⑤ 燃える地中 ――逆襲、火炎、地下トンネル網との死闘
1 崩壊する静寂
午前0430。霧は完全に地表を覆っていた。
分隊は廃屋を基点に三方向の防御線を維持していたが、そのうち南東側の塹壕から、突如信号弾が上がった。
赤。至近の接敵を示す非常信号である。
スコット軍曹は瞬時に無線を取った。
「セクター3、何があった」
返答はなかった。
塹壕に詰めていたのは、予備班の2名――その直後、濃霧の奥から爆音と炎が噴き出した。
「火炎放射器……っ!?」
泥の中を這うように戻ってきた兵士が叫んだ。
「地面が崩れた! 地下から奴らが這い出してきたんだ!」
状況把握はわずか15秒で完了した。
フランクが照明弾を撃ち上げる。
緑の閃光が地面を照らし、その光の下、土嚢の背後から泥にまみれた兵士の影が湧くように現れた。
敵のトンネル戦闘部隊――“地下工作班”が、夜の間に接近し、塹壕下を掘り進んでいたのだ。
2 トンネル戦術の恐怖
ベトナム戦争時のクチ・トンネルを思わせる“蟻の巣型戦術”が、最新の土木機器と工兵部隊によって再構築されていた。
敵は狭い地下通路を用いて側背面から這い出し、突如火炎・短距離爆弾・焼夷グレネードで攻撃してくる。
日本軍の山岳部隊や特殊工作員が、土木技術と地形の完全な理解をもって設計した地下戦闘網だった。
塹壕脇で倒れていた兵士の口からは、すすけた黒い泡が吹き出ていた。
呼吸器が焼かれている。火炎混合剤――たぶんテルミット系が含まれていた。
スコットは全分隊へ号令した。
「全員、塹壕を一時放棄。前面火力を集約、煙幕の中に迫撃榴弾を散布! 反対斜面へ転移!」
ライスはテイラーとともに、廃屋の床板を剥がして投入口を確保した。
「地下だ……やつらは床下からも出てくる!」
その直後、床下の薄暗がりから閃光と爆音。
Claymoreに似た近接即発爆弾が仕掛けられていた。
廃屋が火を噴いた。
柱が倒れ、屋根が崩れ落ちる。爆炎が夜気を焼き尽くし、3人の兵士が外壁ごと吹き飛ばされた。
3 地下突入戦
「このままでは市街地の制圧そのものが危うい」
中隊からの無線は、地中戦への対応が急務であると通告してきた。
「地下トンネルの封鎖部隊を即時編成せよ」
「M203に焼夷弾装填。サーチライト装備。狭所用短銃を持て」
ライスを隊長とする突入班が即時編成され、廃屋裏の崩壊孔から地下通路へ突入。
トンネルの幅はわずか90cm。しゃがみ歩行もままならない。空気は湿って腐臭が強い。
頭上には電線が這い、通信設備と監視カメラが張られていた。
「敵は複数系統の通路から侵入し、ピットと呼ばれる交差部に武装兵を待機させている」
スコットは地形図と音響探知データから地中ネットワークの交差点を特定し、そこを制圧目標に設定した。
交戦距離は5メートル以下。音も、煙も、悲鳴も逃げ場がない。
前方で、爆音と共に火花。
敵が先にトラップを起爆させた。横穴から飛び出した兵が火炎混合剤を撒き散らす。
テイラーが先に撃った。焼夷弾が狭所で着火、酸素が一気に燃え尽き、火球が通路を舐めるように爆ぜた。
敵兵の悲鳴が一瞬だけ響き、そして静かになった。
「酸素が、足りない……」
後続の隊員が口を押さえて倒れ込む。
ガスマスクをつけていたが、密閉通路では火災後の一酸化炭素濃度が限界を超えていた。
ライスは、マイクで叫んだ。
「もう一隊、迂回して後方から圧迫しろ! 火炎ではなく、冷却ガスと煙幕で制圧しろ!」
4 火と土の中で
トンネル内は、もはや“戦場”というよりも“焼却炉”だった。
制圧に投入されたガス冷却式の焼夷散布弾が、崩落を引き起こし、通路の一部が閉塞。
だが、敵の情報処理拠点を含むと思しきコアセクターは、構造上の「ピット」を守って維持されていた。
スコットは戦術判断を下す。
「ここで制圧をあきらめれば、また夜に地中から襲ってくる」
「……潰すしかない」
破壊班が設置したのは、40ポンドの爆破ジェル。
トンネルの中核交差部を丸ごと崩落させる爆薬設置。センサー付きのタイマーで爆破範囲は制御されている。
退避後、合図。
爆風は音ではなく“地鳴り”として伝わった。
地面が鼓動のように揺れ、枯草が波紋のようにたゆたう。
煙が噴き上げ、白い土が茶色に変わる。
地下にあったピット、指揮所、物資貯蔵所、通信装置……すべてが、火と土の中に沈んだ。
5 戦いの後
0400以降、敵の攻勢は明確に減退した。
地下通路の封鎖が成功したことで、夜間の逆襲の脅威はほぼ消えた。
だが、代償も大きかった。
全体で戦死7名、負傷14名、呼吸障害による予備戦力の低下。
地下突入により、戦意を著しく消耗した隊員も多数。
「この戦場には、“前線”という概念が存在しない」
スコットは中隊への報告にそう記した。
「我々は地上で進み、地下から追われている」
明け方、遠くの山中で航空支援の音が響く。
編隊が投下したのは、500ポンドJDAM(GPS誘導爆弾)。
破壊すべきものは、すでに地中にしか存在しない。




