小説断章:「白煙の向こう」
荒野を灼く熱気と焦げた金属の臭いが、地表を這うように漂っていた。
味沢誠一は、機銃掃射の合間を縫って転がりながら、コンテナのそばに身を寄せた。アルミ合金の外装はひしゃげていたが、ロックはまだ外せる。
「開け……!」
指に力を込めてレバーをこじ開けると、内部のウレタンが切断された破片とともに露出した。中に納められていたのは、FIM-92改修型──携行式赤外線誘導ミサイル。訓練で触れた模擬型の記憶が、断片的に蘇る。
彼はすぐさま、緑色の発射筒を引きずり出して肩に担ぎ上げた。重さは約10キロ。緊張で手が震える。だが目の前の空に、敵のAH-64アパッチが鋭い軌道で旋回していた。
「照準器、展開……IFFアンテナ、引き出し……」
動作のひとつひとつを自分に言い聞かせるように呟きながら、折りたたまれていた照準器を立ち上げ、IFFスリットアンテナを引き出した。
だが、照準スコープのレディーランプは暗いままだった。
「……なぜだ?」
焦りが脳を焼く。
彼は再びコンテナへ戻り、内部をかき回すように探った。そして、手に取ったのはミルク缶ほどのサイズのシルバーのボンベだった。
「冷却……そうだ、赤外線センサの冷却ボンベ……!」
走って戻り、グリップ前部の冷却ユニットにガス缶をねじ込んだ。
プシュ……という音とともに、冷却剤が流れ始め、赤外線シーカのセンサが活性化していくのを感じた。銃声も、爆音も、一瞬だけ遠のいたような錯覚があった。
……点灯。
レディーランプが光った。
味沢は呼吸を止めた。目の前のスコープ越しに、アパッチの胴体後部──ガスタービン排気口が炎のような熱源として揺らめいていた。
「IFF信号、送信……」
ボタンを押す。IFF波はアンテナから放たれたが、応答はない。敵であることが確定した。
親指でシーカーのアームスイッチを跳ね上げた。
スコープ内に警告灯は表示されない。代わりに、緑色のサインが滲む。
「シーカ、ロック……!」
だが、次の瞬間、アパッチが鋭角に旋回を開始した。排気口が視野から外れ、ロックオンは一瞬で解除された。
「ちくしょう……!」
味沢は身を低くし、隣の掩体壕へと全力で駆け込んだ。背後から、砂と火と音が空を引き裂いた。20ミリ機関砲が、乾いた土壌を砕く。地面はまるで生き物のようにうねり、衝撃波が腹に響いた。
飛び込んだ瞬間、土嚢が爆ぜた。砕けた布と土塊が味沢の顔をかすめ、スコープのレンズに砂が舞い上がった。
……耳鳴り。
だが生きていた。
壕の底で、彼は深く呼吸を整えた。
「まだ……終わってない」
ローター音が遠ざかっていく。
敵は離脱ではない、旋回して戻ってくるつもりだ。間合いを見ている──次のストレイフ(掃射)を狙っている。
そのときだった。
味沢は立ち上がった。
照準器を再度展開、弾頭の赤外線センサを冷却中であることを確認。
レティクルの中心に、今まさに旋回して再侵入を始めたアパッチが映った。
排気ノズルが再び視野に入った瞬間——
「ロック、完了……発射!」
トリガーを引いた。
発射筒が震え、細い反動とともにミサイルが射出される。キャップが飛び、方向安定板が展開する。
そのまま、5メートル前方でロケットモーターが点火され、白煙を引いてヘリに向かって加速した。
白い線が空を裂いた。
「──お願いだ、届いてくれ……」
味沢の瞳に、追尾中のミサイルが映った。
アパッチが回避機動を取る。スラストを一瞬切り、側面へ回頭。だが遅い。
ミサイルは熱源を逃さず、追尾を継続していた。
そして、そのままアパッチの尾部に命中——
閃光。
爆風が巻き起こり、機体は回転しながら燃え、空へ消えた。
遅れて到達する爆音が、味沢の鼓膜を打った。
彼はしばらく立ち尽くしていた。照準器を下ろし、ゆっくりと地面に腰を下ろした。
「……やった、のか……」
だが、周囲はまだ静かではなかった。
空にはもう一機、翼を滑らせるように現れた影があった。
次の戦いが、始まろうとしていた。