計画と実行1
そしてその後は言うまでもなく。これが王令であり、貴族としての務めとも受け止めたオーソクレースは帰宅してすぐに取り掛かった。まずは状況を整理しよう。自分が動かせる可能性のあるものは領地の土地、人、資産。金を集めるだけなら外に出て自分やアイディアを売る手もあるけれど、殿下の言った金の性質上、安定した収入源を作る必要がある。長期計画なら将来も見据え、領地に効果がある方法を考えた方が良い。だとすると親との交渉次第になるけれど、これを動かす前提で考えよう。
次はその方法について。まずはゴールを設定しよう。それをはっきりさせなければ選択肢を揃える事も決定もできない。やみくもに手を出してもその場しのぎにしかならない。
何にするかな…。
金額を設定しても達成すればそこで終わってしまう。何かをする事をゴールにしてしまえば結果を重視しなくなってしまう。そうじゃなくて継続的に効果が見込める目標が良い。それはきっと誰かの為にもなる。
散々検討して「領地に人を引き込む事」に決めた。領地に入る事が有益だと捉えられ、人が集まれば金も落ちる。金が落ちれば領地が栄えて更に人を集めることができるだろう。物も情報も、取捨選択は必要だけど入ってくる数が多いに越したことはない。人の口を使えば外に情報を広げて貰う事もできる。効果は絶大なだけに達成はかなり難しいけれど目標と方向性としてはこれでいい。
そしてその方法を模索した。何かの催しを行う。宿泊施設を造る。市場を活性化させる。特産品を作る。…色々思い付きはしたけれど、それは領民の継続的な努力と金銭的負担が必要になる。こちらの都合でそれを負わせる訳にはいかない。それは自分達が負うべきものだ。彼らに働いてもらうのは、その後に本人達の為に金を稼げる段階になってから。ううぅーん…。じゃあ、どうしよう。
そこで長い間、手詰まりになった。分かっていたけれど簡単じゃない。何日も考え続け、本を読んだり人に会って何か閃かないかと悪あがきしても何も思い付かない。一度領地を全部くまなく見て回ってみるかと地図を見ていて気が付いた。ここ、何でこんなに遠回りなんだ? 領地の端っこにある、山に沿って作られた半楕円の道。凄く不便だ。そのせいで物が届くのも遅くなるし、運び屋の負担も大きい。もしかしたらこれを敬遠して領地に入ってこない者もいるんじゃないか? ここをショートカットできれば王都までも近くなるし、絶対皆便利になる。人を引き込むという目的にも一役買える。
しかも調べてみたらこの半円はかなりの高低差まである。道幅も広くは無さそうだ。天候が悪ければ使うのも危険と知った。必ず登って降りなければならない困難なこの道を平坦で短い道に。
…うん。
これは良い案だと思う。まずはここに道を作ろう。何時間も地図を見て想像して強くそう思った。
「家出るわ」
ということで食事中、唐突に言った息子に特に驚くでもなく両親は言った。
「何で?」
「どこ行くんだ?」
「森の方」
「晴耕雨読をするには若過ぎるんじゃない?」
「そうだ。働け」
「道を作りたいんだけど」
「…」
「…」
そこで二人は初めて息子を見た。そして眉間に皺を寄せてから呟く。
「もう少し鍛えてからの方が良いんじゃない?」
「道具だって色々必要だろ」
その場には執事もメイド長も給仕の使用人もいた。けれども、多分そうじゃない。というツッコミは誰からも入らない。
「詳細は後で話そうと思ってたんだけど、山を迂回する道をショートカットさせたいと思って」
「どこの道?」
「領地の外れの」
「ああ、あそこ」
確かに不便だわ。と呟いた母親の隣で父親が言う。
「どんな風に?」
「それはこれから考える」
「生きている内にできるか?」
「これは一生を賭けた大仕事になるわね」
「敢えて言わなかったけれど自分で作る気は無いからね」
その言葉に、だよね。と、使用人の何人かが頷いた。
「じゃあ外注か?」
「そうしたい」
というか、そうしないと無理。きりっ。とした顔の息子に父親は言う。
「金は?」
「出して欲しい」
「どのくらいだ?」
「まだ算出していない」
「返す当てはあるのか?」
「当ては無いけれどつもりはある。あと、効果も考慮して欲しい。領地に人が入れば税収も上がるでしょ」
「うーん」
唸りながら父親はそろばんを弾いたらしい。やがて宙を見て、目を閉じてから小さく頷いてこう言った。
「それはいずれお前が負うものでもあるから、まずは覚悟と見通しがあれば良い。ただ、俺が領主の内は意見を言わせて貰う」
「分かった」