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「それで結婚後は、オーソクレース様が管理地で生活なさるのでしたら別居という形でも…うーん。うん。構いません。やはりお金を生む場所はね。ご自身が管理されるべきです。私は一人でも問題ございませんのでお気になさらず。本当にお気遣いなく。我慢しますわ。仕方ありませんものね。寧ろそうして下さい。お互いの為にもその方が良いと思いますわ。ただ、代わりにお金は十分にご準備下さい。妻に我慢を強いるのですもの。当然ですわよね」


 にこにこ。と、笑顔で頷いた令嬢を前に辛うじて笑顔を見せた自分を褒めて下さい。


「やっぱりね。ほら、城下じゃないと流行もエステもお付き合いも遅れてしまいますでしょう? そうしたらオーソクレース様にご迷惑をお掛けしてしまいます。そんなことはとてもできません。ですので私、こちらでしっかりとお勤めを果たさせて頂きます。勿論、こちらにいらした際には最優先にお相手して差し上げますのでご遠慮なく」


 それ、どこの娼婦? と、言ってしまいそうになったのを飲み込んだ。


「社交に疎いと伺っていますから教えて差し上げますけれど、女性にはお金がかかるものなんですのよ? その点、あなたなら十分に尽くせる筈なので自信をお持ちになって。家柄がイマイチなのは引っ掛かりますけど、お金という強い武器をお持ちですし許容して差し上げますから。感謝は結婚後に目に見えるものでお返し頂ければ結構です。そこを出し渋る男は不甲斐ないとレッテルを貼られるのでお気を付けあそばせ」


 ちーん。もう言葉も出ませんでした。






「巷の令嬢の間では睫毛を孔雀化するのが流行ってるのか?」


 領地の端っこに逃げ戻り、俺はメイド長に愚痴った。メイド長と言っても束ねる人数は片手ほど。ベテランの彼女は本来なら王都の本家で百人以上のメイドを管理するべき立場の人間なのに現場であくせく働かせて申し訳ない。俺が不甲斐ないばっかりに。いや、なくはないけれどここでの勤務を希望する人間がいない上に、いても俺と合わない人は不採用にさせて貰ってるから余計に人が増えないという悪循環。だって「こんな場所に人住めるの?」とか「働く人間もださっ」なんて顔に書いてある奴を採用する訳にはいかんだろうよ。あと「ここが大好き。心の底からここで働きたいの。皆さん、仲良くして下さい」という一見完璧な人間も実はやばい。以前そういう人間が来て、調べてみたら犯罪組織の一員だった。金だけはあるからねー。ここ。ここ「の金」が大好き。だったんだよねー。そりゃー満面の笑みで応募してくる訳だ。当然すぐにお縄頂戴して、芋蔓式に後ろの組織も出てきちゃってあっちこっちから感謝されたけどどうぞお構いなく。実は数国に渡って派手に暴れまわっていた犯罪組織だったらしく、かなり大々的に報じられたけど、こっちはこっちで危なかったと胸を撫で下ろしただけで終わった。風の噂では「少し痛い目に合えば良いのに」なんて言ってた奴らがいたらしいけれど正気か? 犯罪組織に金が渡ったら次に狙われるのはお前らだぞ。


 こっちでも、良く分かりましたね。坊ちゃんて変な嗅覚持ってますよね。なんて褒められてるんだか何だか分からない話のネタになったけれど「何かおかしい」とか「違和感がある」って直感、皆はそこまで拠り所にしていないんだろうか。俺は結構その感覚を信じてる。そういうものは仕草や言葉尻に必ずと言って良いほど顔を出す。この時みたいに逆に全く出て来なくて変だと感じることもあるけれど。


 とにかくそのせいというか何というか、どんな小さな事にも建て前と本音と見栄僻みが必ずセットの貴族社会なんて色々見えちゃって生き辛いばっかりな訳。元々そんな感じだったのに、成金になってからは「素敵ー!(成金の癖に)」「君、凄いね!(運が良いだけの癖に)」という雑音が話しかけてもいないのに浴びせられるようになって更にうんざり。因みにこの括弧内の本音がただの想像ではなかったことは立証済み。ちょっと離れた隙にそう言っているのが聞こえちゃったりもしたしね。っていうか、いくら何でも見極めが甘過ぎない? 何なら俺の姿まだ視界にあったでしょうが。早く貶したくて気が急いていたのは分かるけどもさ。それともわざと? え? わざとだったの?


 まぁねー…。貴族に限らず人間関係っていうのはそういうのが必要なのも分かる。僻み、羨望、共感。そこに包まれていれば安心もするんだろう。それに対しては理解もするしどうにかして欲しいとも思わない。ただ放っておいてくれ。頼むから関わってくるな。陰口叩いても良いから巻き込まないでくれ。多分さ。俺の社交界に馴染みたいという気持ちを逆手に取ろうとしてるんだろうけど、実際にはこっちにその気が全くないから悪意が透けて見えちゃうんだよ。だから余計に気が萎えるんだよ。誰も得をしないという無意味なやり取りだって早く気付いてくれ。


 でも家としてはそうはいかないんだよねぇー。曲がりなりにも貴族だし、結婚適齢期真っただ中だし、あいつウハウハじゃんと注目されるようになってしまってからは家に見合いの申し入れが殺到するようになってしまった。突っぱねる理由も本人のやる気以外には無いし、でもそんなの言えないし、すんなり突っぱねられない相手も結構いるみたいで親は発狂している。たまに両親の我慢が限界を越えるとお前のことなんだから自分で何とかしろと令嬢に会わされてこの様だ。不毛が過ぎる。


 さて、長くなったけれども俺の一言にメイド長は顔を顰めて呟いた。


「それ、絶対に外で言ってはいけませんよ。ここから出たくないではなく出られないになってしまいます」


 あら怖い。でもそれもありかも。と一瞬思った俺にロマンスグレーな執事が「坊ちゃん」と低い声で囁いた。人の心を読むな。


「まぁ、孔雀というのもあながち間違いではないのでは? あの綺麗な羽で相手を誘惑すると言いますし」


「あれ、男性側がやるものじゃなかったっけ」


「どっちだっていいんですよ。相手を狙っている者がする主張なんですから」


 あ、あれでも一応戦闘態勢ではあったのか。成程。それなら理に適ってる。


「気合いの表れですな」


「そうです。坊ちゃんの為に頑張って下さったんです」


「そのせいでもう睫毛しか覚えてないんだけど」


「この前はぷっくりつやつやリップでしたね」


「その前は盛り髪」


 いたいた。いたねー。


「その三人を素の状態で並べられたらどれが何だか分からない」


 そう呟いたら二人は残念そうな顔をした。


「ここまでやり甲斐のない殿方も珍しい」


「だからぼんやり坊ちゃんと言われるんですよ」


 ん? ちょっと待って。それどこで言われてるの? ここで皆が言ってる陰口だよね。ひでー。


「でも俺、別居婚も娼婦も素顔が分からない嫁さんもやだー…」


 呟いて机に突っ伏したら二人は顔を見合わせてため息をついた。そうですね。可哀想に坊ちゃん。


「初夜に相手の素顔を見て驚愕っていうのはあるあるですからねー」


 あるあるなの? 皆それで良いの?


「最近ではお相手様に素顔を見せずに添い遂げるというチャレンジをなさっている令嬢もいらっしゃるとか」


 えええ? それってあのごてごてで寝るって事? 大丈夫? お肌とかシーツとか。


「女性はそれ位の努力をするのだから、受け入れる男性側にもそれだけの覚悟が求められるのです」


 え? 意味が分からない。何の覚悟? そんなの求めてないんだけど。


「あんなことするとお肌がぼろぼろになってしまうんですけどねぇ…。だから旦那様と別になった瞬間に落として手入れをしなければならないのですけれど、またすぐに塗りたくりますから全然回復しないんですよ…」


 ちょっと待って? 今、何か不穏な言葉が聞こえたけど?


「俺、ずっとここにいるんだけど」


 ここに住んでるし。ここで仕事してるし。結婚して一緒に住んだら別にならないよ? どうすんの?


「そういう事も含めて別居を提案されたんでしょうね。勿論ど僻地が嫌なのもあるのでしょうが」


「お金は潤沢にくれて殆ど一緒にいない旦那様なんて令嬢の憧れですよ」


 え? 嘘。その割には上から目線で全然求められている気がしなかったんだけど。あれ、お断りの口上じゃなかったの?


 そう思っていたけれども後々熱烈な返事を急かすお手紙がばんばん届くようになってそうじゃなかったことが判明した。勿論お断りしたけれど。


「つまり坊ちゃん。今、坊ちゃんは令嬢達の中でダントツの超優良物件なんですねー」


 と言いつつ、ばっさりとお見合い写真を机に置く執事。お? どこから出した?


「男性側に関しても『俺が養ってやっているんだ』『俺の金で綺麗になっている癖に』という意識が標準の中にあって、坊ちゃんのぼーっとした感じは楽以外の何物でもないですから。それはもう、はい」


 ちょっと? 今またさらっと酷いこと言わなかった? いくらぼんやり坊ちゃんでもそろそろ怒るよ?


 とはいえ怒るところがなくて「いぎぎぎぎ」と苦虫を噛み潰していたらメイド長の声が聞こえてくる。


「聞くところによると白い結婚というものもあるらしいですけどねぇ…」


「なにそれ」


「書類上結婚はするけれど心は他人…。つまり夫婦がするようなことは何もしない、契約上の夫婦ですね」


「それ、する意味ある?」


 聞いたら二人は顔を見合わせた。


「…貴族間の繋がりを作る為に…」


「いらん」


 こっちは何も困ってないし、金をよこせと言われるだけの繋がりを何でわざわざ作らにゃならんのですか。何なら成金風情がって馬鹿にしてくるし。


「…親御さんを安心させる為に…」


「孫見たいって言われてるのに?」


 できるかどうかはまた別問題だけれども、最初から作る気のない相手と結婚する必要がないよね。


「…他の令嬢を黙らせる為とか」


「駄目ですよ。昨今の令嬢はそんな事じゃ引きません。人のものであろうとお構いなしにアプローチしてきますから。ましてや白い結婚なんてバレたら、だったら私が私がと押し倒されますよ?」


 執事に被せてメイド長。え? じゃあ何で白い結婚なんて言い出したん?


「そして押し倒されたら最後、責任とって下さいと色々要求されるでしょうね。金吸い取られまくりますよ」


 何で押し倒された方が金を払わなければならないのか。


「うーん。そうなると結婚相手も酷いわ酷いわと要求がエスカレートするのが目に見えますね」


 え? 白い結婚? とは? 混乱していた俺の前で、執事とメイド長は難しい顔で頷いた。


「坊ちゃん。駄目ですわ。白い結婚なんてお止めなさいませ」


「そうです。考えてみれば相手方にも失礼です」


 いや、あんたらが勝手に言ったんじゃん。俺一言も…。と、思ったけれども何故かめっちゃ怒ってる。


「すいません」


 と言ったら二人はうんうん頷いた。

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