国王と教育係
そんな三人の楽しそうな様子を側近から簡単に報告を受け、少し肩が軽くなった男がいた。
「お呼びですか? 国王陛下」
そのタイミングで部屋に入ってきた女性が綺麗な礼をして言う。王族の教育係だ。オーソクレースに少し似たその女性に国王は笑った。面を上げる様に言って、目の合った彼女に言う。
「あの二人の事は計画通りだったのか?」
「何の事でございましょう」
楽しそうに笑って彼女は言う。優雅で美しい所作。彼女はこの国の礼儀そのものだ。
「オーソクレースとラルフィールを引き合わせたと聞いたが?」
「気が合うのではないかと思いましたので」
彼女は頷いて自分のした事を肯定する。
「けれど計画も何もございません。ただ、二人が良い時間を過ごせればと思っただけです」
今の若い社交界の中で、二人が浮いている事は火を見るよりも明らかだった。けれど何も恥じる事のない二人に少しでも気の合う同世代との交流があれば。そう思って引き合わせただけの事。その二人が惹かれ合うのは必然だったのかもしれなかったことは置いておいて。
「今の若者の動向に対して何一つ進言は無かったが思う事は無かったか?」
「変わる事は悪ではありませんから」
自分の常識と違う事を受け入れる強さも時には必要だ。ましてやこれから国を担う若者の変化を頭ごなしに否定できない。心の底からそう思いながら彼女は答えた。
「では、あのままの状態が長く続いても問題は無かったと?」
「大人や有識者が至らない若者に教える必要がある事は理解しております。しかしそれが時代の流れや人々に必要とされているものなら止めることはできません」
厳しく変わらない礼儀を説く筈の彼女から信じられない言葉が零れ落ちていく。極めれば変化は成長と受け入れる懐を持てるようになるのだろうか。善悪を選択できる目を得られるのだろうか。
それとも?
「けれど単に楽な方に流れただけだとすれば、それは時代の流れや受け入れるべき変化とは違います。流れた者は、やがて気付くでしょう。その時に、自分達が面倒だと捨てたものがどんなものだったのか。流されなかった者はどうなったのか」
するすると絡まった糸が解けていく様な感覚を覚えた。そうか。彼女は二人がいたから何も危惧せずにいられたのだ。激流の若者の中にいても決して流されなかった二人。
「本当の礼儀や気高さは、不満や疑問があっては身に付きません。それを目の当たりにして、どれだけ素晴らしいものなのか。もしも理性よりも心に響かせることができれば自然と人は変わります」
「実現後の言葉は重みがあるな」
国王のその言葉に彼女は笑う。昨日の夜会後、貴族社会は大きく動いた。一夜明け、その動きは一層激しさを増している。それを彼女は国で一番感じているだろう。彼女に子どもの教育をして欲しいという依頼が殺到しているのだから。
それは子ども本人の意志であり、親の強い希望でもある。勿論、基礎もできていない大人に教える暇はありませんと全て断っている。
昨日、オーソクレースとラルフィールを見た子どもたちの反応は化学反応の様に激しかった。言葉を選ばずに表現するのなら、見下していた二人の完璧な礼儀作法と教養、美しさに全員が魅了された。そして圧倒的敗北感を感じた筈だ。人間としても男女としてもどこにも自分達が勝てる所がない。今まで信じていたものが音を立てて崩れた後、こんなにも情けない事があるだろうかと目が覚めたようだ。いつもは騒がしい王宮の交流場や解放された場所も今日は若い声が皆無。代わりに三人の男性と二人の女性が静かにお茶を楽しんでいる。大分前に失ったものが戻った様な不思議な感覚を覚えた。彼女が言った通り、変化は悪ではない。けれどどう変わっても良いという訳でもない。世代交代も見え始め、今後を憂いていた国王にとって今回の事は僥倖だった。
「尽力感謝する」
「勿体ないお言葉です。国王陛下」
そんなやり取りをして二人は笑った。