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「オーソクレース」


 と少し訛りを感じる発音で呼ばれて振り返った。隣にいたラルフィールも振り返る。見覚えのある顔に思わず笑みが零れた。


「ベイデール殿下。ご無沙汰しております」


「久し振り。元気そうだね」


 そんな挨拶を交わした二人の周辺は再び動揺した。この国の言葉じゃない。そして多くの貴族の子ども達はオーソクレースの呼び方で気が付いた。彼は他国の王族だ。目立たないように隅にいた彼に声をかけ損ねた周囲は青ざめた。けれどもう遅い。今から声をかけるなんて、それこそ不敬であり笑い者も良いところだ。そもそも彼に話しかける手段すら無い。何を言っているのか触り程度にしか分からないそれに必死に耳を傾けた。


「婚約したんだって? おめでとう」


「ありがとうございます。婚約者のラルフィールです」


「お初お目にかかります。ベイデール殿下。以後、お見知りおきを」


 オーソクレースの紹介の後にそう挨拶をしたラルフィールにベイデールは笑った。綺麗な発音だ。重要な貿易先である自国の言葉はこの国の学校で少なからず学ぶが、きちんと習得する人間は多くない。通訳に任せたり、もしくは国内にだけ目を向け、自身がそことの繋がりを必要としていない人間も多い。その彼らにとってこの言語は価値のないものなのだ。


 けれどどこで必要になるかは分からない。それを自分のものにしておけばと後悔する時にはもう遅い。チャンスをものにできるのは、それがどこで活きるか分からなくても与えられたものを無駄にせず、自分の中に綺麗に収めておける人間だけ。


「丁寧にありがとう。私の妻を紹介するよ。仲良くしてやってくれ」


 そう言われて隣の女性が礼をする。ラルフィールと同じく控えめな美しさが好ましく感じる美人だ。楽しそうに話し始めた二人を見ながらベイデールも楽しそうに呟いた。


「それにしてもオーソクレースが結婚できるとは思っていなかったなぁ。良かったね」


「どういう意味ですか」


「いや…だってさ…」


 と、誰にという訳ではないけれど周囲を示す視線を送る。相手になりうる令嬢達の現実を見てみろと言わんばかりだ。


「…殿下」


 少し苦笑いをして窘めたオーソクレースにベイデールは肩を竦めて笑った。


「どうせ何を言っているか分かりはしない」


「分かるかもしれませんよ」


「分かってくれていたら少しは見所あるけれどね」


 そう言って笑って今度は周囲を見ると、驚いたような顔をしていた面々がつられて笑った。どう見ても話の内容が分かっている表情ではない。


「まぁ、それも良かったのかもしれないね。こんなに素敵な女性と出会えたのもそれ故だろう?」


「そうですね」


 お互いに愛おしい女性に視線を向ける。自分の手でこの笑顔を守っていく。それができる事が誇らしい。


「それでさ」


 ずずい。と、顔を近付けてベイデールは笑った。


「結婚を機に、どう? うちの国に来ない?」


「おおい」


 その言葉に被さる様に別の声が聞こえてきた。そして二人の間に無理矢理体をねじ込んできたのはアリドレイズだ。いきなり喧嘩腰で隣国の王太子を詰り始める。


「ちょっと目を離した隙に何をしてくれてるんだよ? あーん?」


「相変わらず気持ち悪。お前、オーソクレースのストーカーかよ。ちょっと話をしようとすると邪魔しに来やがって」


「お前がそういう事ばっかり言うからだろ?」


「オーソクレースはお前のものじゃないんだから俺が何を言ったって自由だろうが」


「オーソクレースは俺のだ」


「お前オーソクレースを嫁さんにする気か? 下らないこと言ってないでお前こそ早く相手見付けろよ」


「それとこれとは関係ないだろー!!」


 ぎゃー! ぎゃー!! と喧嘩を始めた二人の前で真顔になるオーソクレース。それを見ながら王太子妃は楽しそうにラルフィールにこんな事を言った。


「またやっているわ。笑ってしまうわね。あのお三方の事ご存知? 学校を卒業されてからアリドレイズ殿下は我が国に一年留学に来られたのですけど、その時にオーソクレース様も無理やり連れて来られたんですって。そこで殿下とも知り合ったそうなんですが、何せ優秀な方なのでうちに欲しいと言い出してからずっとこんな感じだそうですよ」


 実はあっちからもこっちからも引っ張りだこなただの伯爵令息。熱烈な王族のアプローチは続く。


「オーソクレースはその気があるから言葉にも不自由のないラルフィール嬢を選んだんだ! な!? そうだろ? そうじゃなくてもそうなんだから躊躇う理由はないよな!! 今からでも考えてみろ!! こちらは十分な受け入れをする!!」


「裏切者! さっき国王の言葉にYESと答えた癖に!!」


「そんなの社交辞令に決まってるだろうが! 誰でもそう答えるわ!!」


「同じ窯で焼かれたパンー!!」


 本当に煩い。言葉が分からないから周囲も黙って見てるけど、こんなところで話す内容じゃないし、ましてや殿下同士が言う言葉でもない。すっごく迷惑。


「どっちも嫌です。っていうか煩いです」


 嫌い。と、二人の男から言い寄られる女性みたいな返事をしたら二人はがーんとショックを受けた。


 そんな事を言いながらもこれからもこの国の為に尽力し、他国の為にも尽くす彼の未来にはずっと聡明で美しい妻がいた。そして彼に尽くしたいと名乗りを上げる者達も。




 気高く美しい成金伯爵令息のノブレス・オブリージュは始まったばかり。

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