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 その後、親子三人で話をした。現在の財産の内訳と領地経営の実際を教えて貰った後、具体的な話をする前に一つだけ守れと言われた事がある。


「この家は、いずれお前のさじ加減一つで動かせるようになる。領地の繁栄も没落もお前次第だ。自分自身、何ができた訳じゃないからこちらから指南する事は何も無いけれど、一つだけ心に留めておくべき事を言っておく」


 本来は世襲する時に言うべき事。けれど息子が動き始めるというのなら伝えるべきは今。


「『もう駄目だ』の見切りだけは誤るな。潰れる時はお前から…いや、潰れるならお前だけ勝手に潰れろ。金はそれを逆算して使え」


 不慮の事態もあるだろう。それはそれ。けれどもしも自分の舵取りで船が沈みそうになったら。その時は自分だけが身を投げれば他の皆は岸まで辿り着くタイミングで諦めろ。親のその言葉を子どもはその通りに受け取った。


「分かった」


「試算もまだだと言っていたけれど、考えてみれば出せない額を言われても困る。こっちが出せる額を後で提示するから、足りなければそれを元手に増すなり自腹を切るなりしろ。失敗して無くしたとしてもいずれ全額返せよ。さっきお前が言った通り、効果を考慮した上で改めて数字を出すから」


「はい」


「この先の予定は?」


「具体的な検討は現地でしたいし、準備出来次第出ようかな。あの近くに別荘あったよね。使って良い?」


「いいぞ」


「使用人も必要なら何人か連れて行きなさい。当面の面倒はこちらで見るけど、お金を回す以上、いずれは自分で養うこともちゃんと考えるのよ」


「分かった。ありがとう」


 そう言った息子の巣立ちを、親は嬉しいような寂しいような複雑な気持ちで受け止めた。


 そして詳細を説明し、本人の希望も含めて何人か付いて行かせる者を選抜してくれと頼んだら執事とメイド長は自身がついて行くと言う。こっちの仕事はどうするんだと聞いても後継はしっかり育てたから大丈夫! と聞く耳を持ってやしない。結果その通りだったけれどもこの思い切りの良さよ。もう二人は当てにならないのでその他の希望者を自分達で募ったら出来の良い者達ばかり手を上げる。いずれ管理職にしようと思っていた使用人達ー!


「お前何をした」


 流石に黙っていられなくて息子に聞いても「何の事?」とはてな顔。


「お前達の差し金か」


 執事とメイド長に聞いても「何の事です?」とはてな顔。どうやら本当に本人達の意思らしい。


 ちゃんと面と向かって確認してみたら「興味しか無い」「絶対楽しいから」「この日を待っていた」(※意訳)と行く気満々で答えてくる。何も無い僻地だと言っても聞きゃしない。それ以外にも不便やデメリットを伝え、何度も何度も何度も何度も説得を重ねても微塵も意思が動かない。「大丈夫です」「全然問題ありません」「そんなの屁でもないです」と笑顔でばっさり切り捨てられて、根負けした両親は折れざるを得なかった。その彼等の旅立ちの日の笑顔ったらもう。何で息子よりも良い笑顔なの? もう好きにしろとやけくそで送り出した。これだけじゃ終わらず、いずれあんな事やこんな事が起きるなんてこの時は勿論想像すらできずに。




 さて、僻地に到着した彼等に不便が無かった筈が無い。家や周囲は定期的に掃除していたとはいえ、最低限しか無いそこで全部一から自分達で整えた。主人には仕事がある。即刻快適にすべしと動いたできる使用人の働きで、殆ど不自由なく生活を始める事ができた。だとすれば自分もやるべき事をしようと、オーソクレースはまだ家具も十分に揃っていない部屋で地図を広げては日中に現地に足を運んだ。できるだけこの目で確認してから話を外に広げると決めていた。自分のせいで話が止まることはできるだけ避けたい。


 やがて素人なりに思い付く限りの確認を終え、そこから人を頼り始めた。金銭的負担の大きさだけではなく、自分の思い付きや少ない人間の決定で進めて良い話ではないと考えを改めた。時間をかけて見て考えた結果、色んな疑問と案が生まれた。それを全部クリアにしなければ。環境配慮や道の作り方。道を通す場所一つにしても何を優先にするかで変わる。考え方は何通りもあるし、専門家や使う人間の意見はできるだけ多く聞いて決めたい。その他にも沢山の情報が必要だ。


 自分は無知だという自覚が専門家に頼る事を当たり前にさせた。その相手には年下であろうと平民であろうと最大限の敬意を払った。逆に権威があろうと大手だろうと、信用や話をするに値しないと判断すれば躊躇いなく切った。自分には背負っている者と責任がある。それが一番重要で、自分の面子や評価に執着を見せないオーソクレースにやがて人が反応し始めた。質の良い人間は質の良い人間と繋がっている。やりがいや喜びに繋がる道作りに関わりたいと次々に声が上がり始めた。


 その最中に現実を知る。天候が崩れるだけで行く手を阻んできた細い坂道。その他にも様々な理由でこの山道を避け、迂回したとしても距離が延びるだけで目的地までの労力は然程変わらない事。今作っている道があれば、もっと沢山の可能性と時間が誰かの手にあった筈だった。そんな事を話す皆の顔がこの道に対する期待と喜びに満ちる。これからはその可能性と時間が現実のものになる。当初の目的よりもずっと広がった「造る意味」に全員が夢中になった。そして安全と使い勝手に最大限考慮し、ぶつかった事や多少の不満も全部全員で飲み込んだ最高のものを皆で作り上げた。これは領地経営の一環に留まらない。使う側を最優先にしてくれた救いの道だ。余りあるものを与えてくれた彼に、感謝にも代えてお金を受け取って欲しいと一人が提案した時、全員がそれに賛成した。


 そこから広がった人脈は、その後も彼を助けてくれた。けれど助けられているのは相手も同じ。彼の為に、彼の様に、彼に認められたいと生き始めた人間は、その経験を糧に沢山のものを手に入れた。国中に広がり、国外にも飛び出した彼らの中にはいつも現場に尽力してくれた貴族の生き方があった。それを基準にすれば、今自分が向かい合っている相手を計る物差しになる。それを裏切らなければ自分に嘘をつくことは無かった。そんな彼らはやがて大成する。それも誰も知らない未来の話。

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