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 お嬢様は、それからずっとやり取りをされていた。秋にはお嬢様のお供でフェスター家の領地を訪れた。見事に森と山しかない。何でこんなところに追いやられたのかしらと思ったけれど、そこまで彼に興味もないから考えないことにした。


 ただ、吸い込んだ空気は美味しかった。肺に行き渡り、体の中が浄化された気がした。




 春にもお嬢様のお供でフェスター家の領地へ。二度目なのにあちらの使用人は旧知のような温かさで迎えてくれる。詮索も無く、身分の差も少し曖昧過ぎないかしらと思う程の大らかさに少し癒された。相変わらず空気も美味しい。悪い場所ではないのかもと少しだけ認識を改めた。鉱山で働く人達も、体が大きくて豪快なのに優しそう。空気が悪いからと外まで出てきて色々教えてくれて、中も見たいと言ったお嬢様には案内もしてくれた。その夜、前回来た時に教えて貰った満天の星空は見られなかったのに、お嬢様は何だか嬉しそうだった。




 初夏。皆さんにと沢山のお土産を詰んで領地に向かった。わーい。ありがとうございます! と、全員に大歓迎される。裏の無さそうな態度にほっとした。ここに来ると心も体も楽になる。お嬢様もそうなんだろうか。


 夜は領地にいる人全員…と言ってもオーソクレース様のところの使用人と採掘現場のおじさん達と護衛兼通所管理人…でバーベキュー。わいわいと貴族も使用人も何もなく盛り上がる喧噪の中、こそこそと二人が近い距離で話しているのが見えた。…あれ。何だか良い雰囲気。後ろからそっと近付いてみたら声が聞こえてくる。


「…私…お化粧も薄くて失礼でしたでしょうか…。オーソクレース様は…あの、どう思われましたか…?」


 そう聞こえたこの時、自分が何を見ていたのか覚えていない。大きな揺れる炎しか覚えていない。けれど耳を撫でるような優しい声に目を覚ました。


「とても綺麗です。健康的で」


 ぱちぱちと弾ける木の音とオレンジ色の炎。お嬢様の頬が赤かったのはそのせいだったのかな。顔色も分からないほど厚いお化粧ならこんな事思わなかったのに。


 その空を見上げて二人は何かを話している。楽しそうに。嬉しそうに。この時、煙と雲に隠された星空は、二人の次の約束に繫がっていたんだと気付いた。




 夏にも彼の元を訪れて、私達はとうとう満天の空を見ることができた。散りばめたという表現では追いつかないような星の粒。


「どうですか?」


 ここの使用人の方達と庭先で見上げた空。圧倒される自分を見て隣のメイド長が笑う。


「とても綺麗です」


 澄んだ空気に光る星。何て美しい。


 本当はいけないことだけど、この時お嬢様は自分の目の届くところにいなかった。オーソクレース様と二人きりでこの星空を見ている筈。あそこのバルコニーかしら。それともあそこ? ここから姿は見えない。だから願う様に想像する。きっとお二人で笑ってらっしゃる。そうであって欲しい。そしてお嬢様をずっとこの幸せの中に居させてくれたら良いのに。


 けれどそれは無理だから、自分は星空を見上げて深呼吸をする。ここにいる間は思い出したくない現実を吐き出すように。ずっと社交界の中でお嬢様と二人、感じていた全部が敵のような中で気を張る空気はここには無い。けれど明日にはあの現実に戻るんだ。いつも心配をして、いつも怯えて、いつも迷うようなあの汚れている空気の中に。私達はもう一度ここに来られるんだろうか。その時何も変わらずにいるんだろうか。


 この星空を見てしまった私達に、そのきっかけは訪れるんだろうか。どうか訪れますように。




 この時そう思ったことを、この後すぐに心底後悔した。もしもこんなことを思わなければ、神様は自分とお嬢様を離すようなことはしなかったのだろうか。もしも私が今まで通り、お嬢様に執着をして誰にも心を許さなければ。


 最後に二人でオーソクレース様の元を訪れた直ぐ後。私は再びここにきた。たった一人で。

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