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第4章「沈黙の通信」



風が変わった。砂混じりの熱風がナジャリフの夜の街を切り裂くように吹き抜ける。


第3分隊は、病院区画での作戦完了後、臨時宿営地に後退していた。だが、その夜、深見は眠れなかった。田口のボディカム映像、学校跡の遺体、病院で出会った少女の瞳。すべてが重なり、彼の胸に冷たい塊となって残っていた。


斉藤が焚き火の前で缶コーヒーをすすりながら言った。

「明日、再配置の命令が出てる。俺たちの分隊、今度は東部の補給路の護衛だとさ」


「それ、名目だけだろ」野間が割って入った。「俺たち、監視されてる。見たか? 昨日から宿営地の外に、米軍の車両が張りついてる。装甲兵員輸送車、ライトもつけずに動いてた」


「タイラーは?」深見が問いかけた。


野間は首を横に振った。「戻ってきてない。あの後、無線が一度つながったけど、すぐにノイズで切れた。あの人……やられたかもしれない」


水島が火の揺らぎを見つめながらぼそりと呟いた。

「知りすぎた者は、いずれ口を閉じられる。なあ、深見。あんた、まだ記録持ってるんだろ」


深見は無言で頷いた。


ボディカム、位置記録、誤爆時刻と管制データの照合情報、そして病院で“引き金を引かなかった”記録映像。すべてが、戦場の矛盾を浮かび上がらせる。


「これを世に出せば、おそらく俺たちは消される」深見の声は低かった。「でも、黙っていたら田口の死も、あの子たちの死も、なかったことになる」


「どうやって?」杉山が顔を上げた。「情報は全部遮断されてる。無線は米軍管理下、基地回線は監視されてる。タイラーですら危なかった」


「一つ方法がある」

深見は背嚢から、小さな黒い筐体を取り出した。それは旧式のアナログ通信機──衛星中継にもネットワークにも接続されていない、完全独立型の軍用波長トランスミッタだった。


「これなら、VHF帯で中継基地の外から直接送れる。だが場所は限定される。北東の山岳地帯に、旧通信所の残骸がある。地図上では廃止済みだが、送信設備だけは生きているはずだ」


「片道12キロ。米軍の補給線と重なる。監視も多い」斉藤が即座に言った。


「行くのは俺だけでいい」深見が立ち上がる。「皆には関係ない。これは俺の判断だ」


だが誰もその言葉に同意しなかった。

野間が立ち上がる。「あんたの責任だなんて、勝手な話だ。田口は俺たちの仲間だった」


杉山も、わずかに口元を動かした。「俺も、黙っていられない」


水島が笑った。「だから言ったろ。しゃべらないやつから先に運が逃げる。俺も行く。死ぬなら騒ぎながら死ぬさ」


斉藤が深見を見た。「全員で行く。分隊は、命令がなくても、こういう時に割れるようじゃ終わりだ」


深見はゆっくり頷いた。


「明朝0400、発つ」



その夜。


タイラー・バージェスは逃げていた。銃声の残響、フラッシュバンの閃光、頭上で飛び交う光跡。

彼は取材拠点から300メートル先の廃ビルに身を隠し、肺を焼くような息を吐きながら、血塗れのジャケットを脱ぎ捨てた。


背中のバックパックには、映像と記録データが詰まっている。ボディカムの記録、座標ログ、そして深見から受け取った非公開作戦記録。


誰が漏らしたのか。

彼が収容されていた米軍の記者向け宿営棟は完全に封鎖されていた。深夜1時過ぎ、突然消灯。3分後、突入。追手の装備は明らかに特殊部隊系、識別章は剥がされていた。


──これは報道機関への警告ではない。処理だ。


タイラーは廃墟の隅で通信端末を取り出した。だが、回線は全て妨害されていた。


「クソ……」


彼は最後の手段として、GPSデータに基づいた“オートトリガー送信”を起動した。指定位置に到達すれば、自動で世界中の複数の報道機関にデータが転送される。


だがその座標は、深見たちが向かおうとしている旧通信所と一致していた。



翌朝0400。

第3分隊は出発した。

身を隠しながら、補給線を避け、山岳地帯へと進む。

途中、監視ドローンを二度回避し、無人索敵車を緊急撃破。

全員、無言だった。彼らが背負っているものが、国家の論理ではなく“戦場の真実”であることを、それぞれの胸に確信していた。


やがて旧通信所が見えてきた。

赤茶けたコンクリートの塔と、草に埋もれたパラボラアンテナ。

深見が機器を接続する。


「30秒で送れる……。暗号化、波長指定、データ圧縮完了……送るぞ」


だが、その時だった。

谷の向こうに、砂煙が上がった。

米軍のIFV。後続には無人機の飛行音。


「接敵まで2分。援護する」斉藤が銃を構える。


「送信を最優先しろ」深見が叫ぶ。


野間、水島、杉山が周囲に展開し、照準を定める。


砲火が始まった。


深見は送信ボタンを押し込む。


回線点灯。点滅。転送進行中──34%、56%、78%……


──バンッ!


肩に衝撃。深見がよろめく。


「深見ッ!!」


だが彼は離さなかった。血で滑る手で、最後の確認ボタンを叩きつけた。


──100%。送信完了。


その瞬間、電波塔の上に、薄い青い光が走った。


それは、沈黙を破る“通信”だった。



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