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6-4 カースンへ

 モルホスの屋敷に戻ると門衛からバギーのところへ行くよう言われた。バースとミナルも先に行っていると言う。馬車置き場に到着すると既に荷物の積み込みは終わっていて、バースとミナルはモルホスの主人であるオーキムと話をしていた。オレ達に気付いたオーキムが言う。


「マコト殿、『お化け』と会われたとか?。」

「ええ。お話しさせていただいて、カースンからの帰りにも立ち寄ることになりました。」

「帰りにも?。気に入っていただけたのだな。」

「ありがたいことに、そのようです。あの方の知恵も大したものでした。お互いに知っていることを教え合うような、そんな方向に進んでいるようです。」

「私がマコト殿に教えられるのはモルの話ぐらいかな。」

「そういう話でも大歓迎ですよ。今日は時間がもうありませんが。」「だが私が教えられる話は多分他の誰かもマコト殿に教えられる。『お化け』には他の誰も知らないような知恵がある。そのような方と知恵の交換ができるのは、大したものだと思うよ。」

「私は学ぶのが好きですから。アンもですけど。学ばせていただくからには、私の知恵も出しますよ。」

「それと……、カグル!。ペンのお礼を言っておけよ!。」


 オレと同年代ぐらいの男が歩み出てきた。


「ここで働いているカグル・デーンという者です。あのペンを預からせていただきました。便利ですね。大事に使わせていただきます。」

「いつかは売り出したいと思ってるけど、まだ職人が足りないんだよ。売り出しができるようになるまで、壊さないように使ってくれ。」


 五の鐘が響いてきた。ミナルが言う。


「皆様、そろそろですかね。」


 オーキムが答えた。


「そうだね。移動の途中で食べられるようなものも用意してある。もう積んであるね。出発かな。」

「そうだねえ。オーキム殿、世話になったよ。カースンからの帰りにまた顔を出すよ。」


 オレ達は手早く荷物を確認しバギーに乗り込んだ。最初の運転はバッテリー残量を減らしているアンだ。運転席の下には充電パッドが隠されている。



 市外に出てからしばらくはモルの町中に送り込んでいた「虫」達が追いついてくるまでゆっくり進む。日が落ちて間もなく、虫たちの回収も完了。その後の行程は前の夜と同じように進んだ。国の中央に近くなっているためか、路面は良くなっている。速度を上げてもいいが、到着が早くなりすぎるのもどうかと思うのでやはり「日の出少し前に城市が見えるあたりへ」のペースで進む。小休止のたびにアンとオレは運転を交替しながら進み、また〇三〇〇M。八の鐘の頃、城市を望める街道脇の空き地にバギーは停車した。仮眠の時間だ。その前に、残っていた全部の「虫」を市街地へ送り出した。デージョー神殿の奥に入った時のような通信に不安のある状況は避けたい。「虫」達の配置はαがうまく調整してくれるだろう。




 ヨール王二三年六月十八日(日)。


 一の鐘、ここでも門が日の出に合わせて開く。市街地で目立ちすぎないようにするため、ここでも一番乗りで門を通る。最初の目的地はドーラの実家、ショーの家だ。元々は下級官吏らしく小さな家に住んでいたらしいが、ドーラの縁で、ネゲイがカースンとの連絡事務所として使っている大きな建物に移っている。この場所は「ネゲイ館」と呼ばれていて、今のショー家はカースンにおけるネゲイの駐在員のような立場になっている。ショー家がこの地位に就く以前は、ネゲイ館には数年毎に交替するネゲイ出身の駐在員がいた。


 モルホスの屋敷に着いた時と同じようにミナルの案内でアンはバギーを馬車置場へ。オレとバースは本館に入る。先月ネゲイに来ていたエンゾ・ノールの根回しと、先行していたジンの報せでオレ達の到着予定も伝えてあったので、部屋の準備なども整っていた。まずは、部屋に荷物を置いてくるよう勧めてくれた男はドーラの弟のテト・ショーだと名乗った。休日なので家にいるとは、ネゲイにある旅館の息子とはちょっと違う、イヤ、テトが普通の生活をしている。ヨークの暮らし方が少し間違っているのだと思う。


「姉からも便りは届いています。姪の嫁入り先になられる予定だとも。二人を宜しくお願いします。」

「あの二人にも色々教えてもらいながらやってるよ。どちらかの口利きで話がうまく進んだとか、まあ、このあたりの話は、荷物を少し片付けてからのほうがいいね。」

「ええ。部屋はあちらですよ。」



 アンとミナルも追いついてきて、割り当てられた部屋で荷物を整理する。モルホス家での滞在は朝の到着から夕方の出発までだったので客室の割り当ては四人で一室だったが、数日間を滞在する予定のここでは二室だった。バースとミナル、オレとアンだ。荷物の整理といっても、すぐにやるべきことは「お土産セット」を何組か取り出しておくぐらいのもので時間はかからない。バース達もすぐに同様の準備を終えてオレ達を呼びに来たので四人で本館に戻る。通された部屋では朝食の準備が整えられていた。社会的な地位であれば、ここではバースが最上位者で、ドーラの両親は部下という立場になる。しかしドーラはバースのコビンであり、その両親は舅姑となるから、互いに敬意を払い合う平等な関係というところか。ショー一家の隣のテーブルで、オレ達四人も並べられた朝食を摂った。アンは食べ過ぎると後が面倒なので固形物の大半をオレとバースとミナルに分けた。バースが言う。


「アン殿はそれで足りるのか?。いつも、ほとんど食べてないようだね。」

「大丈夫ですよ。バギーの運転席で疲れているだけですから。昼にどこかで軽くいただきます。」

「昼といえば、今日の予定はどうするつもりだい?。エンゾ・ノール殿のところへ到着の報告をするのは二の鐘過ぎぐらいとして、多分時間が余るよ。市内の見物でもするなら、誰か案内を付けようか?。」


 これはオレが答えよう。


「ノール殿のところに行ってから、少し町の中を歩いて店とかを覗いて、海にも行ってみたいですね。」

「海か。前にもそんなことを言ってたね。案内は……、ジンも来てるはずなんだけど姿を見ないな。」


 バースは体の向きを変えて隣のテーブルに声を掛ける。


「ジンがどこにいるか知らないかい?。」


 ドーラの父が答えた。


「皆様の到着後すぐにノール殿のところへ行きましたよ。もうすぐ帰ってくるでしょう。」

「早いね。こんな時間で。」

「一の鐘より後ならいつでもいいからできるだけ早く、と頼まれてましたので。」

「先方がそういうなら構わないけどね。ああ。食事を終えたら片付けてお土産渡しと今日の予定の話でもしようか。」



 食器が片付けられて四人用テーブルを動かして八人用に並べた頃にジンが帰って来た。


「ノール殿に皆様の到着を伝えて来ました。予定のとおりで喜んでおられましたよ。」

「今日明日のことで何か聞いてくれるかい?。」

「予定のとおりに進んでいるから、今日中に何人かに『予定のとおり』と伝えておいて下さるそうです。明日は二の鐘の頃に、いつもの登城のように四位門に来てくれれば、と。」


 「四位門」は初めて聞くが、バースのような四位領主が優先される出入口があるのだろう。


「わかったよ。明日は二の鐘で四位門ね。バギーで行けるね。ジンも同行してね。城内ではバギーの見張を頼むよ。」

「わかりました。そのようにさせていただきましょう。」

「じゃあ、ここでのお土産を披露しようか。」


 テーブルに万年筆や蠟板が並べられた。



 ジンの案内でオレとアンは市内を歩いている。バースとミナルは仮眠中だ。


「商店の品揃えとか見たいとのことでしたよね。」

「ネゲイはよく歩いてるし、昨日はモルも少しだけど見たんでね。今日はカースンで売られてる物も見てみたい。」

「まだ蚤の市もやってますから、そこから覗いていきますかね。」


 モルでは蚤の市は見なかった。そのことをジンに言うと、モルで蚤の市の店が集まる場所はモルヘスの屋敷とデージョー神殿からは少し離れているから、という答えが返ってきた。帰りに、時間が作れたらそこにも行ってみよう。


 蚤の市で売られている物は、普通の品に関してはネゲイと大差ない。海に近い分、海産物が多いぐらいの違いにしか見えなかった。タライに生きたままのエビなどが入れられている。


「海まで行ったら焼きたてを食べられますよ。蚤の市は時間が限られてて火を使うのが面倒ですからね。」


 ジンが説明してくれた。休日なので、店の数も今日は少ないらしい。やがて二の鐘が響き、蚤の市は撤収を始める。代わって、商店の扉が開き始めた。休日なので、半分ほどの店は閉まったままだ。明日ならば、と思いかけたが、明日は登城するからこのあたりをゆっくり歩く時間は作れないだろう。掘り出し物がないか、開いている店の品揃えを見ながら歩く。とはいえ、休日に開いているのは飲食店がほとんどだった。これはネゲイでも大差ない。ここまで海に向かって歩いているが、王城の脇を抜けるコースなので、明日、城を出た後でも時間があれば見ることができるだろう。


 商業エリアから王城を取り囲む高級住宅地兼官庁街を抜けると海運や海産物関係の仕事を行うエリアがあり、そこを抜けて港への門までたどり着いた。「住宅地兼官庁街」というのは、王城内だけで収まらない職務がある三位閣僚達が、国から貸与されている自宅を仕事場にもしているからだ。


 町から港湾に抜ける門では、大した荷物もない徒歩のオレ達はそれぞれネゲイでの五位役人である木札を見せただけ、それ以上のチェックもなく通過した。木札を持たないアンも「助手だ」の一言で通過を許されている。ここの開門時間も一の鐘から五の鐘まで。夜間は市街地との通行ができないので、港湾地区独自での歓楽街のようなものもあるらしい。門を抜けると外洋航海にも使えそうな帆船が何隻か係留されていて、荷役の列ができている。潮風は久しぶりだ。ジンが言う。


「このあたりと、このあたりから右、西の方は海運関係で大きな船も出入りできるようになってます。私もモルからここまで船で来ましたから。左、東は漁師達が暮らしてるところですよ。」

「そうすると水辺、水が触れるぐらいの場所に行こうと思ったら、東の方がいいかな。」

「水が触れるぐらいの場所、というと、そうでしょうね。焼きたてのエビなんかも食べられると思いますよ。」

「海の水から塩を作ってる場所とかもあるのかな?。」

「そう言う場所もありますけどちょっと離れてますよ。日保ちのするものですから、エビの水揚げができる場所の方が町に近いように作ってあるって聞いたことがあります。」


 衛星写真がインプラントに転送されてきた。塩田らしい区画もあるが、ジンが言う漁村よりも更に東だ。


「なるほどね。まずは水辺に近づけるところまで行ってみようか。」



 ジンが同行しているのでウーダベーの実験はできない。だが海水の採取ぐらいはできるだろう。砂浜、というよりは砂利浜と呼ぶべきか。平均で二センチほどの角の削れた砂利の浜辺で、サンプラーに海水を採取した。別のサンプラーにも足元の砂利を詰める。ジンが聞いた。


「それは何に使うんですか?。」

「塩以外に、どんなものが作れるか調べてみようと思ってね。」

「海の水は塩だけしか入ってないって思ってましたが、どんなものが作れるんです?。」

「わからないから調べるんだよ。」

「ああ、確かにそうですね。わかってるなら調べる必要もないか。」

「塩みたいに商売になるほど作れるものは少ないと思うけどね。」

「それはネゲイに持って帰るんですか?。」

「そうだよ。塩が入ってることは舐めたらわかるけど、塩以外のものはネゲイに置いたままになってる私の船で調べる。」

「そのあたり詳しいことはお任せしますよ。焼きエビはあっちです。さっき焼きエビの話をしてから急に食べたくなってしまいましてね。」

「よくある話だな。エビと、他に何か適当なものを少し食べながら一休みしようか。」

「エビ以外のものって、何かあったかな?。」


 多分、漁師達はもっと細かく分類していると思うが、ネゲイ出身のジンの語彙では、水棲動物は全部「エビ」と訳されてしまうようだ。



 水揚げされた海産物を売っている店を覗き、何種類かのエビや海藻類の干物を買い込んだ。焼きながらエビを売っている場所もあって、鉄串で三本を買う。食べ終わった串は店の脇に回収箱に戻す。小舟を借りることもできるようだ。そんなことをしているとαから連絡が入った。


『宰相閣下がネゲイ館に来たわ。バース達が対応してる。』

『オレ達に会わせろとかそういう話?。』

『そうよ。戻ったらテルプ・モルの部屋に行かせるとか、そんな話をしてる。』

『その場所は市内のどこなんだろう?。』

『会話には出てきてないけど家じゃなくて部屋って言ってるから、もしかしたら王城の中かも。ちょっと待って……。やっぱり王城ね。今ネゲイ館に来ている人物の顔が、今朝から集め始めた王城内の人の顔にもあったわ。』

『一旦帰るか。あっちが考えてるのは明日のための予備会談的なものだろうな。』

『そう思うわ。バース達には変な心配はさせたくないし。』


「ジン、ここまでの道はわかったしエビも食べたから、一旦戻ろうか。明日に備えて荷物の確認もしたいし。」


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