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小説断章『Echo 9、降下せよ』


――2026年10月15日 東ウクライナ戦域上空・夜間

HH-60W“Jolly Green II”、通称ヴァルチャー・シックスは、高度わずか60メートルでドネツク東方の暗黒空域を飛行していた。照明のない野原と崩壊した工場群の上空を、まるで空気に溶けるように滑空する。ミリ波レーダーが刻々と変化する地形をトレースし、地形追従フライトを補佐する。


機内には、重い沈黙と機械音だけが満ちていた。


「コールサインVALIANT-1、信号更新。北東1.7キロ。ハンドオフ、三角測量完了。データ精度、レベル3」


後部座席の電子戦士官、スコット少尉が声を落として報告する。彼の前のMFDには、F-16CJが昨日撃墜された地点から移動したパイロットのビーコン信号が表示されていた。


彼はまだ生きていた。


「Echo-9に切り替え。LZ(着陸ゾーン)確保優先。対空脅威情報は?」


「Pantsir位置、9キロ後退済。敵空挺小隊の移動中。推定4分で接触可能距離」


操縦桿を握るダニエル中佐は、短く返事をし、ペダルを踏んだ。右旋回、僅かに高度を落とす。ローター音は極限まで絞られている。HH-60Wの新設計ローターは騒音低減仕様だ。敵の赤外線スキャナーに見つかるリスクを最小限にする。


――VALIANT-1、潜伏中

その頃、地上では。


「こちらVALIANT-1。救難ビーコン、残電力15%。手信号使用可。負傷中、移動困難」


パイロット、ブランドン・ノール中尉は倒木の影に身を潜めていた。脱出から30時間以上が経過していた。水は3時間前に尽き、右脚は着地時にひねって骨にヒビが入っている。だが、敵には捕まっていない。それがすべてだった。


彼の左手にはPRQ-9 個人用救難ビーコン。自動で暗号信号を送信し、サテライト経由でHH-60Wに追尾されていた。信号を過度に出せば、ロシアの電子戦部隊に探知される。生き残るための唯一の鍵が、自身を“見つけてもらいすぎない”ことだった。


――敵の電子戦

上空では通信環境が激しく乱れていた。


「CROWNET断線。帯域幅が潰されてます。ジャミング源、マカロフ村から。移動型ジャマーかと」


「オフラインモード移行。Echo-9アプローチ、3分。火器準備、フレア優先設定。DIRCM、起動状態維持」


副操縦士のカミーラ少尉が手順を淡々と実行する。赤外線ミサイル迎撃のための赤外線妨害装置が作動状態に入る。システムには2秒以内の自動応答能力が求められていた。MANPADSとの戦いは1秒単位だ。


「PJ、降下準備」


後部で救難員2名が立ち上がる。グレッグ軍曹とレイノルズ伍長。どちらも**空軍パラレスキュー部隊(PJ)**のエリートだ。


「VALIANT-1の位置、100メートル範囲まで収束。降下ポイント、LZ-CHARLIE指定」


「了解。接敵時間5分、負傷者回収想定8分、再上昇4分」


全員がヘルメット越しにうなずいた。


――戦闘勃発と被弾

着陸予定の草地に差し掛かると同時に、ミサイル警報が鳴った。


ピピピピッ――!!


「IRロック!2発!左斜め後方!」


「フレア!!急上昇回避!」


機体がきしみながら急上昇。左へ回避旋回しながら、赤外線フレアを全展開。1発目のミサイルは熱源に吸い寄せられて地面で爆発、2発目はローター上空をすれ違い、夜の空に消えた。


「弾道追尾、断線!生きてるぞ、続行!」


揺れながらも、ヴァルチャー・シックスは再びLZへアプローチ。高度3メートルでホバリングを維持し、PJが滑るように降下する。


――接触と回収

グレッグ軍曹が地面を蹴った瞬間、耳に通信が入った。


「こちらVALIANT-1、煙弾発射。視認願う!」


視界の奥に、低く立ちのぼる熱煙が見えた。ホットスモーク、戦場用の煙弾だ。IRセンサーにも映る。


「位置確認、接近します!」


ノール中尉は倒れそうになりながら立ち上がると、後ろから軍服を引っ張る感覚があった。


「よく耐えたな、中尉。帰るぞ」


グレッグの声は静かだった。誰かを回収するというより、もう一人の“戦友”を迎えに来た、という雰囲気だった。


2分後、ノールを担架に固定し、PJが引き返す途中、遠くで爆発音が響いた。


「敵装甲車!距離600、BPM-2!」


「離脱急げ!M134、援護頼む!」


右舷のミニガンがうなりを上げた。1分間3000発の7.62mm弾が夜の闇を引き裂く。火花のカーテンが敵歩兵部隊の進撃を遮った。


――脱出

ヴァルチャー・シックスが再上昇。燃料はすでに限界域。機体の右側パネルには破片痕、後部の着陸脚は接地時に損傷している。


「照準管制レーダー波照射!おそらくZSU-23照準器!」


「ジグザグ回避航路!衛星通信再確立、帰還経路開放を!」


頭上の空は黒いままだったが、地平線の向こうにかすかに**補給拠点“エコー99”**のビーコンが点滅していた。


「VALIANT-1回収成功、味方損失なし。これより帰還する。座標、E99へ」


ダニエル中佐の声には疲労の色があったが、それは戦場の尊厳だった。


――作戦後:静かな報告

戦術オペレーションセンター(TOC)のホワイトボードに、赤で書かれたミッションコードが消される。


「回収完了。生還率100%」


誰かがつぶやいた。


その夜、ダニエルは誰にも知られずに、ログブックの余白にこう書いた。


「戦争の中で唯一、命を救うために戦う。それが我々の戦場だ。」

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