スカンクワークスの囁き 第1章:防衛省の深奥と見えない壁
潮風がまだ遠い東京・市ヶ谷の空は、分厚い梅雨雲に覆われていた。しかし、日本の防衛の中枢たる防衛省庁舎A棟の内部は、その重苦しい天候とは裏腹に、熱気を帯びていた。高さ87メートル、地下4階、地上19階建てという巨大な威容を誇るこの建物は、まさに日本の安全保障の要塞だ。最上階のツイン型ビルを架橋した構造と、屋上の大型ヘリポートは、その機能性を象徴している。しかし、この強固な要塞の中では、日本の国防を巡る終わりのない議論が、常に理想と現実の狭間で揺れ動いていた。特に、防衛装備品の調達は、国家の安全保障、経済、そして外交が複雑に絡み合う、一筋縄ではいかない問題だった。
防衛大臣室。東京湾からの湿った空気が、高層ビルの窓越しに微かに感じられる。防衛大臣、藤原 健一は、机上の書類の山に目を落としていた。彼の向かいには、冷静沈着な防衛次官、松田 秀樹が座っている。この日もまた、日本の防衛産業が抱える根深い課題、すなわち防衛装備品調達に関する議論が繰り広げられていた。
藤原は、強い信念を込めて口を開いた。「防衛関連の調達は、可能な限り自国企業でやるべきです。」彼の声には、日本の技術力と産業を守り、発展させたいという強い意志がにじみ出ていた。自国で兵器を開発・製造できる能力は、国家の真の独立性を保証する、と彼は信じていた。
しかし、松田は、現実的な視点からその理想に冷静な水を差す。「もちろん、すべて自国調達というのは現実的ではないでしょう。自国で開発製造できない部門もありますし、生産量が少ない物は必然的に高くつきます。だからといって、単に完成品を輸入してしまうのは極めて危険です。」
その言葉に、藤原は深く頷いた。彼の懸念は、コストや産業振興だけにとどまらない。彼は、海外依存がもたらす致命的なリスクを熟知していた。「自国の企業にまったくカネが落ちないという下世話な話しだけではありません。納入後の保守やサポート、スペアパーツの供給まで、納入元の国や企業に振り回されてしまう。なによりも怖いのは、外交関係の変化や政治情勢の変動で輸入元との国交が断絶してしまうと、その国から輸入した装備が軒並み使用できなくなってしまうことです。実際に国際的にはあることで、革命後のイランでは、革命前に輸入していた米国製の兵器がスペアパーツ欠乏で稼働不能となったケースが典型的です。」藤原の言葉は、過去の事例に裏打ちされた、強い危機感を帯びていた。
そこへ、官房長官の西村 聡が入室してきた。彼もまた、この重要な議論に加わる。
「実際は、軍の装備調達に自国の企業を関与させる方法が、どういった方法があるのか、具体的に教えてもらえますか。」西村は、直接的な解決策を求めるように質問した。
藤原は、資料を指しながら説明する。「大きく分けて三つございます。」彼は、日本の防衛装備品調達の基本パターンを解説した。
「一つは、オリジナルメーカーが輸入元の国の企業と合弁企業を設立し、そこを主契約者とする方法です。これは、技術移転の度合いが高く、共同開発に近い形と言えます。」
「もう一つは、輸入元の企業を主契約者とするが、オリジナルメーカーはコンポーネントだけを供給して、最終組立は現地でおこなうという方法。これは、比較的新しい形と言えるでしょう。F-35の日本での生産も、この方式に近くなります。」
「そして、最後の一つは、我が国で今までとられていた方式ですが、輸入元の企業でライセンス生産をおこなうという方法でございます。」
松田が、そのライセンス生産の難しさを補足した。「ただ、ライセンス生産でおこなう場合、コンポーネントの中で生産も輸出も認められないコンポーネントが発生する場合があります。それについては独自開発しなければなりません。かつて航空自衛隊のF-15をライセンス生産したとき、電子装置に関しては米国政府より生産も輸出も認められなかったため、独自開発した経緯があります。」彼は、過去の苦い経験を口にした。それは、国産化の道が、決して平坦ではないことを物語っていた。
西村は、興味深げに質問を続ける。「我が国ではライセンス生産のケースが多いのか。」彼の質問は、日本の防衛産業がこれまで辿ってきた道を、改めて確認しようとするものだった。
この議論の傍らで、日本の国防を巡る具体的な動きが始まっていた。防衛省庁舎D棟の2階、航空機第2課回転翼室の前の扉には、一枚の大きな入札公告が張り出されていた。
それは、「平成25年度航空機等(回転翼)の契約希望者募集要項。装備施設本部公示第42号平成25年4月23日。支出負担行為担当官防衛省装備施設本部長 岡崎 新」と記されていた。
その下に続く別表には、具体的な調達内容が簡潔に記されている。
「品目:無人偵察機システム」
「要求元:陸自」
「資料の提出期限:平成25年10月24日」
「仕様書番号:GS-C645381」
「秘密保全:必要」
「無人偵察機システム」。その簡潔な名称の裏には、現代の戦争における情報収集の重要性と、日本の防衛戦略における新たな展開が暗示されていた。この入札は、日本の防衛装備品調達における「秘密保全」の厳格さと、国際的な競争の激しさを象徴する、新たな戦いの始まりだった。
そして、この「無人偵察機システム」の入札には、当然のように世界の軍需産業のトップに君臨するロッキード・マーチン社の影がちらついていた。1995年に米ロッキード社とマーチン・マリエッタ社が合併して誕生したこの巨大企業は、メリーランド州ベセスダに本社を置き、全世界に14万人もの従業員を抱える。2012年には総収益が400億ドルを超え、軍事部門だけでも350億ドルの収益を稼ぎ出している。世界の軍需産業の売り上げランキングでは不動の1位であり、2位のボーイング社を大きく引き離している。F-22やF-35といった傑作ステルス戦闘機の開発製造を手掛け、その「スカンクワークス」と呼ばれる極秘先進技術設計チームは、常に世界の軍事技術をリードしてきた。この「巨人」の存在は、日本の自国調達の理想が直面する、厳しく巨大な壁を暗示していた。
日本の国防を語る上で避けて通れない、もう一つの見えない壁が存在する。東京の空を覆う、広大な「横田進入管制区」、通称「横田空域」だ。1都8県に及ぶこの空域の航空管制は、米軍の横田基地で行われている。横田ラプコンと呼ばれるこの空域は米空軍の管制下にあり、民間航空機であっても当該空域を飛行する場合は米軍による航空管制を受けなければならない。事前協議制で手続きが煩雑なため、羽田を発着する民間航空機は同空域を避けるルートで飛行している。この迂回飛行や急上昇のために、日本の民間航空会社は年間50億円以上の余分な燃料を消費しているという。
横田基地へのジェット燃料輸送も、独特な方法で行われている。JR鶴見線安善駅に隣接する米軍鶴見貯油施設より、JR南武線を経由して運行される専門貨物列車、通称「米たん」により、1日1往復で輸送されているのだ。米軍輸送隊が日本石油より借り受けている貨車には、「JP-8」と車体に燃料種別が記載されていた。この横田空域の存在は、日本の防衛が、単なる自国の意思だけでなく、日米安保条約下での米軍の強い影響力という地政学的な制約の中に置かれていることを明確に示唆していた。無人偵察機システムの運用も、この空域の制約を避けては通れないだろう。
東京湾に面した「お台場」は、華やかな観光地としての顔を持つ一方で、日本の国防と情報戦略にとって重要な意味を持つ場所でもあった。防衛省から近いこのエリアは、様々な顔を持つ。
夕暮れ時、レインボーブリッジがライトアップされ、東京湾にその優美なシルエットを映し出す。東京都港区の芝浦とお台場を結ぶこの吊り橋は、橋長798メートル。正式名称は首都高速11号台場線、通称「東京湾連絡橋」だ。上下2層構造になっており、上層は首都高速11号台場線、下層は中央部に新交通システムゆりかもめ、その両側に一般道路が通っている。
ゆりかもめ台場駅を降りると、ホテル日航東京を抜け、お台場のシンボルである和製自由の女神像が見えてくる。右手には巨大な商業施設、アクアシティお台場が広がる。新橋駅から電車ゆりかもめで台場駅までわずか15分。水上バスもあり、JR浜松町駅南口から徒歩8分の日の出桟橋から水上バスで20分でお台場海浜公園に着く。アクセスは非常に良い。
しかし、お台場は観光客が知る顔だけではない。
パレットタウンは、台場駅にあるアクアシティやフジテレビ側とは、センタープロムナードを挟んでちょうど反対側にある。水上バスの乗船乗り場のすぐ北側だ。高さ115メートルの大観覧車がシンボルで、64台のゴンドラが約15分で1回転する。
さらに奥地へと進むと、テレコムセンターが見えてくる。東京都江東区青梅にある東京テレポートセンターが所有するビルだ。過去には東京メトロポリタンテレビ(TOKYO MX)の本社があり、東京にニュースや情報番組を発信していたが、今は廃局となっている。しかし、その機能は失われていない。現在は、高度な耐震、無停電の設備を有していることから、データセンターとしての役割に移行しつつある。また屋上のパラボラ群を使って、ソフトバンクテレコムがテレビの衛星中継の地上局として利用しており、衛星通信の世界ではひとつの大きな拠点となっている。地上21階の展望台からは、お台場一帯と東京ベイが一望でき、北側はレインボーブリッジやフジテレビ社屋、また屋上に設置された直径7メートル級のパラボラアンテナがサイトに10基以上設置されているのが見える。
そして、フジテレビ本社屋の西側にあるウエストプロムナードを左へまっすぐ進み、ウエストパークブリッジを渡ると、シンボルプロムナード公園を抜けて左側にフジテレビ湾岸スタジオがある。地下1階地上7階、延べ床面積7万平方メートルという広大な施設だ。
さらに東へと足を伸ばせば、東京ビッグサイトがある。りんかい線で国際展示場前駅下車、ゆりかもめで国際展示場正門前駅で下車、ともに徒歩5分。羽田空港からはリムジンバスで約25分、成田からは約1時間と、交通の便も非常に良い。海上からも水上バスで日の出桟橋から有明客船ターミナルまで約25分でアクセスできる。逆ピラミッドを4つ並べたようなランドマーク的な会議棟、1000人収容の国際会議場をはじめ、大小22の会議室、レセプションホールがあり、さまざまな規模の会議やレセプションが行われる。日本最大のコンベンション施設である東京ビッグサイトは、会議棟のほか、東展示棟と西展示棟で構成されている。東展示棟には90メートル四方の展示室が6つ配置され、総面積8万平方メートル。西棟には吹き抜けのアトリウムを有する3つの屋内展示場と同規模の屋外展示場が隣接している。会議棟の7階には1000名収容の国際会議場がある。
お台場は、観光地としての華やかさの裏で、高度な情報通信インフラや、大規模なコンベンション施設、さらには災害対策の拠点ともなり得るデータセンターが集中する、東京の「情報・ビジネス・防衛の要衝」であるという側面が強調される。無人偵察機システムのような先端技術の調達・運用に関わる施設や会議が、こうした場所で行われる可能性を暗示していた。
この日、藤原防衛大臣、松田防衛次官、そして西村官房長官の議論は、無人偵察機システムという具体的な案件を前に、日本の防衛装備品調達が抱える複雑な構造を改めて浮き彫りにした。国産化の理想と、ロッキード・マーチンに代表される国際的な巨人たちの存在。横田空域に象徴される米軍の強力な影響力。そして、お台場のような情報インフラの重要性。これらすべてが絡み合い、日本の安全保障政策は、まるで巨大な螺旋階段を上るかのように、終わりのない挑戦を続けている。無人偵察機システムを巡る水面下の攻防が、これから本格的に始まる。




