⑥ 断たれた帰還路 ――補給遮断・衛生班壊滅・絶望的防衛戦
1 補給隊列の沈黙
それは、午後1400を過ぎたころだった。
前線に一度だけ入り込んだ補給トラックが、次の便を残して音信を絶った。
「第4分隊より報告。後方約5km地点で輸送車列が対戦車地雷とI型即席爆弾で壊滅」
「爆薬は道路脇の枯草帯に埋設。車列の3台中2台が爆破、最後尾が逃走中」
衛星通信経由で送られたドローン映像には、ぺしゃんこに潰れたトラックの車体が写っていた。
弾薬と食料を積載したコンテナが爆風で散乱し、天井の骨組みが焔を上げている。
「弾薬……無傷で残ってるものは?」
「確認不能です。道路一帯に地雷が再設置されている模様」
沈黙が中隊指揮所を包んだ。
キリー大尉は、椅子に座ったまま冷静に言った。
「今夜は、再補給は不可能だ。現地残存物資で持ちこたえる他はない」
補給軍曹が懐中のメモを取り出した。
「弾薬、M16マガジンで言えば一人あたり3本以下。SAW弾帯は1〜2。RPG対抗手段ゼロ、投擲可能な手榴弾は分隊に3個」
「食料と水は?」
「1.5日分。だが、塹壕掘削と夜間監視での消耗で、1日以内に尽きます」
兵士たちは黙った。
誰も空腹を口にしなかった。
「ここを抜けるまで、食う必要はない」
そんな空気だけが、逆に胃袋を痛ませた。
2 壊れた医療体制
その日、もっとも重い打撃は“補給”ではなかった。
衛生班が撃破された。
マーシー上等兵の再出血により、急ぎ設置された野戦医療所(テント型)に、医療兵と負傷者計4名が収容されていた。
そこへ、遠隔起爆による迫撃砲弾が着弾した。
防御設備はなかった。
ただの白い布地に、赤十字。
それが、敵の照準となった。
「衛生兵が……っ、やられた。輸液が破裂して、血と生理食塩水が混ざってる。わからない、どれが生きてるんだ」
ライスが駆けつけたとき、テントは骨組みだけが燃え残っていた。
片腕が欠損し、上体だけで呻いていた医療兵が、「敵はあえて医療所を狙った」と言い残して絶命した。
「これは破壊じゃない。心理戦だ」
スコットはうめいた。
「我々に、“仲間を救う力がない”と思い知らせる攻撃だ」
その晩以降、負傷者は“数値”としてしか管理されなくなった。
包帯を替える者も、経口補水する者もいない。
歩ける者だけが“戦力”だった。
3 撤退できない部隊
深夜。
スコットは中隊に進言した。
「このままこの市街に留まることは不可能です。部隊は疲弊し、補給も、医療も絶たれました」
だが、答えは否定だった。
「ここを放棄すれば、丘陵一帯の支配線が崩壊する。後続の戦車大隊が展開する足場が失われる。」
「犠牲を払ってでも、ここに“存在”し続けろ」
命令だった。
だが、“存在し続ける”とはどういうことだろう?
動けない仲間の脇に、泥水を含んだ毛布をかぶせ、塹壕に銃を据えることだろうか?
死臭を含んだ地下室で、冷えた缶詰を分け合うことだろうか?
フランクが、誰にも聞こえないように呟いた。
「……死なないこと。それが、“ここにいる”ということか」
4 歩けない者の運命
翌朝、霧が晴れた。
だが空は曇り、気温はさらに下がった。
スコットは、負傷者リストを前に沈黙していた。
・マーシー(脊髄損傷・不動)
・通信兵アレン(肺損傷・酸素不足)
・狙撃兵ジョン(両脚骨折)
・医療兵アンダーソン(失明)
全員、自力では移動不能。
だが――「全員、ここを離れることになる」と指示が下った。
「誰が担ぐ?」
「もう担げる兵は残っていない」
「なら、どうする」
「置いていく」
誰かがはっきりそう言った。
一人は「違う」と否定した。
もう一人は「今、死ぬより、あとで死ぬ方がマシだろ」と答えた。
結局、4名の負傷者のうち、担げるのは1名だけと判断された。
後は――“武器と水をそばに置き、塹壕にカモネットを張って隠す”という“応急措置”が施された。
それが、「戦場の慈悲」だった。
出発直前、ライスはマーシーの前でひざまずいた。
「すまん……すまん」
返事はなかった。意識はないのか、それとも、もう無いのか。
ただ、マーシーの指は、わずかに銃床に触れていた。
5 消える帰還路
部隊は出発した。
帰還ではなかった。“再配置”だった。
山間の尾根沿いに、次の戦域へ徒歩で移動するよう命令された。
装甲車両も、燃料不足と地雷帯の影響で投入不可。
この戦争に、“帰る”という選択肢はなかった。
誰かが言った。
「これが帰還か?」
誰かが笑った。
「違う。これは“逃げ場所を失った進軍”だ」
そして誰も、それを否定しなかった。




