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二人の男1

 それから更に数年前のこと。


「強い国に必要なものって何だと思う?」


 と、一人の男が言った。対面の男はカップを静かに置いて呟くように答える。


「軍事的にというのなら武力でしょうし、規模であれば土地でしょうね」


「うーん…。そういうことではなく、それがあれば何があっても対応できるような…どんと構えていられる力」


 再度の問いかけに、対面の男は一瞬沈黙してから答えた。


「金と人」


「現実的だねぇ」


「そりゃそうでしょう。愛じゃ病気は治らないし、空腹も寒さも凌げません」


「医者と食べ物と家よりも金の方が強いかい?」


「その時々で必要なものは変わります。金は最終的に必要なものではありませんが、必要なものに姿を変える力を持っています。勿論、飢餓などの特殊な場合においてはこの限りではありませんが」


「うん」


「金は世界が動く原動力になります。労働も知恵も、大抵は金を供給することで動き始めます。どんな小さな単位でも人である以上どこかで必ず関わるものですから、やり取りをするにはこの上なく便利なアイテムです」


 敢えてそんな言い方をした彼の言葉に話の本質が少し覗く。


「そうだね」


「けれどそれで全てをまかなう事はできません。そして先程も申し上げた通り、価値も不安定です。金は所詮、ただの物。人の共通認識で価値があると認めただけに過ぎません。その認識が変わるだけで金の価値は上下し、最悪の場合は無くなる事もあるでしょう。その価値を認めない相手にも利きません。また、数値化というのもなかなかに困難です。相場や原価が無いものにどの数字を当て嵌めるか。人の能力などがそれにあたります」


「うん」


 労働は人の働きを金で買う事だ。それは日常的に行われているありふれたものの筈なのに、彼の言葉はその困難を語る。


「幾らでどのような働きをして欲しい。という希望に応えてくれる相手が必ずいるとは限りません。国が必要とする有能な人間なら尚更です。まずはその働きに対して妥当な数字を私達に出せるのか。相手が交渉してきた場合、それが適正だと判断はできるか。更にそう判断したとしても応じる事はできるのか。そもそも相手の求めるものは金ではないかもしれません。世界の常識や有事をひっくり返せるような人間は、私達の知らない事を知り、私達の知らないものを持っているでしょう。見返りに求めてくるものも我々の想像の外にあっても不思議じゃない。まぁ、それを叶える為には、やはり金は必要なのかもしれませんけどね」


「いたちごっこだね。それに結局どこが一番重要なのかが理解できない」


「今申し上げたのは金が重要な理由ではありません。金はこういうものですねというただの意識の摺り合わせです」


「じゃあ、余計に理解できない」


「そうですか?」


 笑い声交じりにそう言った男は、さらりと解決方法を口にする。


「定点が無いからぶれるんです。人を固定しましょう。人は上下左右、前後にも散らばり、金はその間を浮遊するだけのものです」


「うん」


「何かを得る為や、人を動かしたりする際に使うものが金です。交換したり、人を押したり逆に止めたり、土台にしたり囲ったりもできる」


「…つまり」


 何となくイメージはできた。けれどやっぱり釈然としない。金が最強な理由は何だ?


 ちょっと頭を整理しよう。人間は定点であり、金は浮遊するもの。仮に、沢山の金が自分の元にあったとしたら?


 彼は言っていた。金は「交換したり」「人を押したり」「逆に止めたり」「土台にしたり」「囲ったり」できる。金と交換して何かを得たり、他人を操作したりできる、のは分かる。…土台? その金を元に自分を高めるって事か? けれどそれでは世界観が崩れる。それにそれは「交換」だ。彼のその言葉通りの使い方をするのなら、自分はその金に「乗る」のだ。そう。上下左右に散らばる人間の内の「上」を目指して。何かを隠したければ金で囲ってしまえば良いし、相手のそれを見たければ更に高く金に乗って上から見ればいい。


 …あれ? ということは? 思いもよらなかった気付きに目を丸くした自分に、まるでその気付きを待っていたかのような男の声が聞こえてきた。


「金は、本当に便利ですよね。そこにあるだけでも役に立つ」


 回りくどい言い方に少し笑ってしまう。前提が間違っていた。金を持っていれば強い、金が力、なのではなかった。


 つまり金如きに振り回されていては強さは手に入らないと言いたかったのか。確かにそんなものに動揺して立つ土俵すら制限されたら、そうじゃない相手に敵う筈がない。


 金が潤沢にあればそれで解決できる要求は簡単に通り、不利な交渉に耳を貸す必要もない。不自由に視界を遮られなければ真実を隠されることもないし、それに価値を求めない人間と視界の共有もできる。いや、積極的に動かす為だけではなく、もっと消極的に小さく考えるのなら、不要な不幸を作らせない為の措置でもある。多分、彼の最後の言葉は自分をそこにも導いた。


 つまりこれは強さを手に入れる為では無く、弱みを無くす為の行動。自分の問いに対する相応しい答えだ。


 …うん。


「人は?」


「物流も労力も知恵も、食べ物、商品、サービス、医療、開発、全て人間からしか得られません。実際に動く者、それを管理する者、操作する者。どの部分も重要です。その人間が健康であることも子どもを産むことも国を豊かに存続させる上で欠かすことができない、言うまでもなく最重要の要因です」


「うん」


 淡々と話すその言葉の裏側に、常には感じられない感謝を垣間見た。誰かの働きは誰かを助ける。国すらも。その人間を国は守らなければならない。強くなければならない。その為の金と人。

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