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 翌日。一人で城に入った。少し前から親は同行しなくなっていた。親まで好奇の目に晒されるのが耐えられなくて、一人で大丈夫とある時伝えた。一人の心細さよりも親を守る強さが重くなった自分は少しは変われたんだろうか。外の声も目も気にせずに堂々と生きているあの人のように強くなれたんだろうか。


 さて、その日。殿下の様子は少し違った。彼の元に行ったことには一言も触れず、手紙のやり取りに関しても質問をされない。


 ただ一言、こう言った。


「来月、国外からも来賓を招いて開かれる夜会があるんだ。君にも参加して欲しい」


「…私がですか?」


 社交デビューしたのはもう何年も前の話。その間にも同じような夜会はあった筈だけど親が参加するだけで終わっていた。常識知らずだと揶揄される自分は参加しなくても何も言われない。参加してはいけないとすら思われているようだったのに。


「…恐れながら殿下。それはどういう理由か伺っても宜しいでしょうか」


「何か不思議な事がある?」


 自分の質問に、殿下は楽しそうに笑ってこう言った。


「君は侯爵家の令嬢だ。国にとって重要な場に参加するのは、むしろ当たり前のことだと思うけれど?」


「…それはそう、ですが…」


 だとしたらどのような姿で? とは、この人には聞けない。


「来賓の中には私の大切な友人も含まれている。勿論他の来賓も我が国にとって重要な方達ばかりだ。恥ずかしくない装いで来て欲しい」


 正に今、自分の姿を咎められていると気付いて背筋が凍った。何度もこうして話をしたけれど、この人はずっと自分を不快な目で見ていたんだ。


「ああ、それとパートナーに当てはある? 私の方で手配しても構わないけれど」


 恋仲にあろうとなかろうと、そのような場に成人した女性が一人で参加することは非常識だ。その場しのぎでも良いから相応しい立場の誰かを手配する必要がある。蔑まされるだけなら一人で参加しても構わなかった。けれどこれは家の立場にも関わる。


「…いえ…」


 我ながら情けない声だと思いながらその声を絞り出した。


「結構です。父に、確認致します…」


 今まで逃げて隠れていた自分に罰が当たったとその時に自覚した。果たさなければならないものを見て見ないふりをしていたから罪が膨れて弾けたのだ。もう全部を諦めよう。自分の見栄や誇り、全てを捨てても私には守らなければならないものがある。そこで大切にして貰った恩を今度は私が返さなければ。


「殿下のお言葉、全て重く受け止めます。今までのご無礼、心から謝罪を申し上げます」


 そう言って頭を下げたら殿下は目を丸くした。そして笑う。


「何か勘違いしている様だけど…うん。まぁ、いいや。当日、楽しみにしているよ」


 その言葉通り、夜会まで彼に会う事は無かった。






 帰宅してすぐ、ドレスを脱がせようとしてくれたカレンに正面から向き合った。もうこれ以上、この子をここに置いておけない。一刻も早く逃がさなければ。


「…お嬢様?」


「カレン。よく聞いて。これからすぐに荷造りをして、オーソクレース様のところに行きなさい」


 ここにいれば、この子は無理をするだろう。自分の為に泣くだろう。そんな彼女を支える自信が無い。体も心も、これからの自分は彼女の全てを駄目にしてしまう。だから逃げて。


「私は侯爵令嬢としてやるべきことがあるの。そこにあなたを連れてはいけない」


「…え?」


「心配しなくて大丈夫。オーソクレース様はあなたを受け入れて下さるから。あちらでも今まで通り、しっかり働くのよ。そして体を休めてらっしゃい」


「…お嬢様? ど、どういう事ですか!? 待って下さい! そんなの嫌です! 側に置いて下さい!!」


「この先、あなたでは力不足なのよ」


 きつい言葉をぶつけてでもとあの日、声に出した決意。けれどこれは優しさでも何でもない。事実だ。


 全ては事実なのだ。自分が令嬢として未熟なことも、カレンは未熟な自分にしか仕えられないことも。耳が痛くても聞きたくなくても自覚したくなくても全部事実なのだ。そしてそれは致し方ないことですらない。分かっていたのに目を背けていただけのこと。逃げて隠れていた事を咎められて悪足掻きするほどもう子どもじゃない。


「この言葉に背いて残ったとしても、私はもうあなたを使わない。だから出て行きなさい。必要なものは全部忘れずに持って行くのよ。残したものは全部処分するから取りに戻っては駄目。最後のお給料と退職金は後で送るわ」


「…そんな…」


 突き放した彼女は真っ青になって震えている。涙腺すら固く凍って涙も出ないようだ。苦しかった筈なのに、辛かった筈なのに、それでも自分を支えてくれた。私はここまでたっぷり甘えさせて貰ったから、あなたを手放す勇気を持てたのよ。


「カレン。今まで本当にありがとう。またいつか会いましょう。その時にはあなたの体が元気になっているって信じているわ」


 その言葉にカレンの目からぽろぽろと涙が零れ落ちた。理解してくれた。お互い悲しいけれど、これならきっと大丈夫。


「御者には私から話をしておくわ。深夜でも良いから準備ができたらすぐに発ちなさい」


 最後に彼女を抱き締めたい。と思った。けれど自分はまだ化粧をしている。止めておこう。相手を大切にするとはそういう事なのだ。


「気を付けてね。カレン」


 ここにいた時間ずっと、多分。腫れ物を触るような関係を取り払うことはできなかった。お互いに弱さを慰め合う関係はこれでお終い。


 だから最高の笑顔で送り出した。幸せを願う相手の門出に涙はいらない。

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