成金伯爵令息 オーソクレース1
美しさは女性の特権であり価値である。それを維持し、または高める為に努力するのは当然のこと。その自分を理解し、後押ししてくれる金と愛をくれる男性と結婚することが貴族令嬢として生まれた女の義務であり、最高の幸せである。
男の価値は家柄と女性で決まる。格式高い家に生まれ、美しい女性を射止めれば、それが自身のステータスになる。いつまでも美しいままの妻を連れて歩けば羨望の眼差しを受け、金も愛もある男だと信頼を得られる簡単かつ確実な方法。いずれ世襲して貴族となる男の目指すゴールはそこだった。
昨今、結婚を考える年齢になった貴族の子ども達の多くは、そんな意識をもって相手を見定めていた。共通意識であれば分かり合うのは容易い。自分達の努力や価値も明確で、天秤にかければ相手を迷う必要もない。目に見える愛なら疑いようもない。定規を手に令嬢や令息は一層盛り上がった。
さて。そんな世界に一人の貴族令息がいた。家名はフェスター。名前はオーソクレース。中堅どころの目立たない伯爵家の一人息子である。学生時代もあまり目立たず、卒業後も社交界に碌に出てこない彼のことを同世代の子ども達はよく知らなかった。
ある時彼は領地の一部を任されたが、そこは森と山しかない僻地。若い子はきらびやかな王都で結婚相手を探したり、最新の流行を取り入れなければ乗り遅れてしまうとそこから動きたがらないのに彼はあっさりと出て行った。それを知った周囲は嘲笑交じりに「親の怒りを買ったのか」とか「変わり者だったのか」と下世話な噂をした。けれども奥地に追いやられた男の事などすぐに興味を失い、やがて話に上ることも無くなった。
やがてその地で彼は山を切り開き、道を作って多額の通行料を得た。その道はとても安全で便利で、恩恵を受けた人々はとても喜んだ。けれど貴族達は「自分だってその土地を持っていたら」「誰でも考えつく狡い方法」と嫉妬した。
次に彼は別の山を調査し、そこから鉱石が採れることを発見した。後の調査で何世代先までも金を生むであろう質と量の鉱石が取れることが分かり、フェスター家は一気に成金貴族になった。そして「運が良いだけ」「むかつく」と、嫉妬の嵐は更に強くなった。
さて実際。何を考えてこんな事をしたのかというと、本人曰く、そこには超個人的な事情しかなかったそうだ。
ここ(ど僻地)でも新鮮で美味しい肉や魚を食べたいけど、一山越えるとそれだけで鮮度落ちるんだよなぁー。食事位しか楽しみないってのに。よし、道作ったろ。えいや。これで買い物楽々。時短万歳。折角だからもうちょっと道延ばして反対側の大通りにも繋げるか。うん。結構いい道できたじゃん。折角だし一般解放しても良いんだけど、ここら辺人気も無いし変な奴が入ってきても困るから一応関所作って通行料取ろう。まぁ、どうせ誰も来…えええ、めっちゃ人来るんだけど。どうしよう。何もしないでがっぽがっぽ。
そんなこんなで財政も勝手に安定し、そろそろ結婚相手でも探せと言われてまずはやるべきことが一つあった。実は最近の貴族男性は令嬢と出会う場でもある夜会に参加する時、剣で懐具合を表したりするものらしい。危ないし邪魔じゃね? と思ったけれど、若者の流行の事情から帯刀が許されてる夜会も最近は多いんだと。ただ、持ち込みはサロンまでで刃は付けてはいけないと。…いよいよ何なのそれ。なまくらですらないし、最早鞘を見せているだけじゃん。まぁ、見せる為だけのアクセサリーなんだろう。深くは考えるまい。
で、金を持っていれば新しく豪華な剣を誂え、家柄を見せたければ歴史のある剣(鞘)を下げたりするとかなんとか。へー。…面倒臭いな。と、思ったけれど、いいから黙って金のある内に作っとけと言われたので仕方なく重い腰を上げた。さて。どうしよう。どうせこの一生で見せる為だけの剣(というか鞘)を作るのは最初で最後だろうし、何か特別な感じで作りたいわぁ。メモリアルメモリアル。と、なんだかんだ凝り始めて色んな素材や形や装飾を検討してみたもののいまいちぴんとこない。うーむ…。あ。自分の領地で取れたものとか付けられたら良いかも。世界に一つ的な。綺麗な石っころでもいいから栂に入れたり、宝石の欠片でも見付かったら言うこと無し。と、脱線した発想で山を掘り起こしたらぼこぼこと鉱石らしきものが出てきた。調べてみたらかなり純度の高い珍しい金属らしい。一応義務があるから国に報告したら謎の親戚が多発した。「金送れ」「人類皆兄弟」みたいな手紙が届く届く。誰だよお前ら。次第に中身を確認するのも面倒になって、知らない人からの手紙は開封せずに燃やすことにした。紙を食って燃え上がる火を見ながら大きなため息をつく。どうしてなんよ。俺は美味しいご飯が食べたかっただけなんだ。あと、作れって言われた剣に少しおセンチな思いを加えたかっただけなんだ。別に金持ちになりたかった訳じゃ無いんだよぉー。