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 取り巻く周囲の変化に、ずっとこのままではいられない事を嫌でも自覚させられる。自分が変わらなくても周りは変化する。そこに留まっても流されても過去と同じではいられない。だから自分は考えなければならない。そして必要なら行動しなければならない。いつか来るその日の為に、何度も自分に言い聞かせた。




 夏に彼の元を訪れた。何もかもから解放されて、日常がまるで悪夢のような感覚を覚える。ずっとここにいられたらいいのに。それが不可能だからこそ一層強く思う。


 次に繋がる理由が欲しかった。けれどこの機会を逃したら、もしかしたら一生見られないかもしれない焦りもそこにはあった。自分で決められないものに委ねたその日、空は綺麗に晴れた。悲しいだけの記憶にはしたくない。彼と一緒に見られたこの星空を、悲しくても忘れたくないものとして心に映しながら呟いた。


「…オーソクレース様。お願いがあるんです」


 最初で最後の星空の下で、一生で一番の勇気を出した。この願いを預ける相手が貴方で良かった。叶うとも叶わないともかかわらず、こんな願いを口にできる相手に出会えたことがただ嬉しい。


 貴方に出会えて良かった。


「何ですか?」


「…カレンを…ここで面倒見て頂ませんでしょうか」


 そう言ったら流石に予想外だったらしい。彼は初めて自分を見た時よりも目を丸くした。


「カレンを? …何故ですか? 彼女は貴女にとって大切な侍女では?」


 その言葉に、彼から見た自分達を初めて知った。そう。自分はとてもカレンの事を大切に思っていた。けれどそれが正しかったのかどうか、この時には分からなくなっていた。


「実はあの子は体が…喉が弱いんです」


 自分と両親しか知らない秘密。本当は勝手に他人に伝えて良いことではない。ごめんなさい。カレン。


「ご存知の通り、王都の空気はあまり綺麗ではありません。ましてや貴族令嬢は色々なものを使いますから…。社交の場に付き添って、お化粧の粉で咳が止まらなくなったこともあります。私の側は、あの子にとって生き辛い場所なんです」


「…貴女が薄化粧しかしなかったのはそういう理由から?」


「いえ。それは私の意思です。私達はそういう意味でも無意識に支え合っていました。厚化粧をしたくない私はカレンを言い訳にして、カレンは厚化粧をしない私の側なら何とか勤められる。そうやってここまで来たんです」


 何度も自分のせいでと泣いたカレンを慰め受け入れる振りをして、私は彼女を傷付けていたのではないかしら。手放す決心をして初めてそう思う。私がもっと強ければ、ここまでカレンに無理させることもなかったのに。


「でも、ここに連れて来てあの子の体調の変化を目の当たりにしました。ここにいれば全然咳が出なくて呼吸も体も明らかに楽なんです」


 ずっと側にいたからすぐに分かった。あの子にはこの場所が合っている。


「すぐとは言いません。けれどもし受け入れて下さるのなら、私はきつい言葉をぶつけてでもあの子をここに送りたいと思います」


 これを彼女が望むとも限らない。けれど彼女の未来の為に体を優先したい。


「会って数回のお付き合いでしかないのに、大変負担の大きなお話を持ち出して本当に申し訳ありません。でも、どうかご検討頂けませんでしょうか」


 懇願するように言った自分に、やがてオーソクレース様は「分かりました」と言ってくれた。ああ、良かった。これでカレンを守れる。あの子はきっと拒むだろう。それでも何が何でもここで面倒を見て貰おう。ここなら安心して送り出せる。環境も。人も。


「…ありがとうございます」


 と、笑顔で言った自分の目尻にあった涙に気付いただろうか? それでも何も言わなかった優しい彼のおかげで私は自分の弱さを隠し通せた。




 その後、一人になって想像する。もしも自分の体も弱くて、だからここにいたいとお願いしたら、あの人は自分も受け入れてくれたんだろうか。答えは分からないけれど、そんな言い訳をしてもあの人の側にいたいのか、それじゃ嫌なのか。自分の気持ちも分からない。彼はずっとここにいるとは限らない。自分をここに置いて、王都で大切な人を見付けたら私は耐えられるかしら? 色んな想像は楽しくて悲しい。答えが出ないからこそ優しい。


 心の拠り所を失って愛おしい人に会いに来る理由も無くなった夜。それでもこれで良いんだと言える自分が誇らしかった。






 これからどうすれば良いんだろう。王都に戻ってきて何日か。ずっとぼんやりと考えていた。カレンにはいつ話をしよう。引き延ばしても良い事はない。けれど話を切り出す勇気もない。オーソクレース様は「そちらのタイミングでいつでもどうぞ。執事とメイド長にも話をして、自分がいない時でも受け入れる様にしておきます。事前連絡もできなければ不要です」と、最大限の配慮をして下さった。何もかも見透かした上で全部を受け入れてくれる。心の隅まで満たしてくれるような優しさに、悲しみの様な切なさを感じた。


 これが自分達を繋ぐ最後の理由になる。全てが終わった後、自分は彼に手紙を出す事ができるんだろうか。カレンがそこにいるのなら、様子を伺う手紙も彼宛に出す必要は無くなる。


 一刻も早く手放して上げなければならない小さな理由に、私はいつまでしがみ付くんだろう。


「ラルフィール様…。旦那様から言伝が。王太子殿下から明日、登城するようにとのご連絡があったそうです」


 その言葉にこくり、と唾を飲み込んだ音が聞こえた。どこまで行動を把握されているのかしら。戻ってきたらすぐお話を聞きたいなんてせっかちな方。そう思いながら無理やり笑った。私は色んなものを失ってしまった日の事を、殿下に上手に話す事ができるかしら。それでも返事は一択だ。


「分かったわ」

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