フェスター伯爵夫妻とレルブレフ侯爵夫妻1
日は遡り、ラルフィールが最後にオーソクレースの元を訪れていた日の翌日。
「旦那様。お手紙が届いております」
「要らない」
書斎の椅子にラッコのように凭れながらその家の主人は呟いた。そのワードを口にするな。と、激昂する気力ももう無い。毎日無駄に質の良い紙で大量に届く手紙。嫌でも目に入るから気付いてしまうのだけど、同じ名前を何枚も見かけるのは何故なのか。嫌がらせなのかな。息子に会いたいと言いつつ嫌がらせしてきてるのかな。そう言えばこの前は日に複数の手紙が届いた相手もいた。うん。もう嫌がらせだわ。相手にその気があろうと無かろうと嫌がらせ以外の何物でも無い。
さて、そんな惨状を誰よりも近くで見ている筈の、まだ若い執事は困ったように呟いた。
「しかし…」
仕事の手紙は避けろと言ってあるし、そもそも封筒の大きさと装いが全然違う。だから仕分けに迷うこともない筈だ。それなのにわざわざどうした。
「オーソクレース坊ちゃんからのお手紙なのですが…」
その言葉に飛び起きた。その瞬間にばーん! と部屋のドアが開いて鬼の形相の女性が入ってくる。
「オーソクレースから?」
「は…はい」
「ふーん? あの子、手紙を書く余裕はできたみたいね」
低い声でそう言った女性に震えている執事の手から手紙をするっと奪う主人。それにも気付かない女性…基、主人の妻は執事に笑いながら囁いた。
「仕事はいい加減落ち着いたのかしら? 忙しい忙しいってこちらに厄介事を押し付けて良いご身分ねぇ。あの子は。再三再四連絡しているのにまだこの状況を分かっていないってどういう事? それとも分かっていて無視してるのかしら。親を生け贄にして? へー。そうなの。そうだったの」
彼女はここで会ったが百年目とばかりに何の罪も無い執事を追い詰めまくる。手紙の仕分け、処分。からの来客対応。外に出ればハイエナどもから狙われまくる日々。親の務めと分かってはいても我関せずの息子に憤りを隠せない。
「本当に強烈な相手と見合いをさせて滅茶苦茶痛い目に遭わせないと分からないみたいねぇ? 背中を押せばど田舎だろうが僻地だろうが女は押しかけていくくらいのことを平気でするのよ。押し倒されて既成事実でも作らされれば全て終わるのよね? そうよ。それで全て終わるんだわ」
そんな事をやってしまったら取り返しが付かなくなるけれども、とうとう親は息子を悪魔に売る決意を固めたようだ。それだけのことを息子がやっちまったとも言える。
「あなた。誰にします? 朝昼夕方夜の配達便全てに手紙を送ってきた子? それともキスマークをべったり付けてきたあの子が良いかしら。『この手紙は危険です』って封筒に書いて自ら申告してきた子にする?」
大量の手紙から何とか自分を見付けて貰おうとする女性達の作戦は次第にずれていった。それを誰かも認知せずに受け取り続けた両親は流石に壊れてしまったようだ。そういう意味では彼女達の戦略は成功したとも言える。
「いや…お、おい。これ」
「え?」
本音でもあったけれど可愛い息子を本当に売る気は無い母親は、動揺した様子の夫に聞き返した。そう言えば手紙なんて滅多に来ないのに何かあったのかと我に返る。手紙を受け取り、内容を確認して目を丸くした。これって…!!
「す…すぐに使いをやるぞ! まずはあちらの親御さんに会って挨拶と要件を伝えてオーソクレースと会って貰えるか伺ってだな…」
「え? そうなの? い、いざこういう事態になるとどうしたら良いか分からないわね」
「でも、いきなりあいつを連れて行く訳にもいかないだろう。とりあえず一度親同士で会った方が良いんじゃないか?」
「そ、そう? …そうね。ええ。そうしましょう」
「で? 相手は誰だって? 相手、は…れ? …レルブレフ侯爵家? の? ご令嬢? え? 何でそんな家の令嬢を知ってるんだ? あいつ」
手紙には簡潔に要件だけが記されていた。
結婚したいと思う人ができた。相手はレルブレフ侯爵家のラルフィール様。先方のご両親に是非を伺いに行きたいから約束を取り付けて欲しい。