③ 交錯する前線 ――機械化歩兵部隊、市街地突入、橋梁とIED戦
1 橋の上で
前章で点滅していたIRビーコンは味方だった。
丘の裏から姿を現したのは、第2小隊所属のM2ブラッドレー×3両と、随伴するIFV支援班。彼らは主力展開地点から約1.5kmを強行して前進し、丘の尾根を越えてきた。稜線を超える直前、煙幕弾を展開し、火線を遮断しながら歩兵を分隊単位で下車させた。
「目標地点は市街地入口にかかる橋梁とその対岸の開けた農地。敵がそれを遮断しようとしている」
中隊通信を通じて、スコット軍曹の耳にキリー大尉の声が届いた。
「今、右翼から渡河して橋の両岸を制圧せよ。下車歩兵班、先行」
濡れた泥と雪が混じる道を、小銃手ライアンは身をかがめて渡る。左手のブッシュには、すでに2名のIED処理兵が先行し、地雷探知機を携えて這うように前進していた。
「……民家の裏手、車両一台分のスペースに土が不自然に盛られてます」
「多分、トリップワイヤー式。Claymoreか圧力信管つきの即席爆弾」
IEDは、かつてのイラク戦争でその凶悪さを知らしめた。
とりわけ都市部の撤退路や農村周囲の橋梁下など、“通らざるを得ない場所”に設置され、敵は遠隔でタイミングを測り起爆する。
処理班が粘性の高い爆破ジェルを起爆源に塗布し、リモート起爆機で事前爆破を実施。砂利と黒煙が空中に舞い、ライアンは耳を抑えながら低く叫んだ。
「クリアリング完了。進め!」
2 ビルとミサイル
先行して橋を渡った第1分隊が、対岸の市街地区画への突入準備に入った。敵の存在は不明。しかし、窓ガラスが全て破れている建物、屋根の一部が黒く焦げている民家、ドアが外された店舗……その静けさは不気味だった。
「車上班は道路右側、ブロック塀の陰を移動。歩兵は左から一軒一軒、スイープしろ」
スコットは分隊長として、部下を2階建ての廃アパートへと先行させた。廊下には散弾痕、家具が押し倒され、風が破れたカーテンをはためかせている。
ライスとフランクが連携して前進する。
「動きなし……だが、何か引っかかる」
その瞬間だった。
“シュオオオッ”――
閃光と同時に、M2ブラッドレーの右側装甲に**爆発性成形弾(HEAT)**が突き刺さった。ビル上階からの発射。
発射場所は、約60m 先の二階バルコニー裏手、L字ビルの上方。タコ壺型に掘られた観測点から、RPG系列の誘導型対戦車ミサイルが撃ち下ろされたのだ。
砲塔の後方を直撃。爆圧で1名が外に投げ出され、後部ハッチが損壊。即座にスモークディスチャージャーが起動し、車体が後退、発煙しながら道路を離脱。
「損傷:外装装甲一部破損、搭乗員負傷1名、即時回収不能」
スコットは叫んだ。「照準位置を斜線で囲え! フランク、あの屋上を狙え!」
フランクはスコープ越しに、わずかに傾いた残火の煙を捉えた。再発射に備える影を、銃口で追尾する。
――トリガーを引いた。
次の瞬間、人影がもんどりうって落ちた。
「ヒット……ですが、もう一人いる」
ブルースとジムが自動擲弾銃で屋上に白燐グレネードを投げ込む。真っ白な煙が充満し、敵影が見えなくなる。
「今のうちに負傷者を回収!」
3 戦場医療の現実
被弾した兵士、マーシー上等兵は後部ハッチから投げ出されていた。
**右腕は肘下から骨が露出し、呼吸が浅い。胸部に爆風による出血。**戦場衛生兵が到着。戦闘用止血帯(CAT)を巻き、胸部開放創に胸膜シールを貼り、静脈ラインを挿入。
「血圧、収縮期60。脈拍130、ショック状態だ」
「生理食塩水、2パック。マスキングの間に後送準備」
だが、後送手段はない。
後方のブラッドレー1台は未だ敵狙撃手の射界内にあり、ヘリの投入もこの遮蔽下では不可能。
「背嚢で簡易担架を作れ。車両後方から下がる。斜面を滑り降りるように」
副分隊長は震えながらも、視界を断つための煙幕手榴弾を三発連続で投げた。
銃声、爆音、砲撃音の狭間で、4名の兵士がマーシーを担いで坂を降りていった。汗は湯気になり、寒さではなく恐怖で指が震える。
4 相互支援と崩れた市街
戦闘はその後、徐々に交錯を深めていく。
市街の東端では分隊単位のビル制圧戦が始まり、2階・3階・屋上の制圧が、想定より長引いた。
敵は常に**「いないように見せている」**。物陰、階段裏、部屋の角。まるで、人の知恵が仕掛けた罠そのもの。
「これ、ただの民間住宅じゃないな」
「ええ、いくつかには通信ケーブルが通じていて、無線傍受設備までありました」
「観測拠点兼、砲兵調整所……。となると、まだ奥に何かある」
通信兵がスコットに耳打ちした。「中隊より伝達、これ以上の前進は明朝まで停止。今夜はここで塹壕を構築し、防衛線を確立せよ」
前線は、そこで止まった。
敵も味方も消耗し、互いに姿を消し、死者と火薬の匂いだけが残された。
5 夜の断絶
日が落ち、気温は急速に下がる。
銃声は絶えた。だが、戦場は静寂ではなかった。
遠くで犬が吠え、近くでは誰かが呻いていた。
スコットは分隊を二班にわけ、輪番での夜間監視体制を指示した。地面に膝をつき、レンジャーキットの中からミニシャベルを取り出し、泥を掘る。
タコ壺(個人壕)をつくりながら、頭上には満天の星。
だが、それを見上げる者はいなかった。この空の下で、また夜が来る。




