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6-5 私的な茶会

 ネゲイ館に戻るとバース達が待ち構えていた。状況は知っているが説明を聞き、王城に向かうことになる。先触れとしてジンが王城に向かい、オレは背嚢に入っていた干物を取り出して、予備も含む「お土産」を詰め込んだ。三の鐘は過ぎているがまだ一三〇〇Mにはなっていない。人通りも多い。何で移動するつもりなのかと思っていたらバースが言った。


「見せびらかしたい気はあるんだけどねえ。今日は普通の馬車にしてくれって言われてるんだ。」



 御者台にはテトが座り、バース、ミナル、オレとアンは四位門から城内に入る。門では剣帯から剣を外して預けた。デージョーではノーチェックだったが、さすがにここでは違う。足首の二二口径と荷物の中の四五口径ははそのまま。馬車置き場ではジンと、エンゾ・ノールが待っていた。


「バース様、マコト殿、お久しぶりです。」

「ノール殿。今回は世話になるよ。」

「こちらこそ。今日は、明日のための非公式な予備会談というヤツですよ。だから、庭で話をします。こちらへどうぞ。」


 ノールに先導されて回廊を進み、庭園に出た。四阿に何人かの人がいて、オレ達はその方向に進んでいる。顔が判別できるほどの距離になって、視界に「宰相テルプ・モル」「国王ヨール・ドゥ・カースン」という表示が重ねられた。「ドゥ」?。これは昨日会ったばかりの「お化け」に由来する諱か何かか?。四阿の傍でノールは立ち止まり、バースが跪いたのでオレ達もそれに倣う。


「閣下、お連れしました。」


 それに答えてテルプが言う。


「エンゾ、今日は『閣下』じゃないよ。休みの日だから。ついでに、隣に座ってるこのオジサンも、今日は『陛下』じゃなくて『ヨール殿』ぐらいの人だ。ええと、ネゲイのバース殿と、マコト・ナガキ・ヤムーグ殿だな?。あとはミナル殿だったか。そちらのお嬢さんは初対面だな。今日の私は、ええと『テルプ殿』ぐらいの人だよ。四人とも、席はあるからこっちへ来てくれ。」

「はい。参ります。」


 バースの先導でオレ達も四阿に入る。円形のテーブルに奥からミナル、バース、オレ、アンの順で座った。ミナルの隣は「ヨール殿」、アンの隣は「テルプ殿」だ。すぐに各員の前にお茶が配られた。テルプが言う。


「最近よく聞く名前の人物と仕事で会うことになって、仕事で会って話をしたら私の場合はその場で色々決めないといけなくてねえ。仕事じゃないときに会ってみたかったんだ。そんな話をしてたら仕事仲間の『ヨール殿』もなんかその気になってね。」

「あああ、儂はバースで、こっちはミナル。そして最近私と仕事をするようになった友人の『マコト殿』を紹介しますよ。『ヨール殿』『テルプ殿』。」

「マコトです。『ヨール殿』『テルプ殿』。こちらは私の手伝いのアン。」

「アンです。『ヨール殿』『テルプ殿』。」


 実情がどうであるかは関係なく、建前上は、平等な関係の挨拶から会合が始まった。


「バース殿はネゲイの生まれだったね。」


 「ヨール殿」が言う。王が領主に尋ねるのではなく、個人が知人に故郷を訪ねる質問だった。これで今日の会合の意図は出席者全員に伝わったと思う。バースが答える。


「そうです。ここからは、馬車で十日ほどもかかりますかね。北の方ですよ。」

「最近そのネゲイで何か面白いものを作り始めたと聞いてね。これもその一つだよ。」


 「ヨール殿」は蠟板をテーブルに置いた。


「これはその一つでね。」


 「ヨール殿」は強調する。


「他にも、幾つか噂は聞いてるよ。カースンに住んでいるからネゲイの細かい事情は知らないんだけど、こんな話が一つぐらいなら、『何か面白いことをやってるな』で、済むんだけどね。それが急に幾つも新しい品物が『これはネゲイで作られてて』とか聞こえてきたら、ネゲイで何が変わったのかとか、何が起きてるんだとか、気になってくるんだよ。最近のネゲイに詳しそうなバース殿。最近のネゲイでの物作りの話とか、何か知ってたら聞かせてもらえないか?。」


 バースは返答に困った顔をしている。しかしそう長くも黙ったままではいられない。


「最近のネゲイで作り始めたもの。一つはそこにも置いてある蠟板ですね。」

「他にはどんなものを聞いているかな?。」

「荷物運びに便利な折り畳みのできる箱、油を落とせる力の大きくなった石鹸、木簡よりも薄くて同じ重さでも何十倍かの字か書ける『紙』、ああ、これはまだ本格的には作り始められないようですけど。」

「作れないのは理由があるのかな?」

「何かを作ろうと思ったら、そのための道具と材料、作り方を知ってる職人、職人にそれを作るだけの時間がないとダメですからね。」

「その三つのうち、一つでも足りなければ確かに物作りはできなさそうだね。で、ネゲイの『紙』では何が足りないのかな?。聞いた噂でもいいよ。」

「噂ですか。時間だと、噂で聞いてます。考案者のマコト殿が道具と材料を揃えて作り方を考えて、何人かの職人に教えはしたらしいです。噂ですけどね。それを教えられた職人のうち何人かは『紙』も作れるようになりたい、とは思ったらしい、噂ですけどね。でも、そんな職人達も、先に始まっていた蠟板や折り畳み箱の仕事が回ってきてて、紙に手を出す時間がない、という噂ですよ。」


 「噂」を聞かれたバースは言葉を選びながら「噂」を語った。


「職人の時間かあ。それは、ネゲイの中だけで、そのうちに落ち着くような話かな?。職人がより多く売れる新しいものを作り始めたら、今まで作っていたものの量が減って値上がりしたりはしないのかな?。」

「噂ですけど、木簡を作ってた見習い達が蠟板に回されたとか、調整はしているようですね。木簡の使用量が減って、竈で燃やすものが減って、薪の使用量が増えたとか、噂ですけどね。」

「小さい変化は起き始めているということか。それが積もっていったら……、『テルプ殿』、どうなると思う?。」

「職人と、道具。道具を作るのも職人で、ネゲイでは職人が足りないから新しい仕事に手を出しかねている。職人が足りない間は変化があっても変わり方には限界がある。違うな。蠟板は、使い始めたら木簡が減って薪が増える。木の需要は変わらず、蠟の需要は増える。蠟は、燃やすわけではないからそれほどの量は使わない。職人を増やしたら……『紙』か。『紙』は何から作ってる?。マコト殿、『紙』の材料は?。」


 話がこちらに来た。


「種類にもよりますけど木や草、古布、それから『紙』そのものも新しい『紙』の材料にできますよ。」

「作るときには薪も使う?。」

「使いますね。」

「例えば、木簡一四四枚を作れる丸太が一本あったとして、紙は何枚作れる?。薪にする分も、その丸太から取って。」


 ここはαの助言がいるな。


『ここの道具じゃ熱管理がきちんとできないから計算しにくいわね。でも多目に見て三分の一を薪にするとしたら、木簡九六枚分の木材の質量で、紙なら二千枚程になるわ。』


「道具の大小でも変わってきますけど、木簡一四四枚が作れる丸太なら、薪で使う分を除いて、紙なら十二から十五グロスほど作れますかね。単純に厚さだけで見て、木簡一枚で紙なら四八枚ぐらいにはなりそうですけど、紙にすると同じ重さでも嵩が減りますから。」


 言いながら考える。二千枚を手漉きで。単純に道具を何組か並べておくか。その上で、乾かす場所も用意する必要がある。これも数が増えるなら乾燥棚を増やさねば。もうすぐ四半期決算だ。資金計画はそこで改めて確認しよう。一方でオレの回答を聞いたテルプは自分の蠟板に何か書き込みながら少し考えてから次の問いを発する。


「『紙』は長保ちするものだろうか。」

「材料と作り方と保管状態によりますよ。私もこのあたりの材料で紙を作り始めてまだ何ヶ月かですから試すことはできていません。二~三年は大丈夫でしょうけど、七二年とか一四四年とか聞かれるとお答えしかねます。」

「値段はどのくらいになるのかな?。」

「同じ重さの木簡より少し高い程度にまで抑えたいですけど、最初は同じ枚数の木簡より少し安い、というのがせいぜいかと思います。」


「『ヨール殿』、これは試してよさそうな気がしますよ。短期のものから始めて、様子を見ながら置き換えていくんです。書庫が今の一二分の一に、イヤ、二四分の一にでもできますよ。」


 話を向けられた『ヨール殿』も言う。


「試し、か。同じ枚数で嵩が二四分の一とかになるのはいい話だね。ネゲイに詳しいバース殿、ネゲイでは『紙』を作りたいけど作れていない、カースンは『紙』が欲しい。なら、カースンで作るとか、カースンから職人をネゲイに送り込んで作るとか、そんなことはできるかな?。」

「この場ではなんとも、難しい質問です。」

「ネゲイだけでできない話なら、カースン全体で考えればいい。必要なら、カースンから資金も出そう。貸すか、共有にするか、そんなことも考えながらね。今日ここで結論は出せないと思うけどね。職人でも資金でも、カースンは紙を作ることに前向きだと覚えておいて欲しい。」

「わかりました。」


 バースとしては今はこの回答しかないだろう。


「あとは何の話をするつもりだったかな?。」


 呟きながら『テルプ殿』は蠟板を見る。


「鏡か、置物でなくて、持ち歩くようなものがあると聞いたな。それから、さっき話に出てきてない、まだ作り始めてもいない、けど近いうちに考えてる、そんなものの話があれば聞きたい。」


 考えていることはあるが、オレが勝手に話をするわけにもいかない。バースに話したことがある内容に限定するにしても、バースがそれを進めたいかどうかがわからない。ああ、ここは万年筆だな。そう思ったところでアンが足下に置いていた背嚢に手を伸ばした。その動きに気付いたバースが言う。


「まだウチの職人達に作り方は教えておりませんが、近いうちに手を出したいと考えているものの一つを、今日はお土産に持ってきております。アン殿、頼むよ。」


 アンは万年筆を納めた小箱を二つテーブルに置いた。


「インク壺を持ち歩かずとも字が書けるペンです。」


 『ヨール殿』『テルプ殿』はそれぞれ小箱を手にとって蓋を開く。


「この箱も、『紙』なのかな?」

「ええ。少し厚めに作った『紙』の箱です。」

「やはり『紙』の話は進めないとダメだな。バース殿、よく考えてくれよ。」


 話が逸れかけたがバースは話題を万年筆に戻す。


「アン殿、使い方を説明してやってくれないか。」

「そうですね。そちらの方。」


 アンは先ほどから会話の内容を記録し続けている侍女の一人に声をかける。


「そのインク壺をお貸しいただけますか?。」


 侍女からインク壺を受け取ったアンはいつもの調子でインクの吸い上げなどの方法を実演する。インクの入ったペンを渡された『テルプ殿』は小箱の裏に適当な線を描いて嬉しそうな表情を浮かべた。アンは「お土産」として用意しておいた白紙の紙束も二組取り出してテーブルに置いた。一方の『ヨール殿』はインク壺を手元に引き寄せて言う。


「自分でやってみるから、間違えそうになったら教えてくれ。」


 目の前で実演されたばかりの手順でなので間違いも起こらず、二本目の万年筆にも無事にインクは充填され、『ヨール殿』も小箱の裏に何本か線を入れてみて満足そうな表情になる。


「これも、たくさんあったらいいね。マコト殿の知恵か。進めたい物ばかりだな。ネゲイのマコト・ナガキ・ヤムーグ。惜しいな。マコト殿はネゲイでは物作りをやってる、工房の主だと聞いてるけど、ネゲイで不便なことがあれば是非カースンにも工房を……。」

「『ヨール殿』。そのあたりで。」


 『テルプ殿』が王の言葉を遮った。


「ああ、言い過ぎるところだったよ。気を付けよう。」

「バース殿、今の言葉は、カースンに住んでるからカースンでの政治の話に詳しい『ヨール殿』という個人が、休日に呟いた個人的なものだ。一位から四位領主に話したようなものでは、ない、と、憶えていてくれ。」

「ええ。今日はそういう、『休日に友人達が集まってお茶を飲んでる』場ですからね。」


 『ヨール殿』も言う。


「だが、善き友人となりそうな知恵者マコト殿の話は聞きたい。今日聞いた話もあわせて、それならここはどうする?、とか、色々出てきそうだし。いつまでカースンに留まる予定だったかな?」

「明日は国王陛下正式なご挨拶、明後日は市内を色々見物して、その後ネゲイに戻る予定です。」


 国王陛下と『ヨール殿』は同一人物だが、この場の決まりに従ってオレはそう答えた。


「明後日までか。」


 『ヨール殿』が言う。


「一~二日伸ばすとか、どうかな。この次カースンに来るのは、まあ、決まってないだろうね。」

「次、というのは決めてませんね。帰りにモルで、デージョー神殿に立ち寄る約束をしてますので、カースンを出るのが遅くなったらデージョーに着くのも遅れる、私が気にしてるのはそのあたりですかね。」

「モルへ?。何の用事かな?。」

「オーキョー様に頼まれた品がありまして、帰りにもっと詳しく話を聞こうとしてました。ああ、頼まれたのはまだ昨日でしたね。色んなことがあって、先週みたいな気分でいましたが。」

「昨日モルでオーキョー様に会って、今はカースンか。早く移動できるとは聞いてたけど、早いねえ。で、オーキョー様に頼まれた品とはどんな物かな?。」

「それをお話しするのは、オーキョー様の許しを得てからにしたいですね。申し訳ありませんが。」

「まさか最高級蠟板セットというわけでもないろだろうな。あの知恵者のためにマコト殿が作る品か。それは、金貨さえ積めばカースンでも買えるようになるものかな。」

「あまり中身を探るような会話も、したくないですね。『カースンでこんな話をした』とか話すと叱られそうです。」

「それもそうだな。興味はあるが。ええと、マコト殿はオーキョー様とも面識を得た。商売の話もしている。近々何か納品のためにモルまで行くらしい、と、記録係の諸君、エンゾ、ノマ、ちゃんと書いておいてくれよ。」


 四阿の中の隣のテーブルではエンゾ・ノールと、さきほど万年筆を出した時にインクを渡してくれた侍女の二人がずっとペンを動かし続けていた。声をかけられた二人とも手は止めずに「わかりました」と答える。


「それはそうとして、帰りにオーキョー様のとことに立ち寄るならマコト殿の出発を遅らせすぎるのはよくないな。」

「デージョーで話を聞いて、ネゲイに戻って、頼まれたものを作って、それほど間をおかずにモルまでは出てこないといけないでしょうから、その時にカースンまで足を伸ばしてもいいですね。」

「次の機会は、そうすると一ヶ月ぐらい先か。」

「ここに来るとして、今決められるのはそのくらいでしょうね。お約束は難しいですが。」

「わかった。是非、そういう機会を作らせてくれ。それから、ああ、マコト殿はオーキョー様と話をするのなら、デージョーで入門証のようなものは作ってのかな?」

「頂いていますよ。」


 オレは首に懸けたままだったデージョーの入門証を引っ張り出して一同に示した。


 『ヨール殿』は見ながら言う。


「副署だけでなくオーキョー様直筆だな。珍しい。ああ、マコト殿。大事なものだからしまっておいてくれ。で、マコト殿はネゲイでの五位の役に就いてるんだったよね。」

「工房の仕事は、そうですね。」

「ええと、『テルプ殿』、オーキョー様直筆の入門証、直筆署名と指輪印、副署は星読寮のノーグ師。何年か前に閏年の決め方で話を聞いたことがあった気がする。デージョーのそんな入門証を持ってる人には、カースンでもせめて三位門ぐらいは自由に通ってもらっていいい気がするんだが、どうかな?。ネゲイでのマコト殿の立場もあるから、カースンがマコト殿にネゲイの領主よりも上の資格を認めるのも釣り合いが悪いから四位門かな。」

「デージョーでも認められる知恵者をそれなりの待遇にすべきというのはわかりますが、三位門は、閣僚と同行する従者の門ですよ。マコト殿がカースンで何かの役職に就かないと具合が悪いでしょう。四位なら、前例は幾つもあります。」

「なら、四位で。ネゲイに詳しいバース殿、これはマコト殿がここに来たくなった時のためのものだからね。」

「わかっておりますよ。これからマコト殿の知恵で作られるものが増えたら、自ずとそういうものも必要になるでしょうから。」


 一旦話は落ち着いて、一同はお茶を一口啜った。


「話を戻そう、何だったかな。鏡か。それと、さっきデージョーの入門証を出した時に気になったんだがマコト殿の首にかかってるのは、何かな?。」


 『ヨール殿』は方位磁針に気付いたようだ。久々に想定のとおりに輪が進んでいる気がする。オレは首から方位磁針を外してテーブルに置いた。


「これは、ここでは『北の針』などと呼ばれているものですよ。あまり慣れていない場所に来る時は、あれば安心できます。手にとってご覧下さい。」


 『テルプ殿』が方位磁針を手に取って眺めた。少し回して針の動きを確認して『ヨール殿』に渡す。『ヨール殿』も同じように針の動きを見て方位磁針をテーブルに置いた。『テルプ殿』が言った。


「海用の船に『北の針』があるのは見たことがあるが、もっと大きかった。この大きさで作れるのも、あと、ガラスで覆ってあるのも、マコト殿の知恵だろうか?。」

「これは、小さく作ること自体は難しくないんですよ。海で使う船に取り付けられている『北の針』が大きいのは、少し離れた場所からでも見えやすい、回りにいる船乗り何人かが一緒に見ることができる、そういう理由で大きく作ってあるんです。私のものは、私一人が見ればいいのでそんな大きさです。」

「ガラスは?。」

「それは、まあ、私の知恵、と、仮に分類しておいていただいても構わないかと。」

「見る限り、このガラスは歪みもないな。この大きさだからかな?。」

「先ほども少し話が出ましたけど、鏡を作るために色と歪みのないガラスを作ろうとしてまして、ネゲイでも材料の目処は立ってますが、炉をどうしようかと。これはネゲイに帰ってからまた色々やらねば思っているところです。」

「なるほどねえ。ネゲイで職人が足りてないわけだ。こんな話が毎月一つ二つ持ち込まれるようなら、大変だ。ネゲイに詳しいバース殿は何か聞いてるかな?。」


 バースは困った顔をしている。会話に時々挟まれる質問の幾つかはネゲイに対する資金や職人の提供に結びつくものだ。オレに提供できるもの全てネゲイで担うことが不可能であることはバースも認識しているが、どのあたりからネゲイの外の資金を入れるか、外での製造を始めるか、そのあたりはまだバースも決めていない。


「やはり職人は足りていないですね。知恵はあってもそれを活かせるようになるには、まだしばらく時間がかかりそうです。」

「どのくらいの時間がかかるだろう?。」

「むつかしい質問です。何が出てくるかわかりませんので。マコト殿、例えばネゲイに戻ってから鏡の作業ばかりやったとして、店で売られ始めるまでにどのくらいかかる?。」

「大きさにもよります。モルのデージョー神殿で使われている窓用のガラスなら、一ヶ月もあれば。工房に新しい炉を作るとして、炉の材料、レンガから手を着けるとか買ってくるとか、火入れまでの乾燥に何日ぐらいかかるかとか、考えることはあります。そして鏡ですが、できあがったガラスの歪みを取るために研磨します。方法と道具は考えていますが、作るには時間がかかるでしょう。」


 熱源に不安のあるここでは、熔けた金属の上にガラスを流し込むフロート法が使えるかどうかわからない。最初は鋳型にガラスを流し込む方法が無難だが、平滑さは犠牲になる。だが研磨の技術が普及すれば、レンズにも手を出せるようになる。これはまだ何年か先になるだろうが。


 『テルプ殿』が言う。


「モルではガラス板を作ってるが、歪みはある。色も、全く同じには作れない。ネゲイで作るとして、歪みは直せるとしても、色もそうなのか?。」

「それは試してみないと。色のほとんどないガラスを作れそうな材料が採れる場所は見つけていますが、そう長く掘り続けられるものでもないと思ってます。材料を掘れる場所を他にも探したいですね。」

「ネゲイでガラスの歪みを直せる。そういう方法を考えているなら、モルで作ったガラスの歪みをネゲイで直して、というのは可能だろうか。」

「輸送手段さえ確保できたら。でもその費用も売値に乗ることになりますよ。」


 熱加工か研磨か。前に考えたことはあるが、金属鏡を磨き上げるのと、手間はどうかな?。炉問題を避けるには研磨。研磨技術が向上すればレンズにも手が出せる。


「今は試しだろう?。モルのガラス職人を紹介するから何枚か仕入れてネゲイに帰って、試しにやってみればいい。うまくすれば、ネゲイは新しい炉を作らずに済んで、モルはガラスが売れる。似たようなことがカースンで作っているものでもできるかもしれない。バース殿、あまりネゲイに集中させすぎるのはよくない。国境も近い。考えてみてくれないか。」


 オレが谷から池に移った理由の一つも国境が近いことだった。それを思い出したのか、国境のことを指摘されるとバースも降参した。


「帰りに、ガラスを仕入れることにしましょう。安く仕入れることができるように、紹介状にはそれなりの口利きをお願いします。」



 『ヨール殿』『テルプ殿』との会合を終えた後は、ノールと明日の手順について幾つか確認し合ってからネゲイ館に戻った。今日は誰かに会うとしてもノールだけのつもりだったのだが、予定のない会合を挟まれるのは、疲れるな。


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