ギルド「モラトウム」は本日も5時より営業中
初投稿です。coolwoodと書いてクルウドと読みます。語源は僕がよく使う言葉からです。頻繁に狂ってます。
1年を通して温暖な気候に恵まれ、数多の文化や人の行き交う国、ファーティシアの朝は早い。
まだ日も登りきっていない時刻から交易船の汽笛が鳴り響き、響く音に揺られて起こされた小鳥が呼応するかのように鳴いて飛び交う。
交易船の汽笛と小鳥の耳馴染みの良い鳴き声は商人の目覚まし時計だ。
静まり返った街からひとつ、またひとつと窓を開け外気を取り込む音と愛すべき隣人への「おはよう」の挨拶が聞こえてくる。
そんな活気溢れるファーティシア表通りの一角、緑の屋根に白と赤のレンガの外壁に茶色の両開きの扉。人目見ただけでは民家とさほど変わらない二階建ての建物の中。
ひとつバタンと大きな音を立てて窓を開け、同じく大きな音を立てて転ばんばかりに階段を駆け下りる。
扉を開け、玄関前の「CLOSE」の掛札を取り払う。早速開店の合図を出す店があった。
店主のような耳長は大きくぐいと体を伸ばして伸びをして、背中からはパキパキと関節の動く時特有の小気味よい音が鳴り、まだ静けさの残る通りに音が少し反響する。
幼げな顔付きには似合わぬモノクルを退けて、眠たげで伏し目がちな眼を擦って、紺色のベストをキチンと正してギルド長の準備も万端だ。
街の依頼を一介に受けるギルド「モラトラム」は今日も朝5時から営業しております。
「はい、ご要件をお伺いします。」
ギルド長であるクトーは綺麗に切りそろえた前髪を少し指で避け、モノクルを整える。
「どうぞお掛けください。農場からなら沢山歩いて疲れたでしょう。」
相手が茶色に白地の皮で加工された椅子を引き、座り込めば、クトーもそれに則り同じように座った。
そしてカウンター越しに依頼者と対峙し、口角を少し上げた営業スマイルで対応する。
「すまんなギルド長さん、毎回こんな依頼ばっかでよ…」
目の前の彼は申し訳なさそうに口を開く。白い胸元の少し開いたワイシャツに小麦色の肌。眉のキリッとつり上がった白髪の老人はヒューマン族のハラーさんだ。通りから1キロ弱離れたところで農家をやっている。
依頼の内容は「農作物の収穫」であり、要求される人数は1人、休憩1時間の実働6時間で報酬は3銀貨と5銅貨+ハラーさんの農作物1箱だ。
「いえ、構いませんよ。地域の方々あっての我々ですから。」そういって応えるクトーの口元や表情は相も変わらず1ミリも動かない。
そうこう話しているうちに、秘書が冷たいお茶を人数分持ってくる。ハラーさんは「ありがとう」と一言言い、体格に似合わぬほどちびちびと飲み始めた。
ハラーさんは大切な取引先だ。
今でこそこじんまりと農家をやっているが、もっと若かった時は大きながっちりとした体格で1日に何時間も働いていた。
ハラーさんの作っている野菜は、日光を沢山浴びて水分量をキチンと調整された甘さと酸味のバランスが最高な真っ赤なテマトだ。それは元々、ファーティシア通りに出荷されるテマトの八割を担っていた。
(…出荷量が減ったことにより、ハラーさんのテマトはいわゆる一種のブランド化している。)
本人は露にも思っていないが、何だかんだ外から輸入された安くて青臭さの残るテマトよりもそこそこの金額がしてもファーティシア通り産のテマトが人気なのはこれが原因だろう。
目の前でお茶をちびちび飲んでいるハラーさんを見ながら思う。
(…本人は気づいていないが、転んでもタダで起きない精神の人間は大好きだ。)
心の中でにんまりと笑ったクトーは表情筋を崩しそうになるが、いけないと立て直す。
「ハラーさんくらいの方になれば、大きな金額で大きな人数募集して、畑の規模感も大きくされたら良いのでは?」
(…実をいえば、私も最近ハラーさんのテマトはすぐ売り切れてしまうので悲しいのだ)という心の内は表には出さず、素朴な疑問をぶつけるとハラーさんは椅子に深く腰掛け、困ったような顔でなははと笑った。
「もう大きな畑は息子にやっちまったんだ。耳長のあんちゃんにはピンと来ないかもしんねえけど、俺らヒューマンは良いとこ80くらいでくたばるのよ」「はちじゅう」
「ガキも遅くても30くらいでこさえるのよ」「さんじゅう」
他人種についてまだあまり造形のないクトーはオウム返しするばかりだ。動揺しながらもズレたモノクルを正し、脳内で回答を急ぐ。
「わ……かりました、そしたら募集は今日夕刻以降に張り出します。ハラーさんからの依頼はいつでも2時間かからず埋まっちゃいますから心配ないと思いますけど…いつ頃まで掲載しますか?」
「うーん、最近日照り続きでウチのテマトは今が絶賛食べ頃なんだ、明日昼締切で頼みたい。」
「あと、魔物派生種族は不可って入れといてくれ」
(…あれ、ハラーさんって差別とかする人だったか?)
少しの疑問と不信感を抱きながら、クトーは変わらぬ笑顔のまま回答する。
「……承知致しました。しかし、何故魔物派生種族を不可に?」
「俺もよくわかんねえんだ、息子がそういうもんだからよ」
そう言って、いつもの困り顔つり眉のままハラーさんは席を立ち、昼間の血気盛んな若者で賑わうギルドハウスを後にした。
それに習い、クトーも椅子から立ち上がり、バタついた朝とは対照的に階段を行儀良く上り、自室の扉を開ける。シックな机と面した肘掛の着いた1人用のソファに座り、依頼応募用の紙を引き出しから取り出す。
(しかしなぜ……)
先程の疑問が心の蟠りとなり、胸がつかえる感覚がする。その考えを払拭するかのように大きくふわふわの羽を着けた羽根ペンを持ち、インクをつけてはインク瓶の縁にカツカツとペン先を当ててインクを程よく落とす。
そのまま用紙の上につらつらと綺麗で読みやすい筆記体で依頼内容と報酬を書き込む。
「ハラーさんのテマト収穫 報酬2銀貨2銅貨+テマト1箱 魔物派生種族不可」と書きこんだが、そのまま書いた紙をくしゃくしゃと丸める。
「魔物派生種族不可なんて書けるか、差別だろこんなの…」
このファーティシアは魔物派生種族がとても少ない。というのも、ほぼ海の外から引っ越してきた人種のみなのだ。なので差別も根深い。
ドワーフとエルフが仲が悪いのは割と一般常識だが、そんなもんじゃ効かない。
魔物派生種族の生まれる地はあまり治安が整っておらず、魔物派生種族自体も…大きな声では言えないような行為で生まれるものが多い。
魔物派生種族…半魚人やウェアウルフ、ハーピー亜種等は魔物と人型の交配により生まれるものだ。
そして、魔物族の方がヒューマンやエルフ、鬼族よりも強い…あとは話す必要は無いだろう。
その影響で国柄犯罪などを「生きるために仕方がないこと」と正当化するものが多い。
そんな理由や仄暗い過去もあり、魔物派生種族は血気盛んだの野蛮だの言われてしまい、今や仕事にもなかなかありつけない状態になっている。そういう輩はギルドに流れるか、国に戻るか、人に言えない職に手を付けるかの3択だ。
その余り芳しくない三択のうちの一つである「ギルド」が
「……こんなん書いたら、だめだろ」
そう言って深いため息をひとつ吐き、新しい紙に「ハラーさんのテマト収穫 報酬2銀貨2銅貨+テマト1箱 告知事項あり 詳しくは従業員にお尋ねください」と書き直す。
受注する時は必ず1度こちらと話をしないといけないので、告知事項ありだけでも問題ないだろう。
椅子に深く腰かけていた重い腰を上げ、大きな掲示板に群がる人の波を避け、張り出そうとした時
「……あの、おれ、しごとほしい」
身長だけは自分よりも高いが、妙に口調にあどけなさの残る人に声を掛けられた。
青みがかった黒の長いぼさついた髪にボロボロの服。170cmはありそうな高身長。正直、声を聞かなければ女であることも認識できない。1目見ただけでは大人でもちょっと引いてしまいそうなビジュアルだ。
しかし、あくまでクトーはギルド長であった。
「おや、お仕事をお探しですか?お客様」
どんな人であれ、ウチの敷居を跨ぎ、仕事を求める人はお客様であり、貴重な人力なのだ。
にこやかな笑顔で答えれば、その子もぱぁと明るい笑顔を見せて「そう!しごと!おれ、おしごと!」と心底嬉しそうな答える少女を横目に、クトーは真面目に「この子に何ができるか?」を考えていた。
「さてお嬢さん、どんなお仕事がしたいの?」
「あ、う、しごと、なにある?わかんない」
本当にここら辺や仕事のことを知らないようで、すこし涙目になる大柄な少女。
それを宥めるように、
「色々あるよ、お嬢さん。お話は…多分苦手だよね。力はどうかな?」と問いかける
「うん、ルヴァ、ちからはガキのときからあった!」
「みてて!にぃちゃん!」
そう言うと、自分自身を「ルヴァ」と呼ぶ少女はクトーをひょいと持ち上げて太陽のような笑顔を見せた。
「ィッ…!……これは…想像以上ですね」
高所恐怖症を持つクトーは少し驚いた表情を見せながらも他の客もいる手前、あくまで営業スマイルを崩さないでみせた。
(……多分、この子は海の外から来た子だろう)
クトーは薄々気が付いていた。
腕っ節に乱雑ななまりのついた喋り方。ただ、力が強いなら働き口は幾らでもある。
(だが、問題は環境だ)
力仕事はやはり男性人口が多く、どんな形であれど女性が不条理な目に逢いやすい。
(……特に、若くて頭が未発達な場合は。)
海の外の過酷な環境が嫌で逃げてきたのであれば、ファーティシアでくらい幸せな道を示してやりたい。
ルヴァは力自慢ができた!とでも言うように満足気な顔でクトーを降ろす。そのまま
「お嬢さんはなんで仕事が欲しいの?」
と、普段なら見せないような優しい声色で目の前の女の子に話しかける。ルヴァは伏せ目がちな目を心配そうにクトーの方に向け、重たく口を開く。
「う、ルヴァ、くすり、必要」
「病気なの?」「びょうき、違う。」
「…路地裏とかで売ってるやつ?」「ちがう!あれ、ルヴァたくさんにげた!きらい!」
彼女はくわ!と目を見開き、反論してみせる。
(…とりあえず違法な薬物とかじゃなくて良かった)
こんな若い子まで毒牙にかかっているのかと勝手に杞憂してしまった胸を撫で下ろし、ほっと一息つく。
そして、覚悟をひとつ決めて提案する。
「おにーさんと一緒に、テマト収穫のお仕事してみよっか。」
そう言うと、少女の顔は明るくなったかと思えば、ギルドハウスから表道に出る扉を徐にばあん!と開けて道に出て、駆け回り始めた。
正直、外仕事は苦手だ。汗水垂らして仕事をするみたいなことがそもそも好きではない。効率的にいきたいほうなのだ。
だが、まだ年端もいかず、言葉も上手く喋れない子供を1人依頼先に投げるという筋の通っていない真似はしたくない。
「……子供って元気だなあ…」
ギルド長は開けっ放しにされたドアにもたれ掛かりながら、少し見つめていた。
そして、満足ゆくまで見つめたらギルドハウスのカウンターの裏に行き、バインダー替わりの板と個人情報メモ用の紙、そしてインクが自動で出てくるペンを取ってくる。
「さて、元気なのは良いけども!お嬢さん、年齢は?」「17ー!」
バインダーに紙を挟み、必要な質問をしていく。
「お名前は?」「ルヴァ!」
「苗字は?」「わかんない!」
少し息を切らしながら戻ってきたルヴァは変わらずの屈託のない笑顔でクトーの質問に答え続ける。
「海の外から来たの?」「うみのそと…多分。暗いとこ、ゆらゆら、ずっと」
ひとつの質問を聞けば、少女は少し暗い表情になり、目を静かに伏せた。
(…船で密入国か?)少し怪訝な心持ちでルヴァを見つめると、過敏に感じ取ったのか、不安そうな顔色が濃くなった。
「在留・仕事許可証はある?」「あッ、あるッ!」
焦ったような大きな声を出し、黒いダボッとしたズボンの後ろポケットをわさわさとまさぐれば、少しくしゃくしゃになった在留・仕事許可証が出てきた。
「…ルヴァ・A・シュミエル」…彼女の本名だろう。
シュミエル性は海の外の小さな島国、ポーヌールに多かった筈だ。
(やはり、出身地はポーヌールになっているな)
その国は今、統治する人物を巡って宗教派と正統王政派で国の内外巻き込んだ大きな内乱が起こっているはずだ。
(じゃあ、亡命か?)
それであれば、そんなに珍しい話でもない。親が子供を亡命させるために動くことなどいくらでもある話だ。
「あと最後に。魔物派生種族じゃない?」
「まものはせー…?わかんない」
(まあ、大丈夫だろう)
ポーヌールは少し特殊な国家で、国の王族だけが魔物派生種族だ。王族が亡命したというニュースは聞かないし、この子がそれである可能性は限りなく低いだろう。
バインダーをカウンターに置き、聞き出した内容をメモを取った紙を折り畳み、茶封筒に入れる。所謂履歴書のようなものだ。
国家公認ギルドのみが使える「就労資格確認済み」の柄の封蝋で封をして、持っていく。
「さあ、色々聞いて悪かったね。行こうか。」
少し身なりを整え、黒い皮の鞄に茶封筒を詰める。歩き始めようとすると、ルヴァが手をぎゅぅ、と握ってきた。
「えへ、にぃちゃん、やさしいね」とふわりと笑うと、髪で隠れていた金色の瞳がちらりと覗く。
17にしては妖艶で愛らしすぎるその表情に自身の長い耳が少し赤くなるのを感じたが、そんな気持ちは無視して、あくまで「ギルド長のクトー」としてハラーさんの畑へと向かった。
──そうして少し日が落ちてはじめた頃、ベージュの丸太で作られた家…ハラーさんちの扉をコンコンと叩く。
「はーい……って、おお、ギルドのあんちゃん!どうしたんだよこんな辺鄙なとこまで…!」
当然驚いた顔のハラーは「まあ入れ」と家の中にクトーとルヴァを家に入れる。
リビングに到着し、3人はゆっくりと椅子に腰をかける。そして、クトーが話し始める。
「すみません、今回ご依頼は1人とのことでしたが、こちらの少女と一緒に私も入らせて頂きたいのです。」という言葉と共にロウのついた茶封筒を渡す。
ハラーはゴツゴツした小麦色の手で封を空け、ルヴァについての情報を確認しながら
「あんちゃんがいいならいいけどよ…追加の金は出せねぇぞ」と苦しそうな顔で言い放った。
「構いません。」とクトーは答える。
(ハラーさんならルヴァさんのことを無碍に扱ったりは絶対にしないだろう…が、ルヴァさんは特に身の上がまだ明確でない上、話せない。何かあった時のために私が行くのが筋だろう。)
そうクトーが思案していると、玄関が音を立てて開き、若い男性の声が響く。
「親父、戻ったぞ…あ?来客かよ」
ハラーさんを「親父」と呼ぶ彼は、黄金色の2つの双眸に茶髪で短くスポーツ刈りに揃えられた髪型。日焼けして真っ黒な肌はハラーさんにそっくりだった。
「おお、おつかれさん。今日テマトの収穫を手伝ってくれるクトーさんとルヴァさんだ。」
「そーかよ」
ハラーの息子であろう人物はけっ、と悪態をつきながらもキッチンのポットの中からお茶を人数分用意してくれる。
「はい、はい、どーぞ。遠路はるばるありがとなァ」お茶を渡し終われば、彼は玄関へと戻り、収穫した後であろうまだ水滴のついた新鮮な緑の野菜をドンとリビングに置くと、またどこかへ行ってしまった。
「…アイツはフゥロっていう。まあ、あんなやつだけど良い奴なんだ。あの野菜も多分廃棄だから持ってけ…の意図なんだ…分かりづらくて申し訳ない…」たはは、とまた困り顔で笑うハラーにルヴァも「やさしー!」と楽しげにニコニコと笑う。
(彼がハラーさんの息子さん…魔物派生種族を断った張本人。)
今朝の出来事を思い出し、ゆっくりと思案する。
現地に行くことはほとんど無いが、彼が小さい時にギルドハウスで親の付き添いとしてたまに顔を合わせることはあった。
子供はあまり好きではないが、彼は小さい時からお礼も謝罪もできる子で好印象を持っていた。
(彼が差別するようにはとても思えないが、"人間は"心変わりが激しい種族でもあると聞いたしな。)
そう考えてつかの間、自分が人間だからと偏見を持って対応しているかもしれない事実に気付き、襟を正す。
(……私も、まだまだだな。)
目を伏せ、己を笑った。
少し時間が過ぎ、お茶を飲み終わった頃
「さ、暗くなっちまう前にテマトを収穫しちまおう。2人もいるんだ、家の畑なら2時間もかからねえさ」とハラーさんは言って、真新しく見える、手入れの行き届いた軍手とハサミを支給する。
そして玄関をあけ、家の前に広がる縦横300mはありそうな畑にずらっと並んだテマトを自慢げに見せ、その一つに近づき、優しく手に持つ。
「テマトの収穫はな、こうやるんだ。ある程度雑でも大丈夫だが、身だけは傷つけちゃぁならねえ。」と言いながら、簡単に教えてくれるハラーの手つきは熟練の技そのもので、傍から見ていても何も無駄がない綺麗な動きだった。
それに魅せられたのはルヴァだ。
「すごーい!!じぃちゃん!すごいよ!!すごい!!」きゃいきゃいと騒ぐ可愛らしい女の子にハラーも少し大きな気持ちになっているようだ。いつもに増して笑顔が明るく見える。
「さ、やりましょう」「やるぞー!!」と躍起になり、スーツにシワが着くのも気にせずぐいと力を込めて腕まくりをする。
そして、ハラーの手捌きを真似してテマトを収穫するも、茎が思ったよりも硬かったりで取りづらい。
(ハラーさんやっぱすごいんだな…)と思いを馳せながら、隣のルヴァを見ると、器用にテマトを初めてではないかのようにひょいひょいと収穫している。
クトーはそれをまじまじと見つめ、割と何でも上手くやれると思ってた自分に呆れたようにひとつため息を着く。
(デスクワークばっかするもんじゃないな…頑張ろ…)と、クトーはすこし躍起になった。
────日も暮れ、光魔法を使いながらテマトの収穫を続けた。
「さいごの!いーっこ!」と掛け声をかけてルヴァがテマトを収穫する。収穫カゴの中には真っ赤で美味しそうに熟れたテマトがいっぱいだ。
ルヴァは収穫かごをまとめてわさっと持ち上げ、残った2つだけをクトーに渡した。
優しく健気なルヴァの快活な笑顔が少し赤らんだように見えて、率直に可愛らしいなと思った。
(けども…どっちが女の子かわからないな)とクトーは内心思い、すこし自傷気味に笑った。
「よっ…こいしょ!」と掛け声をかけ、玄関横にテマトを納品する。玄関を2回ノックすると、ハラーが顔を出した。
「おお!もう出来たか!あとは俺がやっとくから大丈夫だぞ」と言い、にかっと明るい笑顔で笑ったハラーが出てきた途端。
横でバタンと大きな音を立てて、ルヴァが倒れた。服の隙間から見える肌は真っ赤になり、蕁麻疹がぶつぶつとできている。
「ルヴァ?!」
「おいおい嬢ちゃんどうした?!疲れたか?!」焦って大きな声を出す2人を声を聞き、息子のフゥロが少し離れた納屋から走ってきた。
「……ッおい!魔物派生種族連れてくんなっつったろ!!」と眉間に強く皺を寄せ、物凄い剣幕で怒るフゥロにクトーは「申し訳ありません、ポーヌール出身だったので対象外かと…ッ!」と返すことしか出来なかった。
それを聞き、彼も戸惑ったように眉間に寄せたしわを一気に解き、鳩が豆鉄砲でも食らったような顔で「ポーヌール?!なんっで魔物派生種族なんだよこいつ!?ポーヌールだろ?!」と怒号だか困惑だか分からない声を投げ掛けてくる。
ポーヌールは王族だけが魔物派生種族だ。本来であればルヴァは魔物派生種族ではないはずだった…だが、現実はこうだ。
「クソ、頭打ってないか?!喉……ッ!街のヒーラー呼んでくるには遠い…ってかやってねえ!クソ!」
フゥロはルヴァの口を大きく開き、口の中を確認した。喉の奥は真っ赤に腫れており、呼吸困難になっているのは明白だった。
フゥロは当たりをキョロキョロと見渡しながら、
「気道確保出来るもんはねえか?!息が出来てねえ!」と大きな声を上げる。
「しかし、急になんで……ッ」とハラーが焦った声を上げながら畑の近くで気道を確保できそうなものを探す。
フゥロは少しの溜息をつき、
「俺の方の畑で育ててるハーブは今が受粉の季節なんだが…」少し目を伏せ、苦い顔をした。
「こいつの花粉は9割の魔物派生種族が致死性のアレルギー持ってんだ。」と説明する。
3人の背中の冷や汗がじっとりと服を濡らす。
「直ぐに処置しないとまずいな……」と真っ青な顔で息を飲むフゥロを見て、クトーは口を開いた。
「私が、やります」
そうクトーが言うと、フゥロを静かに押しのける。両の手のひらをルヴァの頭に当てて、目を閉じて念じる。どこからともなく現れた柔らかで暖かい光がルヴァの身体を包む。
きゃら、ちゃら、というちいさな金属のぶつかる音や鈴にも聞こえる音が光から漏れる。
「てまと とるの うまかったー もっと してー」
「これくらい してあげる えへー」
鈴のような音は、クトーにだけは聞こえる。
森や家、草木などに住む精霊の声だ。
(機嫌が悪いと応えてくれない…今日は機嫌がよくて助かった。)
「るば ほしー わたし すきー」
「るば いーこ しんじゃ やだねー」
(えらい人気だな、ルヴァさん……)
光と音が静かにゆっくりと消えはじめる。
「これ が だめ? もってくー」
「ぼく も もつー」と精霊はきゃらきゃら話しながら原因の花粉を持って遠くへと逃げていく。
「またね むのー の くとー」と捨て台詞を吐いて、精霊は消えた。
苦しそうだったルヴァの呼吸音は安らかなものになり、喉の腫れや皮膚の赤みも収まり、ただ眠っているだけのようだった。
フゥロはひとしきり流れを見たあとに、思い出したかのように少し息を吸い
「あれ、魔法じゃねえよな。詠唱もしてない。」
「……お前、何者だよ。2人とも。」と問いかけた。
フゥロの問いかけは真っ当なものだった。
───船の大きな音は、ここまで届く。
朝の5時半、眠い眼を擦りながら起きたクトーは店の鍵とかについてちょっと焦っていたが、前も似たようなやらかしをした時に従業員が気を利かせてくれたことを思い出して、少し安心した。
そして、そのすぐ後。
ルヴァの目が覚めてすぐ、彼女の正体が明らかになった。
全く…と溜息をつきながらも起きたばかりのルヴァにフゥロはお茶を差し出す。
眠たげに目を擦るルヴァは、ハラーの読んでいる新聞の写真を見るなり、大声を出した。
「これ!これ!ルヴァのママ!」
新聞には、宗教派首謀者のノーリャ・A・シュミエル容疑者が国家転覆法違反で捕まったとの見出しとともに写真が乗っていた。
白黒の写真でもわかるような鮮やかなルージュに黒く艶のある髪の毛。特に鼻や目元はルヴァにそっくりであった。
ノーリャは王族でありウェアウルフのドーマ・R・ルートゥースという第三王子と恋仲であり、王族と一般市民の自由恋愛の権利を求め、市民を味方につけ、不満や不安に火を付けて内乱を起こした。
ノーリャよりも小さく写真が乗っているドーマの瞳は、吸い込まれるような金色であった。
クトーはお茶をすすりながら、見たことの無いルヴァの故郷に静かに思いを馳せる。
(彼女が、文字を読めなくてよかった。)
新聞の最後には「彼女は未明、死刑が執行された」との記載があった。
それを見たハラーはというと
「それはそうと…嬢ちゃん!筋がいいなあ!うちで働くか?」とルヴァの肩を叩きながら、少しわざとらしさの入った明るい声で問いかけた。
何も知らないルヴァは「え!いいの!?おなか、ぐー、しない?!およふく、くさくない?!」ときらきらした目でハラーを見つめ、大層喜んでいる様子だ。
その発言にまた親心をくすぐられたのか、ハラーは少しぐぅ、と唸る。
「おー、住め住め。空いてる納屋があったろ」
フゥロは大きなため息を一つつき、「親父…」と呆れた声を零したものの、提案自体には否定的ではなく、「まあいーけどよォ。花粉の時期ももう2日くらいで終わりだ。2日は宿屋で過ごして、ウチに来ればいい。」と笑う。
彼は素直じゃないだけで、きっと既に頑張りやなルヴァのことを好意的に見ているのだろう。
そして、その後に少し心配と怪訝さが混じった伏せ目がちな目でルヴァを見て「……てか、あんた花粉しんどくねえのか」と一言つぶやく。
ルヴァはあの前後の記憶が曖昧なのか、あまりピンと来ていない様子だった。
流石にクトーには妖精があまり主流では無い今のファーティシアで(家にはどうも、妖精が外部障壁張ってるみたいなんだよなー…好かれてるなあ)とは言えなかった。
「報酬の受け渡しもありますし、一旦帰りましょうか、ルヴァさん」と年相応に重たい腰を持ち上げると、ルヴァもそれに乗じた。
「うん!またくる!せわ なった!」
そう言って大きく手のひらを振るルヴァに、新たな家族が増えるハラーとフゥロはふたりが見えなくなるまで手を振った。
少し霧のかかった朝のファーティシアでは白い小鳥が木々の細枝に止まって、葉から朝露を振り払う。少ししめった涼しい風が頬を撫で、心地良さに気持ちをたゆませる。
そんなクトーの横で
「ふふーん、おかね!もらう!」
「よく頑張りましたからねえ」
ご機嫌でにこにこのルヴァはスキップしながら帰り道を歩く。長い髪が揺れ、楽しそうな彼女は年相応で…とても悲劇のヒロインのようには見えない。
(気付いてないのだから、当たり前か。)
などと考えていると、ルヴァが口を開く。
「あ、あの、おくすりやさん、よる」
「そういえば言っていましたね、寄りましょうか」
帰り道にある薬局へと足を運べば、カウンターの薄い白紫髪に三つ編みの少女が「いらっしゃいませー」と気だるげに声をかけてくる。
「あり?クトーやん!ひさし〜い」とゆるい口調で話しかけてくる彼女はヒューマン族のギークだ。本名は知らない。ギークと名乗っている。
「なしたん?あ、この子がなんかほしいんかあ、なんかわかるもんあるぅ?」とルヴァに問いかけると、ルヴァは1つの小瓶を出てきた。
「これは…およ?海の外の子かあ。しょほーせんとかある?まークトーいるし、昔のでいーよ」と言えば、また後ろポケットの中をゴソゴソとまさぐり、そこから過去の処方箋のようなものが出てきた。
少なくとも私には読めない言語で書かれているが、ギークはさらりと目を通し、
「これねー?あるよー、ちょっとまっとれーい」と言うと、カウンターの後ろにある扉からどこかへと消え、数分後に戻ってきた。
ギークはどこで生まれ育ったかも、何故教養レベルがこんなにも高いのかも誰も知らない。自ら「ギーク(風変わりな人)」と名乗っている奴にそうそう近づく奴もいない。
けれど、「ギーク」と名乗るだけあり、薬学や言語学においては、知られざる街1番のエキスパートだ。
「あい、これね、元々液体だったと思うけど、今回錠剤で出すから。残り10錠くらいになったらまた買いに来てね。次は正式な処方箋持ってね。」
そう言われた薬には「獣化抑制薬 雌」と書かれていた。
「今1個飲んでけば?」と言うギークに、ルヴァはこくこくと頷く。ギークは裏から1杯の水を持ってきて手渡し、その水と錠剤を1錠、ルヴァは飲んだ。
それを横目に見ながら、クトーはギークに問いかける。
「これ、幾らだ?彼女はウチで働いてくれたから、この分位は俺が払う。」
そう言って財布を出すも、ギークは大層つまらなさそうに話す。
「あー、いいよいいよ。別に。うちそんなカツカツじゃないからねぇ」とからからと笑うギークを見て、ふと店内を見回す。
時間が朝早い時刻というのはあれど、流石に人が少ないし、こいつはどういう手段で金を稼いでいるのだろう…?まさか……
「なんか失礼なこと考えてるしょ、クトー」
「……すまん」
少しの沈黙の後謝ったが、ギークからのやわらかいチョップは飛んできた。
そんなくだらない会話をしている時、
「あ、あー…、あー…!」
横からチューニングするような声色が店内に小さく響いた。
「あー!!これでようやくちゃんと喋れるよ!」
そう普通に喋る声は、ルヴァのものだった。
「貴方、普通に喋れたんですか…」
「いや、薬無いと言葉に障害でちゃうんだよね。文字読めないのは元々っ!あっはっは!」と快活に笑う彼女は、しっかりと年相応で、しかし頼れるような人を惹きつける雰囲気も感じる…これからのことを安心できる人物だった。
───ルヴァと一緒にギークに軽くお礼を言って、ギルドハウスに戻る。そこはいつもの姿だった。従業員がキチンと仕事をしてくれていたようで、なにも問題なく回っていた。
ルヴァへと給料を渡すため、簡易金庫から報酬を袋に入れ、手渡す。
ルヴァはきゃいきゃいと子犬のように騒ぐと
「じゃあクトーさん!ありがとう!遊んでくる!またくるー!!!」と言って彼女はギルドハウスの扉を開け、街へと繰り出していった。
簡易金庫の横には人と会うことをあまり好かない従業員兼秘書の置き書きがあり、「ボーナス奮発よろしくお願いします ぎるどちょ♡」と書かれていた。
いつもの様子に何となく呆れつつも安心して、ほっと息をついているとガタイの良い男から声を掛けられる。
「なあ、あんたギルド長だろ?ちょっと相談があるんだ」
クトーはいつもの営業スマイルに切りかえて、いつもの文言を答える。
「はい、ご要件をお伺いします。」
今日もギルドハウスは営業中です。
ちょっとギルド周りの掘り下げが甘かったんで2話ではちゃんとやる予定です。まだ見捨てないでください。何卒。