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 あっという間に秋になり、約束通りラルフィールが侍女と二人で領地にやってきた。彼女達の全日程は二泊三日だけど、実際には昼過ぎに王都を出発して夕方にこちらに着いて泊まって、一日過ごして泊まって、翌日には出立の滞在時間たった一日。迎えるに当たり、どうすれば良いか話し合ったけれど、冷静に考えてみたら見るものも特に無いのに申し訳ないねー。と、自虐的なところに落ち着いた。まぁ森は良い塩梅に染まっているし、鉱石も初めて見る分には面白さもあるかもしれない。一度で飽きたとしても来る価値はあるだろう。


 そう思いながら迎えたのに殊の外、ラルフィールはずっと楽しそうに過ごしていた。森の散策も鉱石を見るのもずっと笑顔で興味津々。そんな彼女に皆が染まる。執事もメイド長もその他の使用人も、皆一緒に夜更かししてお茶を飲んで話をした。今日は曇っていて見えないけれど、ここは何と言っても星空がお勧めです! 一見の価値あり!! 鉱山の採掘場もきっと楽しいですよ! 皆優しい人達ばかりでお話も楽しいです! また、いつでも来て下さい。と、皆が勝手に話を進めてる。それは良いんだけど、オーソクレース様は万年暇ですからー。も、本当にー。と、余計なことまで言いやがるから、暇じゃないの。暇じゃないけど自由は利く。何せ、堅苦しい人付き合いや宮仕えとは無縁な場所だからして。だからいつ来ても構わない。と言い直したら、だったら結局同じじゃないですか。男らしくない。と責められた。こっちにだってプライドはあるぞと喧嘩を始めたらラルフィールが笑う。


「オーソクレース様はお優しいんですね」


 どこでそう思ったのか全く分からないんだけど、その言葉に免じて黙ったら皆笑った。




 その後、彼女は春にやってきた。冬の間止めていた採掘が再開したと手紙を出したら、すぐに来たいと返事が届いた。いつでもどうぞと返事をしたら、その一週間後には来て採掘場を見学していた。めっちゃ見たかったんだなと驚いた。


 現場作業員のむさ苦しい男達からも興味深そうに話を聞いている。むさ苦しくても人は良い人間ばかりだから大丈夫だろうと放っておいたら顔を赤くして戻ってきた。どうしたのか聞いても頑なに答えない。体調不良ではないようなので言及はしなかった。


 ずっと後でそう言えばと聞いてみたら「坊ちゃんはぼーっとしてるけど良い奴ですよ」「坊ちゃんは気は利かないけどやる時はやりますから」「坊ちゃんは田舎臭く見えるけど本当に田舎臭いです」と、ぼろくそに貶されていた。否定するところが無くて怒りを飲み込むしかない俺。


 その夜、雨で星空は見えなかった。また来れば良いと翌日皆で見送った。




 次に来たのは初夏。自分は元より、使用人やむさ苦しい男達にもお土産を沢山持ってきてくれて不動のアイドルに。俺だって十分なことはしてると思うんだけど。と思ったけれど可愛いは正義と言われて挑む気が失せた。確かに可愛いは正義。この時も曇りで星空は見えなかった。




 そして夏。王都よりもずっと涼しい夜に、二人で満天の星を見た。皆で見ようとずっと言っていたのに、いつも通りダベってそろそろ見に行くかと言ったら片付けだの眠いだのやり損ねた仕事がと普段なら後回しにすることをぐたぐた言って誰も来ない。使用人同士で仲良くなったらしいラルフィールの侍女のカレンも可哀想に、どこかに引き摺られて消えた。頼むから彼女には別途見せてやってくれ。お前らみたいに上を向けば年中見れるものじゃないんだ。


 そんな訳で二人でバルコニーに来た。


「わぁ…」


 と、一歩外に出て彼女の声が零れて消えた。うん。綺麗に晴れている。藍色の空に白い砂をぶちまけたような光の粒。明るい王都では見られない圧倒的に綺麗なもの。


「凄い…とっても綺麗です…」


 と、こっちを見ないで彼女は呟いた。空に釘付けになっている視線が誇らしい。見せて上げられて良かった。


 暫く無言で二人、星空を見ていた。微動だにしなかった彼女が少し動いたのに気付いて見ると、頬に涙が伝っている。感動とか、嬉しくてという涙じゃないことはすぐに分かった。ぽたぽたと零れ落ちる涙は止まらない。気付いてないのかと思う程そのままだった彼女は、やがて涙を拭って自分を見上げた。


「すいません…」


「…いえ」


 どうしたのかな。と思った自分と彼女の髪を、夏と言うには涼しい風が通り抜けていく。


「この星空を見てしまったらここに来る理由がなくなってしまうから…今日も見れなければ良いと思っていました」


 彼女がここに来ていたのはこれを見る為だったのか。それが果たせればもう来ないと言われれば、それを止める術はない。だから「そうですか」と頷いた。


「…オーソクレース様」


「はい」


「お願いがあるんです。一方的にお世話になっているばかりの身で心苦しいのですが、どうか聞き入れて頂けませんでしょうか?」


 思い詰めたその声に、思わず身を正した。


「何ですか?」


 そして正面から向き合った彼女は、想像もしなかったことを口にした。




 俺は結局、その願いを聞き入れた。そして両親に手紙を出した。

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