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ラルフィールの侍女 カレン1

 お嬢様にお見合いの話が来たのは、夏の盛りからほんの僅かに過ぎた頃。旦那様は今までどんなお相手も頑なに断り続けていたのに急にどうされたのかしら。どうしても断れない相手だったとか? お互い、時間の無駄になるだけだから止めておけば良いのに。貴族って本当に窮屈。


 そして聞いてみれば、相手は伯爵家のご令息だという。どうして格下の相手に応じるのか分からない。けれど巷で噂になっている成金貴族だと聞いて何となく納得した。利用価値はあるって事なんだろう。旦那様にもそんな野心があるのかと少し穿った見方もした。それこそ爵位が下なら優位に物事を進められるだろうし? とにかくお嬢様が危ない事にはならないだろう。と、少しだけ安心した。


 当日、彼はお嬢様を見て少しだけ驚いた顔をしたけれど穏やかに挨拶をした。


「初めまして。フェスター家のオーソクレースと申します」


 じろじろ見られたり、薄化粧を失礼だと罵られたり、ため息や舌打ちの一つでもされるだろうと思っていたのに彼の態度は予想外だった。お嬢様もそうだったらしい。


「…レルブレフ家のラルフィールです」


 そう言って裾を持ち上げたお嬢様に、彼は優しい顔で笑った。




 その後、お二人は楽しそうに話をされていた。耳に入る話はどうでも良いことばかり。二人の事も家の事も将来の事も何も話さない。世間話の様な話題の他には、彼の領地の事を少し聞いたくらいだったと思う。この人、本当に何しに来たの? と思ったけれどお嬢様が楽しそうなので考えるのを止めた。




 お二人は暗くなるまで途切れることなくお話をされていた。うっかり咳払いをしてしまったら帰宅を促すものと捉えられたらしい。確かに外は暗くなってきたし、良いタイミングだったんじゃないかしら。と、失礼は気にしないことにした。


 お嬢様の夕食の誘いを丁寧に断る言葉を聞きながらほっとした。さっさと帰れとまでは思わないけれど長居して欲しくもない。どうせ次がある訳でもないのだから。何だか掴みどころのない相手の事を、努めて深く考えないようにした。


「あの…オーソクレース様」


 ドアに向かった二人の後について歩いていたら、お嬢様の不安げな声が聞こえてきた。この人のこんな声は滅多に聞くことはない。誰かに渡す声に感情を載せる事すら滅多にしないのに。目を丸くして立ち止まったら、同じ声でこんな言葉が聞こえてくる。


「また…お会いできますか?」


 お嬢様? と、聞き返してしまいそうになった。どうしてそんな事を仰るんですか? まるでこの人の事…。


 口にできるのならそう聞きたかった。けれど自分は観客だ。目の前で舞台は勝手に進んでいく。相手の声が聞こえてきた。


「本日は楽しい時間をありがとうございました。是非もう一度、この様な時間を頂けたら嬉しく思います。こちらからご連絡を差し上げますので」


 それは貴族同士の綺麗なやり取りに見えた。けれどその後、男はきちんと女性に対する挨拶をしなかった。自分からお嬢様を求めることもせず、手を与えられてもキスもしない。大体、次に繫がる言葉すら女性に言わせるなんて失礼な男。やっぱりお嬢様の事を弄んでいたんだ。最後の最後で本心が出たわねと拳を握り締めて耐えた。


 それなのにその後、お嬢様は何だか落ち着かないご様子。どうされたのかしら。お疲れになった? それともお怒りなのかしら。まさかあんな男に好意を持って、最後の態度に悲しんでいる訳じゃありませんよね? 後から考えればこの時、半分は本当の事に気付いていたのに気付かなかったふりをした。




 その男から手紙が届いたのは五日後。お礼の手紙にしては遅過ぎないかしら。本当なら翌日にでも手紙が届くべきよ。やっぱり失礼な男。どうせ中も下手な文字でありきたりな言葉が綴られているだけでしょ。と思いながらお嬢様にお渡しした。


 さて。その手紙を読んだらお嬢様が変になった。読み進めて頬を染めたり手紙から目を逸らして深呼吸したり。恋愛小説でも読まれているのかしら? と思ってしまうような表情をしている。男の人とのやり取りに慣れていないせいだろうと思っていたらお嬢様、やがてこんな事を仰った。


「便箋とペンを用意してくれる?」


 返事を書くの? まぁ、それが礼儀ではあるわよね。何だか癪に障ったけれども仕事は別だ。気付いてしまった以上、仕方が無いので控えめだけど可愛らしい便箋を用意した。

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