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その数日後。お互いに予定を調整して、明日の約束を取り付けたから帰ってこいと使いを出したら、どんなに言ってもなかなか帰ってこなかった息子があっさり帰ってきた。


「色々ありがとう」


 と言うから、沢山言いたいことはあったけれど久し振りに親子水入らずで穏やかに過ごした。今までは戻ってきたとしても不毛な見合いをしてさっさと僻地に戻る息子に怒りと呆れ以外ぶつけるものが無かったけれど、珍しく仕事の話や向こうにいる使用人の話を聞いた。結果を出すだけあって、しっかりとやる事はやっているらしい。何も無いところで不自由な生活をしているにもかかわらず、使用人も誰一人辞めていない。十分な待遇をして良い関係を築けていることも分かった。そこには何も心配は無さそうなので件の令嬢の事を聞いてみる。


「レルブレフ侯爵家のご令嬢はどんな方なんだ?」


「どんな…んー…。一言で言うなら綺麗な人かな…」


 容姿を表現しているかのような言葉に両親は違和感を覚えた。けれど息子は「美人」とは言わなかった。だからすぐにそれは違うと分かった。


「具体的にどこが?」


「姿も仕草も言葉も。礼儀も心も。…本当に全部」


 すらすらと出てくる彼女を表現する言葉に心の底から驚いた。そして安心した。そういう女性と巡り会って、息子はそれを理解できたのか。


「貴方がこんな勢いで求婚するなんてよっぽどなのねぇ…」


 実はこの一家、ただの伯爵家であることには変わりないが息子だけが特に秀でている訳では無い。当たり前のように領地の為に奔走し、当たり前のように国に尽くし、当たり前のように礼儀を重んじてきた一家。姉を見ても一目瞭然である。金のある場所、美しい姿形に惹かれるのは人間として当然だと周囲も許容しつつ、傲慢になることなく安易な相手を求めない息子にもどかしくも感心していた。庇いきれないこともあったけれど、自分達の頑張りが二人を結ぶ一部になれたのなら親としてこれ以上嬉しいことはない。それは先方も同じだろう。向こうは娘であるが故にこちら以上に辛い思いをした様子が垣間見えたけれど息子がそれを無くす存在になれたら。


「そういう人だから自分を受け入れて貰えるかは分からないけどね」


 その言葉に、彼女を心底素晴らしい人だと思っていることを感じる。相手も自分の内面を見て判断するだろう。それがどう転ぶかは分からない。言いたいことは分かる。とは言ってもお前、レルブレフ侯爵は自分の息子と思えないほど好感触だったぞ。


 …とは親である自分から伝えることではないので黙っておいた。侯爵からは、それでも娘から返事をさせると保留にされている。金を持っている格下も悪くないと声をかけてくる上流貴族とは違う。親としてもこの結婚は好ましい。何とか上手くいって欲しいと、全ては間違いなく上手くいくと分かりながらもそれぞれ不安な夜を過ごした。




 そして翌日。レルブレフ侯爵家。


 前日、娘が王太子殿下に呼ばれて不安に思いつつも送り出し、もしかしたらそれら全てから彼は娘を守ってくれるかもしれないと思う親は不安と期待の入り交じった夜を過ごした。その夜、カレンを泣く泣く送り出したラルフィールに会った朝。部屋に来た娘に、お前の思い人が迎えに来てくれるよと言いたい気持ちをぐっと堪えた。期待が大き過ぎて本当に現実なのかと。オーソクレースの印象は自分達が持っているもので間違いないかと。慎重に慎重を重ねたくて何も言えなかった。もう一度彼を見て、娘に会わせるかすらそれからだ。これを失敗してしまったら娘はきっと壊れてしまう。


 そしてやって来たオーソクレースは想像通り礼儀正しく、いや、想像以上の好青年だった。多かれ少なかれ、人間はその場しのぎに取り繕うこともあるだろう。けれど何を聞いてもどんな表情も想像以上に好ましい。それなりの家でそれなりの人生経験を積んでいる自分から見てもどこにも違和感が無い。こんな男性に娘を預けられたらと思うと鳥肌が立った。


 あとは娘の気持ちと伯爵がどう思うか。娘には会ったことがないと言っていた彼等が、今の令嬢の常識とかけ離れたラルフィールを受け入れてくれるのか。緊張しながら娘を呼んだ。そして来るまでの時間に思い直す。いや、もしも受け入れて貰えなければそれだけのことだ。自分達は娘の生き方に言うことはない。慎ましく礼儀正しく、優しい女性に育ってくれた。もしも駄目なら合わなかっただけのこと。後悔も悪いことも何も無い。


 そして入ってきた娘を見て伯爵夫人が呟いた。


「本当に、なんて綺麗なお嬢さん…」


 そうです。自慢の娘です。嬉しくて思わず涙を浮かべたらオーソクレースと目が合う。迎えに行ってやってくれと頷いたらそれを分かってくれた。ああ、なんて尊いことか。


 その彼に娘は泣きながら抱き着く。今まで自分自身の事には泣き言一つ、涙一つ、親の前では零さなかった娘が。それを見せることのできる相手。この世界にきっともう一人もいない。返事を聞くまでも無かった。


 部屋を出て親同士、思わず男泣きをした。隣で妻達もハンカチで目を押さえている。こんなに素晴らしい日が来るなんて。この日まで耐えた娘を心の底から誇らしく思った。

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