『灰の戦場(Ash Fields)』:第1章「友軍誤爆」
午前0430。ナジャリフ郊外、乾いた風が小石と砂埃を巻き上げる幹線道路脇の廃村。空は灰色がかり、まだ夜の名残を漂わせていた。遠方には、爆撃の閃光が不規則に地平線を照らし、その都度、空が血のように赤く染まった。
深見誠陸曹長は、膝をつきながら小型偵察ドローンのフィードを確認していた。画面の中、黒白反転したサーマル映像が瓦礫と化した市街地を映し出している。高温反応が一つ、動いては止まり、また動く。「まだいるな……」と独りごちると、隣でうずくまっていた斉藤圭介が顔をしかめた。
「無線、また切れました。中継車両がやられたか、ジャミングがかかってるか……」
「A10の編隊が上空旋回してるはずだ。AWACSのカバーに入ってる。位置は向こうで捕捉されてるはずだが……」
不意に、イヤホンにノイズ混じりの管制音が走った。
『…ジョーカー4、ターゲット指定解除。フレンドリーポジション不明。最優先でレーダー確認を──』
「なに?」深見が目を細める。管制の声は急いでいた。焦燥が滲んでいる。彼はすぐに周囲に命令を飛ばした。
「野間、識別フラッグ展開。水島、照明弾!170度方向、敵影誤認を防げ!」
「ラジャー……」野間達也は手早く荷物を探る。手が震えていた。マーカー布を取り出し、装甲車の上に這い上がると、折りたたみ式ポールにくくりつけて広げた。
空気が重くなった。
──轟音。
突如として、夜の静寂を引き裂くように天が唸った。重低音を伴い、上空から鈍色の機影が降下してくる。双胴の攻撃機、A-10サンダーボルトII。その腹部にはミサイルポッドが吊るされていた。
「来るぞ、伏せろ!」斉藤が怒鳴る。
地表に吸い込まれるように機体が滑り、マーベリック誘導ミサイルが唸りをあげて放たれた。火花を巻き、白煙を引いて一直線に1号車へ向かっていく。その軌道は美しさすら感じさせる正確さだった。
──爆発。
轟音。閃光。鋼が裂ける音。熱風が一瞬にして周囲を呑み込む。1号車、田口隆志が率いた分隊の装甲戦闘車両は、ミサイルの直撃を受け、内蔵弾薬の誘爆を起こし、まるで紙細工のように弾け飛んだ。
「た、田口ッ!」深見は即座に駆け出した。空気は焼けた油と燃えた鉄の匂いで充満していた。
1号車の残骸は、中央から口を開けたように裂け、内部が露出していた。中で何かが動いた。生きている。
「田口!」深見が叫び、装甲の裂け目から中へ身体を滑り込ませる。激しい熱が肌を刺す。
彼は仰向けに倒れていた。装甲板の隅に背を預け、片腕はぐったりと垂れていた。胸部は異様に膨らみ、迷彩服の下から血と体液が混じった液が滲んでいた。
「……せん、ぱい……」
田口隆志の唇が震えていた。眼球はうつろに明後日を見つめ、かすかな呼吸音が喉を震わせていた。
「大丈夫だ。今、手当てする」
深見はファーストエイドキットを広げ、ガーゼを厚く巻いた。が、胸の傷は深かった。肋骨の数本は折れ、肺は損傷している。血は止まらず、むしろ喀血となって気管へ逆流し始めていた。
「た、たすけて……。胸が……あつくて、しびれて……」
「田口、しっかりしろ。モルヒネ打つぞ。痛みを止める。いいな」
彼は言い聞かせるように告げ、プレフィルドのシリンジを取り出して、彼の大腿部に深く刺し込んだ。田口の身体が一瞬ビクリと反応し、その後、安堵のように少し表情が緩んだ。
「……ママ……ママ、いる……?」
深見は胸ポケットを探った。手帳。ぬれていたが、中には守られるように写真が挟まれていた。
「ほら、ママが来てる。見えるだろ?」
田口の目が開かれ、そこにかすかな光が宿る。そのまま数秒、視線は写真を見つめていた。
──そして、動かなくなった。
「……田口……」
衛生兵がようやく到着したのは、それから90秒後だった。脈拍を確認し、首に手を当てる。
「……死亡を確認します」
その言葉に、深見は何も答えず、彼のまぶたをそっと閉じ、血に染まった母の写真を田口の手の中に握らせた。
その夜、深見は戦友の死を告げるため、戦地リレー無線で記録を送信しようとした。だが──無線のログに異常が残っていた。IFVが誤爆された時間と、エイワックスの攻撃許可時刻が完全に一致していたのだ。
さらに調査を進めると、作戦記録上、第3分隊と第1号車の行動記録が削除されていた。
「意図的な誤爆……?」
その言葉が深見の中で形をとり始めた時、すべてが静かに、しかし確実に狂い始めた。