2
「以上です」
「まだ大事な部分を聞いていないな」
「大事な部分?」
「つまり君は、人が最も重要だと言った」
「はい」
「その人間は金を供給することで動くとも言っていた」
「はい」
「けれど有能な人間は、それでは手に入らないかもしれないと言っていたね」
その先を想像したのか、男の相槌が止まる。構わずそこに飛び込んだ。
「その人間を手に入れる方法は?」
「知りませんよ。そんなの」
楽しそうに笑って男は呟く。
「それぞれに何かあるんじゃないですか? 何を言っても駄目かもしれませんし、逆に金で簡単に動くかもしれませんよ」
「他にはどんなものが考えられる?」
真っ直ぐに目を見てそう言ったら、困った様に小さくため息をついて男は呟いた。
「弱みを突くのが一番効果的でしょうね」
「そういう人間とはその場限りにしたくないんだ」
「だったら信頼関係を築くしかないのでは?」
「例えば友情とか?」
そう言ったら相手は怪訝そうな顔をして黙る。そして僅かに顔つきを変えた。今まで話をしていた理性的な顔に、少し年相応の感情が浮かぶ。
「…お互いがそれと認識していれば可能ではあるのではないですか?」
「それを見越して頼みたいことがあるんだけど」
「殿下。私ははっきり申し上げましたが? その意識を共有していればと」
「同じ窯で焼いたパンを食べた仲だろ!」
「学校の食堂のパンでしょうが!!」
そう叫んでオーソクレースはぶんぶんと首を振った。
「お断りします! 殿下と私は友達ではないので!!」
「あ。酷い」
がーん。と、本当にショックを受けてアリドレイズは呟いた。
「酷いよー。そんな言い方しなくても良いじゃないか」
「泣いても駄目です」
「じゃあ王令発動しちゃおっかなー」
結局弱みを突くのかよ。と、真顔になったオーソクレースにアリドレイズは笑う。
「まぁ、それは冗談だけどさ。君の話は大変興味深かった。それを踏まえての依頼だ。強制ではないけれど努力をすると約束してくれないか?」
「…何をですか」
警戒心ありありの伯爵令息に王太子殿下はこう言った。
「この国の為に金を集めると」
その言葉にオーソクレースの表情が少し変わる。今までの話はただの雑談だ。そして自分の一意見でしかない。それなのに彼はそれを受け入れてくれたらしい。
そしてこの言葉は少し別の意味を持つ。彼が望んだ通り金が集まったとしても、税金以上の金を理由もなく王家に献上する事はできない。意味の無い金銭のやり取りは賄賂にしかならないし、金の流れを隠す事もできない。となれば金を集めてフェスター家で維持するように求められている。
つまりは国の裏金庫だ。本来ならば資産のある名家や商才などがある裕福な貴族が何か事が起きて初めて名乗りを上げるもので、使うかも分からない他人の金を予め用意しろのは聞いたことが無い。
けれどこの王族は、自分に金を握っていて欲しいと直談判してきたのだ。金の不足による不安や弱みを無くし、王となった自分を陰から支えて欲しいと。…まぁ、その金を自分で集めるということを考えると話は一気にシビアになる訳だが。
そう。相手は簡単に言ってくれるが、実はこの話は滅茶苦茶シビアだ。彼が求めているのはちょっとした小金ではない。国を救う程の大金だ。それを長期間保持し、何時でも使える状態にする事を求められている。しかも使うかも分からないのにだ。やだやだ。当てにされるのも癪に障るし、準備していたものが無駄になるのも空しいし、どっちにしても自分にとってのメリットが何一つ無い。なので正直に迷惑ですと顔に書いてせめてもの抵抗した。
「たかが伯爵家の人間に何を求めているんですか」
そうそう。思い出しましょうよ。うちは人脈も力もない、ただの中流貴族ですよ。金も無い。そんなに無い。多分無い。詳しくは知らないけど。
「伯爵家だから何? 有能な人間は有能な人間。それだけだろ?」
その言葉にため息をついた。もう駄目だ。聞く耳持ってねぇ。いつまでこんな事が続くんだとオーソクレースは頭を抱えた。
そもそもの始まりは学生の頃、学園祭の準備でてんやわんやしてたアリドレイズに「ちょっと手伝ってくれ!」と言われたことだった。その辺を歩いていた生徒皆召集されて下働きをさせられて、それで終わりの筈だった。…のに、自分一人だけ下僕として有能だと思われたのか何なのか、その後のパワーワードは「オーソクレースを呼べ!!」。部外者なのにその後もずっと生徒会の仕事をさせられて、そのせいで学生時代の思い出が何にも無い。
やっと学校を卒業してお役御免かと思えば留学するからついてこいと国外にまで連れて行かれたり、戻ってからも王宮でしつこく「オーソクレースを呼べ!!」は続いているし、その結果がこれである。俺が何をしたって言うんだ。伯爵家にこの年齢で生を受けたのが原因というのなら自分にできる事は何も無いんだが。と、何十回目か分からない苦悩をしてオーソクレースは唸った。
でも、まぁ、納税も領地を潤すのも基本的な貴族の義務だ。そう思えばやらざるを得ないことではある。金はあっても困るものではないし挑戦は自由だ。努力と言われたし、ただの口約束を突っぱねる理由も無いか。
「承知致しました。尽力致します」