表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/22

侯爵家令嬢 ラルフィール1

 世間知らずな侯爵令嬢。そう噂されているのは知っていた。男性を満足させるだけの愛想も美しさも無い地味な女。貴族令嬢としての務めも果たさない親不孝者だと陰口を聞いた事もある。礼儀としてのデビュタントだけをした後、公の場には殆ど姿を出さずに過ごしていた。そんな自分を両親は肯定してくれる。名前を継ぐ親戚もいる。お前は間違っていない。好きなように生きて良いんだよと優しい笑顔でそう言ってくれた。それに甘えている自分は正しいのか迷う事もある。けれどどうしても世間の流れにはついていけなかった。この肌に厚く化粧を塗り重ねて笑えば、もしかしたら男性は寄ってくるのかもしれない。けれどそこに愛はないだろう。情すらないかもしれない。そんな相手にこの家も自分も捧げるのは怖かった。自分の大切なものを守る為には嘘をつきたくなかった。例えそれが世間の幸せとずれていようとも。




 そんな自分に一つの出会いがあった。両親から「信用できる人からの紹介だから一度会ってみなさい。その先の事は何も考えなくていい」と言われて会ったオーソクレース様。その先の事は考えなくても良いと言われたけれどそんな訳にはいかない。けれどこんな自分を見れば、きっとその先はないだろう。そんな複雑な気持ちでご挨拶をしたら、一瞬だけ驚いた様子のオーソクレース様は優しく笑って受け入れてくれた。緊張がふわりと解けるのを感じた。


 それから暫くお話をしていてこの上ない心地よさに気付く。言葉遣いも仕草も表情も、きっと心も全部が綺麗な人。どこにも雑な部分が無くて、どこにも疑問や不信を覚える場所がない。初めて他人とこんな時間を過ごして満たされた。こんなに有意義な時間は初めてだった。もしかしたら世の女性はこんな風に男性と時間を過ごしているのかしら。そんな筈がないのに一瞬そう思ってしまう程、男性への興味を初めてはっきりと感じた。


 あっという間に時間は過ぎて、帰ろうとするオーソクレース様を必死に引き留める自分に気付く。夕食の誘いを断られて、こんな事を言うのははしたないと分かりながら声を絞り出した。このまま別れてしまったら、もうこの人に会えなくなるかもしれない。


「あの…オーソクレース様。また…お会いできますか?」


 これは本当は両親に確認するべき言葉だった。もしくは両親から打診して貰うべき事。彼の様にきちんと筋を通してくれる相手には、こちらもそうするべきなのは分かっていた。この場で女性から本人に確認をするなんて、礼儀としても駆け引きとしても相応しくない事も分かっていた。でももしもこの後「もう結構です」と人伝に言われて終わりになってしまったら。そんなの嫌だ。この人にもう一度会いたい。面と向かって厳しい事を言えないことを逆手にとっても、次に繋がる言葉が欲しい。


 その自分に彼は優しく笑う。


「本日は楽しい時間をありがとうございました。是非もう一度、この様な時間を頂けたら嬉しく思います。こちらからご連絡を差し上げますので」


 驚くほどあっさりと、オーソクレース様はそう言ってくれた。そして握手を求めた手を取って挨拶をしてくれる。とてもスマートに。まるでやり慣れているかのように。


 けれど彼は手の甲にキスをしなかった。一瞬不安に思った気持ちは彼の態度で影を潜める。ああ、この人は本当に誠実な人なんだ。改めて感じて見上げた彼に笑った。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ