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第5章「暴かれた戦場」



それは静かに、だが確実に始まった。


午前06時03分。ロンドンBBCニュースセンターの専属アナリストが、一通の匿名送信ファイルを受信した。容量は2.8GB。中身は暗号化されていたが、専用復号キーが添付されていた。復元された動画ファイルは、A10による爆撃映像、田口隆志の死亡映像、病院区画における非武装民間人との接触、さらに深見分隊の記録装置による作戦中の全データだった。


その6分後、ニューヨークのCNN編集室にも同様のパケットが届いた。


8分後、NHK、アルジャジーラ、ル・モンド、南ドイツ新聞、シンガポール・ストレーツ・タイムズなど、世界中の主要報道機関がこの"資料"に同時アクセスした。


画面には、焼け焦げたスクールバス、死体となった子ども、血のついたボディカメラの視点、誤爆座標と軍の管制ログの一致記録、そして何より──兵士たちが"撃たなかった"瞬間。


それは、戦場における最後の倫理の記録だった。



同日、東京・永田町。

防衛省記者クラブには報道関係者が詰めかけていた。

記者たちはマイクを突き出し、閣僚を詰め寄る。


「田口陸曹の死は“作戦行動中の事故”とされていましたが、今回流出した映像では誤爆との整合性が取れています。事実ですか?」


「爆撃指令に日本側が関与していたという指摘もありますが?」


「動画内に記録された、民間人と思われる少女の映像は戦争犯罪に抵触するのでは?」


防衛大臣・鳴海俊文は、答えなかった。答えられなかった。背後で動いているのが誰か──彼は知っていた。


午後、防衛省から公式声明が発表された。


『当該映像に関しては現在調査中であり、精査の結果を待って正式な立場を表明する予定です。なお、部隊行動においては国際法を遵守し、戦時倫理規範に基づいて遂行されていると認識しております』


だが、ネット上では既に数百万人が映像を視聴していた。

SNSでは#田口の死を無駄にするな、#撃たなかった兵士たち、#スクールバス爆撃が世界のトレンドを独占し、パリでは即座に1万人規模のデモが発生。米軍の施設前では赤い手形が壁に多数貼られ、報復と糾弾の声が高まっていった。



ナジャリフ旧通信所。

深見は送信完了の報を聞く前に意識を失っていた。右肩を撃ち抜かれ、血が止まらなかった。


杉山が圧迫止血を試み、水島は無言で自動小銃の引き金を引き続けた。次々と迫る無人索敵車とドローンを撃ち落としながら、彼は息が荒れていた。


「深見はまだ生きてる。斉藤、機器壊すなよ。ここに証拠が残る」


「わかってる……くそっ、あのIFV、また来るぞ!」


車両の陰に身をひそめた野間が叫ぶ。「誰か、深見担げ! ここにいても全滅だ!」


退路はなかった。だが、奇跡のように、その時、攻撃が止んだ。

米軍の無人兵器が一斉に“沈黙”した。

無線周波数に、AWACSからの回収命令が走ったのだ。


それは「全世界報道」による最初の波紋だった。

作戦停止命令。記録調査命令。メディア対策命令。

米国防総省は、最悪のシナリオ──兵士による内部告発──を想定し、機械化部隊を回収に入らせた。


結果、深見分隊は“捕縛”された。

死者は出なかった。


だが、その沈黙は、無数の言葉に変わって世界中へ広がっていた。



タイラー・バージェスは、ジュネーブの国連報道センターにいた。

顔はやつれていたが、目は生きていた。


彼は世界記者連盟の席で演説をした。


「私は一人の兵士から、映像を託されました。彼はこう言いました。『これが俺たちの真実だ。国家の論理でも正義の看板でもない、血の中でしか見つけられない倫理が、ここにある』と」


会場は静まり返っていた。

彼はスクリーンに、最後のカットを映した。


──田口が息を引き取る直前、深見が差し出した母親の写真。


画面が暗転し、タイラーは静かに告げた。


「この写真は、彼の希望でした。死にゆく中でも、人を信じる最後の記憶。私たちは、それを記録し、語り継がなければならない」



分隊の末路は記録に残されなかった。

深見は転属の名目で極秘施設に移送され、杉山、水島、野間、斉藤もそれぞれ違う部隊へ分散された。

表向き、彼らは“存在しない”扱いとなった。


だが、世界中の壁やネットには今もその名が残る。


田口隆志──犠牲者。

深見誠──証言者。

そして、撃たなかった兵士たち。


この戦争は終わっていなかった。


ただ、世界はようやく「戦場の輪郭」に目を向け始めていた。



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