題はありません。
しかし、そうではないのでしたら規約に反してしまいますわ。
それに、そもそも貴女様は私よりも五歳も若いのですから、まだまだお元気でしょう?
本来癒しを目的にしている私のサロンになんて入る必要はないのでは?」
カルダーナ侯爵夫人のこの言葉に、周りの者達は驚愕した。
ブラウン元子爵の未亡人の方が彼女より大分年上だと思っていたからだ。
「侯爵夫人より五つも若いだなんて信じられないわ」
「ずいぶんと老けているわね」
「やはり三十も年上の夫と暮らしていたせいかしら。お気の毒ね」
「何がお気の毒なものか。
妻子のいる男性の愛人になって、そのあげく、もっと若い愛人ができからと捨てられたんだぞ。
年の離れた男の後添えくらいしか嫁ぎ先はなかっただろう。自業自得だよ」
人々はブラウン元子爵の未亡人だけでなくカルダーナ侯爵に対しても侮蔑の目を向け、ヒソヒソ話をし始めた。
そのため、元愛人関係だった二人は気まずい顔をした。
しかし、カルダーナ侯爵夫人は彼女に向けて、こう言った。
「田舎でのんびり過ごすよりも、今はまず、大切なお嬢様との触れ合いの時間をもっと取られた方が良いのではなくて?
それに貴女様はまだお若いわ。まず内面を磨いて、それから何か人のためにできることを見つけるといいですよ。
そうすれば気力が漲り、心身ともに健康を取り戻せるでしょう。
すべてご自身のお気持ち次第ですわ」
カルダーナ侯爵夫人の目には憎しみや恨み、まして侮蔑の色など全く浮かんではいなかった。
ブラウン元子爵の未亡人、かつてラヴァル男爵令嬢と呼ばれていたメラニー。
彼女はたしかにその昔、カルダーナ侯爵夫人の夫の最初の愛人だった。
当時彼女はまだ十六歳で、自分の若さと華やかな容姿を誇り、地味で慎ましやかなカルダーナ侯爵夫人をいつも見下していた。
夫人が身に着けるはずだったドレスと装飾品を身に纏い、侯爵の腕にしがみつきながら。
乳飲み子を乳母に預けて夜会に参加するのが嫌だった、そんな彼女にとってはありがたいだけだったのだが。
元男爵令嬢によって散々苦しめられたのは事実だった。
しかし、それは侯爵夫人の不幸な結婚生活の序章に過ぎなかった。
夫のガーレンは小児愛障害とまではいかないが、十四、五歳から二十歳前くらいまでの若い女性しか愛せなかったからだ。
それ故に彼は若い女性を恋人や愛人にしても、長くて五年ほどで捨てて、また別の女性と付き合うということを繰り返すのだ。
侯爵という高い地位と金、そして銀髪碧眼のその美しい容姿を利用して。
ただし、現在付き合っている娘を含め、最近の交際相手は彼の金が目当てだろう。
さすがに彼も年を取ってかなり容姿が衰えてきている。
しかも、歴代の女性達を鑑みても、正妻の地位を狙ってもそれが無理だということを理解しているだろうから。
そもそも、カルダーナ侯爵の嫡男はすでに成人して妻子がいるのだ。彼と結婚して子供を産んでも跡を継げるはずがないのだから。
最初から四、五年しか付き合うつもりがないのだから、わざわざ妻と離婚して再婚を繰り返すなんて無駄なことだ。
ガーレンは妻ジャクリーヌと離婚をするつもりなど元からなかった。
そのことに気付いたとき、夫人はほっとした。
しかしそれは決して夫を愛していたからでも、侯爵夫人の地位に留まりたかったわけでもなかった。
夫は後々の面倒を避ける為に、愛人達とは徹底的に避妊をしていた。
そのせいで、離婚をすれば息子達を取り上げられてしまうのは明白だった。
彼女は二人の息子の側にいたかった。それ故に離婚されたくなかっただけなのだ。




