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 それから五日後。


「オーソクレースはいる?」


 またしてもいきなり伯母がやってきた。何だ何だと思っていたら、何か凄く怒ってますよ。あれはやばいです。と呼びに来た執事とメイド長が真っ青になっておろおろしている。え。何で。と思いながら応接室に行ったら二人は外に出てドアを閉めた。逃げた。と、それを見ていたら部屋の中から低い声が聞こえてくる。


「何をしているの? さっさとこっちに来なさいな」


 何。何よ。と、思いながら言われるがまま対面に座ったら伯母は何も言わず。黙ってこっちを見ているから堪りかねて「わざわざこんな遠くまで何しに来たの?」を綺麗な言葉に包んでお渡しした。ど僻地と言っても城下から三、四時間の距離だから、まぁそこまで大事という訳でもないけれど、伯母様お仕事忙しいでしょ? こんな頻繁に来れる場所じゃないよね? なのにどうされました?


「そうね。こんな所にね。どうしてわざわざ来たのかしら。くそ忙しいのに。その理由、貴方には分かるんじゃないかしら?」


 こっわ…。もう考える余裕もなく俯いたら、黙っていても何も進まないと察した伯母は低くゆっくりとした口調でこう言った。


「時間が勿体ないから言うわ。貴方、ラルフィール嬢にいつお礼の手紙を送ったの? 勿論侯爵家にも送ってるだろうけどまだ届いていないそうよ。おかしいわよね」


 あらー…。送った体で質問してくるなんてこれはやっちまいましたな。まだ送ってない。だってここに戻って来たの、昨日の夜だったから。


 何故かというといつもの見合いとは違って穏やかな気分だったから、前々から「王都に来たら是非寄って下さい。絶対来て下さい! 絶対絶対!!」って口酸っぱく言ってきていた知り合いの商会を覗いたり、そこから芋蔓式に挨拶をしたいってその先の先の先くらいまでの取引先が列作ったりしてたからなかなか帰れなくて。え? そんなの関係ない? ですよね。


「次に会うのはいつの予定? 彼女も暇じゃないんだから、明日明後日みたいな打診しても無理だし失礼よ? まぁ、そんなの分かっていると思うけど」


 え? そんなのまだ考えてないし知りもしなかったけれど何か? …いや、でも、はい。今までとは勝手が違いますよね。だってまた会いたいです連絡しますって俺、言っちゃったし。言ったからにはすぐにやらないと…。


 うん。これは滅茶苦茶やばいな。と、黙りの俺に伯母の追撃。


「何にもしていない事はよーっく分かったから次の質問よ。貴方、ラルフィール嬢とこれっきりで良いの? 別に強要するつもりはないからそれならそれで良いのだけれど」


「いや、それは…」


 時間が経っても彼女と過ごした時間は色褪せていない。ずっと新鮮で心地良いまま残っている。恋愛とかそういうのは一先ず置いておいて、このまま終わりにしたい相手ではない。


「そういう…そんなことはない、のですが…」


「気に入ったって事?」


「…そう、ですね。少なくともとても素敵な方だとは思」


「じゃあ、貴方は何をすべきなのかしら? 今の若い子達の行き過ぎるやり取りには正直辟易しているけれど、何もしないのが美学なんて考えも私には無いのよ。貴方もそうよね?」


 つまり程度の大小はあれど、相手に興味があるのならやるべきことはやらないと後悔したり失礼だったりするでしょうがと。


「仰る通りでございます」


「だったらさっさと手紙の一つも送りなさい!! この引き籠もりがーー!!」


 伯母がそう叫んだ瞬間にドアがばーんと開いて執事とメイド長が飛び込んできた。手には便箋とペン…だけでなく、他にも伝票(プレゼントを贈ったりする時に使う)や、依頼書(例えば画家に依頼して絵をかいて貰ったり、人を雇って情報を仕入れて貰ったりする時に使う)、最高級鉱石(特産物)、通行許可証(ご自由にお通り下さい)、お菓子とお茶(タイミング見て出そうと思っていたらしい)、柔らかいクッション(思いっ切り投げてストレス発散して下さい。腰の下に置くのもお勧めです)と、色々考えて持って来てくれていたらしいけれども今お前に必要なのはこれ! と、便箋とペンとお菓子とお茶を机に置いて素早く引っ込んだ。また逃げやがった。


「私も暇じゃないのよ?」


 何事もなかったかのようにそう言って、伯母は優雅にティーカップを持ち上げた。はい。存じ上げております。


「でも、どうしてもというのなら手紙を持って行って上げるわ。待っていて上げるからすぐにお書きなさい」


 え? 今ここで? そう思って顔を上げたら目が合った伯母は言う。


「お礼を書くだけでしょうが。まずはその一言だけで良いからすぐに書きなさい」


 そう言われて、まぁそうだなと思い直した。そしてその場で書こうとしたけれどこんな体勢で書くものじゃないと思い直す。


「…三十分待って頂けませんか? 机で書いてきます」


「良いわよ」


 そして仕事の書類を押しのけて手紙を書いた。伯母の言った通り、お礼を一言書くだけのつもりだった手紙は、この前は本当に楽しかった事。また話したいと思っている事。ここに来てみたいと言っていたけれど、もしも本当にその気があるのならいつでも歓迎する事。書けば書くほど次々に言葉が浮かんできて止まらなくなったけれど、あまり書き過ぎるのもなと思ってそこまでにした。けれど侯爵宛の手紙とは厚みが違うのに伯母は気付いたのだろう。その手紙を受け取って、まるで許してくれたかのように楽しそうに笑って帰っていった。




 その後すぐ、ラルフィールから手紙が届いた。自分も楽しかった。また会えたら嬉しい。そちらにも是非行ってみたい。と綴られている。文字からも言い回しからも社交辞令は感じない。丁寧に書かれていて彼女の人柄そのままの手紙。思わず顔が綻んだ。尻を引っ叩かれてのやり取りだったけど手紙を出して良かった。同時期に侯爵からも機嫌の良さそうな手紙が届く。これからも仲良くしてやってくれると嬉しいと。色んな思惑はあるんだろうけれどお互い様だ。それに、まだ何も始まっていない者同士。あまり気にしないことにした。


 その直後、伯母からも手紙が届いた。いつラルフィールをそちらに招くつもりなの? と。どこまで筒抜けなんだと思ったけれど、伯母が噛んでくれていれば色んな意味で心強い。常識人だし引くところは引いてくれる人だ。だから秋が良いかと思っていますと素直に返信して、ラルフィールにも同じ内容の手紙を出した。

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