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そんなこんなで安定的に金はばんばん入り、それに伴って見合いの申し入れもばんばん入るという生活をしていた。相変わらず見合いの話は親に一任…というか一律お断りして貰っていたけれど、断り切れないから会って断れ!! 何言っても、とにかくお前に会わせろの一点張りで話を聞かないんだよ! もう我慢の限界! やってらんねぇー!! くそがーー!! と、主に親の精神状態が危険になるとしょうがなくお見合い。どいつもこいつも上から目線。そして顔が分からない。自分の手に負える物件じゃないと平身低頭お断りする。だって本当にそうなんだもの。
それにしてもいつまで経っても治まらない。何なら断った相手からも申し入れが止まず、実家は紙まみれになっているらしい。凄く面白そう。見に行って笑ってやろうかと思ったけれど、それをすると特大ブーメランが来そうで諦めた。お父さん、お母さん、後は頼みます。合掌。
あー。笑えるけど正直うんざりだわ。本当に、いつになったら終わるんだこれ。呟いたら「終わりません」と執事から無慈悲な言葉が返ってくる。お父さんとお母さんが紙に埋もれちゃう。どうしよう。そして、成程ね。と、大分後に気が付いた。それで白い結婚か。確かに結婚という事実があれば紙だけは治まるだろう。する気はないけれど。
そんな手の打ちようのない自分の元に、ある日ふらりと伯母がやってきた。この人は父親の姉で、生涯独身を宣言して王宮で王族の教育係をしている。
彼女は落ち着いた装いをしていた。流石に品位を重んじる役職についているだけある。まぁ、そもそもああいうのが流行しているのは若い女性の間だけなんだろう。
さて。
「久し振り。貴方に会わせたい令嬢がいるんだけれども?」
挨拶を五文字で終わらせた伯母は単刀直入にそう言った。遠路はるばるお疲れ様です。いやー。まだ暑い日が続きますなぁー。お変わりありませんか? まずはお茶でも飲んで…。なんてやり取りを一足飛びにしたけれども伯母のこういうところは嫌いじゃない。一瞬考えてから苦笑いをして答えた。
「急になんですか」
付き合いか何かだろうか? それなら無碍に断る事もできない。それ位の常識はある。
「貴方に合いそうな令嬢がいらっしゃるの」
「合いそう…?」
え? そんなの存在する? そもそも自分にどんな令嬢が合うのか分からんぞ? ここで一緒に過ごしても文句を言わないとか? 社交に興味が無いとか? いやいやいや。俺、別にそんなの望んでない。じゃあ変わり者が好きとか? それはそれでやだわぁ…。
「伯母様にそう言われると怖いのですが」
「ああ。ごめんなさい。結婚をしなさいとかそういうお話じゃないのよ。ただ、会えばお互いに良い時間を過ごせるのではないかと思って」
「?」
仮にも貴族の男女なのに結婚が前提に無い逢瀬なんてありか? そう思ったけれど伯母の事は信用している。顔を立てる意味もあって、訳が分からないけれど一度その令嬢に会う事にした。
相手は侯爵家のご令嬢だった。レルブレフ家って言ったら官僚も輩出しているし、他国とも繋がりが深い大貴族だ。こんな成金伯爵家の若造が釣り合う相手じゃないぞ。と思ったけれどもしょうがない。聞けば相手方も嫌々ではなさそうだし、ええいままよと侯爵家を訪れた。ちゃんと話は通っていたらしく、すんなり部屋に通されて待っていたら遅れて令嬢が入ってくる。立ち上がって迎えて思わず目を丸くしてしまった。
「…この度はご足労頂きありがとうございます…」
そう言った彼女は不安そうに下を向き、重ねた手を震わせていた。薄化粧の下に健康そうな滑らかな肌が透けて見える。彼女の素顔はちゃんと分かるし、感情も顔色や表情からはっきりと伝わってくる。凄い綺麗だし、久し振りにこんな素直な令嬢を見た。と、変な感想を抱いてしまった。
「あの…こんな姿で申し訳ございません…。あと、親が無理やりお約束を取り付けたと伺っております。…ご迷惑をおかけして…」
ん? あれ? これ、伯母が強引にしでかしたことじゃないの?
後で確認したら、自分の娘がこんな感じで嫁の貰い手が無い。と愚痴った侯爵に、だったらうちの甥っ子をぶつけてみよう! と伯母が請け負ったらしい。どっちの印象も間違いではなかった。
「とんでもありません。お会いできて嬉しいです」
この子となら普通に話ができそうだ。そう思ってそのまま言ったら相手も目を丸くした。
「初めまして。フェスター家のオーソクレースと申します」
「…レルブレフ家のラルフィールです」
小さな声でそう言った彼女は綺麗にドレスの裾を持ち上げた。
その後、外が暗くなるまで話をした。世間話の様な、お互いに踏み込まない話だったけれど、同世代の子と気兼ねなく話せるのは久し振りだった。城下で流行っているものや、彼女の日常。自分の領地の様子。得にもならない話なのに、彼女は楽しそうに話して興味深く聞いてくれる。その表情に嘘は見えなかった。ほっとするな。と、心底楽しかった。
「…と。こんな時間まで申し訳ありません」
彼女の侍女の咳払いに我に返った。外は暗くなり始めている。昼過ぎに来たのに大分長い時間お邪魔してしまった。良かったら夕食もと声をかけて貰ったけれど、初めてお邪魔してそこまでして貰うのは心苦しい。丁重にお断りした。ラルフィールの残念そうな顔に庇護欲が掻き立てられる。また会えたら良いな。と、素直にそう思った。
「あの…オーソクレース様」
部屋を出ようとしたらラルフィールが小さな声で呟く。振り返ると泣きそうな顔が見えた。
「また…お会いできますか?」
そんな事を聞いてくれるとは思わなかった。後で改めて連絡しようと思っていたけれど、ここで言っても良いのかな。まぁ、求められているのならそれで。
「本日は楽しい時間をありがとうございました。是非もう一度、この様な時間を頂けたら嬉しく思います。こちらからご連絡を差し上げますので」
そう言ったら手を預けてくれたので持ち上げて挨拶をした。ふわりと鼻を撫でた優しい香りが心地良い。そう言えばこの子、他の令嬢みたいに濃い香りもしなかった。最初から最後まで。細かい事まで全て。この子の全部は自分に心地良い。伯母が合いそうと言った意味がよく分かった。
さて。その挨拶に相手は不安げな顔をした。けれど顔を上げた自分には気付かれないようににっこり笑う。だから何も気付かなかった。その自分達を見て、侍女が唇を噛み締めて震える程拳を握り締めていた事も。